懺悔

田村 計

第1話

狭く小さな灰色の部屋に、薄汚れたスチール椅子とデイスプレイがひとつ。天井から降り注ぐLED蛍光灯の薄っぺらな反射が、室内の殺風景さを引き立てていた。その場所で椅子に腰かけ、栗林宗次郎はまっすぐ画面を見つめていた。

「心から、後悔しています」

 長い沈黙の後、ため込んでいた重石を吐き出すように、画面の向こうの男が言った。

 男の名は田中晋也。かつては名の知れた私立高校の教師だった。この男が高校教師だった頃からもう数十年が経過していたが、人を引き付ける柔和な表情はその時分に養ったものなのだろうと思われた。とはいえ、それは上っ面の表情でしかないと栗林は知っている。

「それは本心なのか」

 上ずりそうになる声を押しとどめ、膝の上でかたく拳を握りしめると、栗林は田中にそう問いかけた。こんな問いかけを繰り返してきたというのに、田中と対話するといまだに身体が強張る。この顔には何度も騙されてきた。神妙な顔をして頭を下げてみせるものの、今まで一度たりとも反省などしてこなかった男だった。周りの誰に諭されても、どんなに心を尽くして会話しても、どれほど追い詰められた状況に陥っても、田中が本心から悔い改めるなどということはなかった。だからこそ、今度はどちらか見極めねばならないのだ。

「本心です。どうしてあんなことをしたのか、今となっては分からない。最初はただ可愛い生徒たちだったはずなのに、どこでボタンを掛け違えたのか、僕は」

 ゆっくりと言葉を紡ぐ告白に、栗林は唇を噛んだ。

「お前が謝ったところで、俺の娘は帰って来ない」

「はい、その通りです」

「その通りだと、そんな言いぐさ」

 スチール椅子から腰を浮かし、画面に顔を押し付けるようにして栗林は声を荒げた。

「お前が殺したんだ、俺の娘も、他にも何人もの子供を!」

「はい、その通りです。私が殺した。だから、死刑になって当然です」

「そうだ、お前みたいな屑が、俺の子を」

「謝ったところで何も変わらないことは分かっています、それでも」

 田中が顔を手で覆った。大きく深い息を吐いて、絞り出すような懺悔が続く。

「本当に申し訳ない、申し訳ありません……」

 ああ、これは、間違いなく本心だ。そうに違いない。

 栗林はそう結論づけた。

 いつもの田中なら、もっと言い訳を口にするところだ。言ったところでどうにもならないのに、自分に対する保身が言葉からにじみ出るのだ。仕方なかったとか運が悪かったとか、自分の外に責任を探してそれを口にする。言い訳を耳にするたび、栗林は田中を怒鳴りつけた。それでも田中が変わることはなかったのだ。

 今日までは。

「本当に、申し訳ないと思っているのか」

「はい、思っています。僕はどうしようもない人間だった。命を奪った子供たちに詫びる術もありません」

 慟哭が続く。

 その言葉を心に縫い付け、栗林は席を立った。

「そうか。ならば、もう十分だ」

 栗林は振り返り、後ろの無機質な扉に向かって声をかける。

 鈍い音をたてて扉が開き、スーツ姿の男が部屋へと入って来た。手に携えたノートパソコンのキーボードを叩くと、画面から田中の顔が消える。

「よろしいのですか」

「ああ。欲しかった言葉は聞けたからな。ここに通うのも最後にするよ」

「それは良かった、と言わせていただきましょう。それがどのようなものであれ」

 淡々と男は告げる。

「私どもとしても、良いデータが取れました。どんな人間でも、正しい情報と教育を施せば社会性を取り戻せる。ただ人間では時間が足りないだけなのです」

 ディスプレイには、田中の写真とともに文字列が並んでいる。これが、さっきまで自分と会話していたAIだった。田中の言動をラーニングさせて、田中のようにふるまう仮想の人格だ。そのAIに繰り返し常識と教育を与え、自分の行動を顧みるように仕向けた。

田中晋也死刑囚、享年四五歳。死刑が執行されてから、もう数年になる。

「そうかも知れないな。もしもっと時間があれば、生きているうちに、あの男の口から告白が聞けたかも知れなかった」

 せめてそうであってほしい。祈るように、栗林は小さくつぶやいた。

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懺悔 田村 計 @Tamura_K

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