『慟哭の塔』 三層目 『口内』のメリジウム

 二層目から三層目を繋ぐゲートを通る間、俺達に会話は無かった。

 先程までの殺戮。

 島民をほぼ殺したことが悪だと分かっている。

 だが、あの島で利用されて殺される、もしくは悪戯に命を奪われる人達を助ける。

 それを理由に殺戮する必要性があったかだ――

 この塔を攻略した際、中の住民は塔と共に消える。

 元の世界に戻るのか、違う世界へ移動するのか分からないが、この世界から消える――

 それまでの間、少しでも安息な日々を過ごせればと考えた上の行動だったが、偽善に終わった。

 ようやく支配する側になれる。

 その気持ちが刃物の様に突き刺さった。その痛みが遅効性の毒を持つ刃の様に、いつまでも痛みを生み続ける。

 どれだけ考えても結論は変わらない――

 その行為に至った考えも意味も、結局は自己満足の押し付けにしかならない。

 三層目に近づいて来たところで俺は、エルを強く抱き締める。

 それに応えてくれる小さな力を感じながら三層目に入った。




 閉じていた目を開くと視界に広がるのは、鏡の様に輝く乳白色の床。

 木製の両壁を背負う様に顔が削られた胸像が等間隔に並んでいる。

 そして、この部屋の奥。この場所の主と思われる存在が居た。

 鍛えられた肉体。黒のノースリーブだけを着た上半身から伸びる太い両腕。

 嫌そうに絡みつく二人の女性の身体は胸と尻が大きかった。

 遜色ない美しさは外見だけで、中身は普通ではなかった。

 満たしているのは薄い青い色の液体。

 身体の中心、心臓近くに指輪が浮いている。

 俺達の視線に反応した指輪の宝石が赤く輝く。同時に女性らが見上げる。

 視線の先は金色の長髪の男。

 その髪の上を文字の様なモノが黒色で存在していた。まるで天使の輪の様に。

 太く、凄まじい筋力を持つだろう両足を包む光沢ある黒のパンツ。そのシンプルなデザインを台無しする、銀色の髑髏で装飾された下品なブーツに差し込まれている。

 背表紙から見て年代物の本をゆっくりと閉じ、部屋の隅に置かれた本棚へゆっくりと歩いていく。


 俺達のことを全く気にしていない男から視線を外さない様にしていると、エルが小声で言う。


「一層の炎をモチーフとした時計塔と同じ雰囲気……」


 その言葉に続く様にして部屋の雰囲気が変わっていく。

 男が立つその奥から生暖かい風が吹いて来る。

 南国の暖かい空気とは違う、不快感を強く覚える風に俺は顔を顰める。


「なんでしょうか……? この気持ち悪い風」


「……エル、いつでも攻撃出来る体勢を取っておくぞ」


「はい」


 俺達にようやく気付いた男が視線を合わせる。

 眉目秀麗の男は妖しい雰囲気が漂っている。


「ようこそ第三層へ。私の名はメリジウム。君達はこの層を攻略するつもりなのか?」

 

 まるで耳元で囁かれた様に感覚に、俺とエルは瞬間的に振り返る。

 顔を少し戻し、メリジウムがあの場から一歩も離れていないことを確認。

 俺達の警戒度が一気に上がる。

 ――今のなんだ? 移動していないのに声だけ近くに――

 音の発生源を移動させる力か? それともこの場所に何か秘密があるのか――?


「私は何か失礼な事を?」ゆっくりとこの部屋に響く声。


 メリジウムの声に合わせて身体が揺れた。

 ――ッ。

 この状況は危険だ! 相手の出方を見るのはここまでだ。

 肩に担いでいた大型剣を振り下ろし、突きの体勢でそのまま飛び出す。

『闘争の刃』切先が何も無い空間で止まる。

 透明の壁? 

 攻撃によって伝わった衝撃が波紋の様に広がっていく。それを追う様に、先程見た指輪の赤い宝石と同じ色をした魔力光。


「すまないが、武器を下してくれないか。私には攻撃する意思は無い。ただ、話を聞いてもらいたい」


「話? それなら最初からそう言えばいいだけでは? 攻撃の意思が無いと思っていても、それが疑われる行動を取っていれば意味が無い」俺の隣に立っていたエルが強い口調で言う。


 本棚に本を仕舞い終えたメリジウムが「申し訳無い。貴方の言う通りだ」


「本当に失礼なことをしてしまった。どうか許して欲しい」深々と頭を下げる。


 その姿を見ている内に再度攻撃を仕掛ける気持ちが薄れていった。

 不思議な事にメリジウムが一体何を考えているのかが気になってきた。


「お前は一体何がしたいんだ……?」

 口から滑るように出た俺の質問に反応。


「私の……願い。そう、願いを貴方達から考えてもらいたい」




 奇妙な願いをされてから少し時間が経った。

 メリジウムは微動だしない。本棚の前に立ったままだ。

 俺達としても、あの願いが一体何を意味しているのかが測りきれてなかった。

 それが分からない以上、簡単に言葉を発することが出来ない。


「私の……願い。そう、願いを貴方達から考えてもらいたい」


 再び同じ事を言われた。

 視界の中の男が魔具使いなのか、どうなのか分からなくなってきた。

 毒の様に全身へ広がっていく不安。嫌な汗をかく。

 それからしばらく無言の時間が過ぎる。

 エルが、俺の腕に絡みつく。

 顔を見ると少し顔色が悪く、呼吸が荒い。

 俺達は限界だった。静寂と質問の答えを待つ男がいる部屋は。


「この層にはお前しかいないのか?」


 何でもいい、この状況を変える何かが欲しかった。

 結果、それが悪い方向へなり、自分達が危機的状況になってもだ。

 本来ならそんな選択はしない。

 必ず、物事が有利に進む方を選ぶ。それを捨てても、この沈黙を破壊したかった。


 俺の意味の無い言葉に続いて、エルが腕から離れる。

 これから起きるだろう事に対応出来るように構えを取る。俺は既に『闘争の刃』を構えている。


「この層にはお前しかいないのか……? 此処には私しか居ない。何故なら……」

 老朽化が進んだ機械の様に動き出したメリジウム。


「願望は……人それぞれ」


「描かれる心の中では醜悪でも、そこから抜け出したら美しいモノかもしれない。……可能性、希望、願望の残り、現実からの許し、言い方は幾らでもある。そのどれかに許しを求めるのは自然」


 メリジウムの言葉に反応し、部屋の雰囲気が変化していく。

 壁近くに設置していた胸像が移動。

 信じられないが、部屋が生き物の口内となった。

 胸像が歯の様に並び、壁と床は赤黒い色へ変化した。


「私は『口内』のメリジウム」


「愛を考え続け、行動し続けた。その結果が正しかったのかが分からない。貴方達への質問内容を変えていいだろうか?」


「ふざけるな、今度は俺達からの質問だ。いちいち返答はいらない、正しかったら無言でいい」


「お前以外に『魔具使い』はいるか?」


「この層は此処しかない」


「お前はこの層の支配者」


 俺の言葉に返答の動きしたが、メリジウムは無言だった。


「最後だ、『魔具使い』のメリジウム。『口内』の魔具を使ってこの層の住民を全て喰ったのか?」


「それは違う、喰ったのではない」


「相手からの愛を知る為の行為だ。しかし、私が想像していた愛は感じられなかった。全てが恐怖と痛みだった……」


「私は、この層の住民が良い生活が出来るように尽力をした。だから、愛されていると思った。その愛を確認したくて喰った」


「しかし……その味に愛を感じることが出来なかった」


「以前よりも働いた」


「全てが完璧に、それらが維持出来る様に。システムも作り上げた。そして、愛を確認した」


「不味かった……」


「舌に感じる憎悪が吐き気を起こし、無理矢理飲み込んだモノは毒になり、私を苦しめた」


「私に残されているのは今よりも良い世界を作ること。続けた、ただひたすら続けた」


「それでこの層の人間を全員喰ったのか……」


「違う!! 仕方無かった……」


「この方法しか無かった。愛を確かめるやり方が……」


「私がもっとも愛していた二人。最後まで私に寄り添ってくれた美しい女性。その二人からは愛を感じられた」


 その場に崩れ落ちるメリジウム。縋る様な目で俺達を見る。

 隣に立つ青い色の液体の女性。

 悲しみに打ちひしがれるメリジウムの身体に寄り添う。


「……貴方達に聞きたい」


「私は間違っていたのか? それともこの魔具と契約した故の結果なのか? 私には答えが出せない」


「答えが望まないモノでも受け入れるつもりだ」



 俺とエルの考えは同じだった。

 相手には必ず伝わる言葉を放つ。

 短く、鋭く、相手の意思と命に終わりを与えた。

 メリジウムと女性らは消えた。

 エルが素早くゲートを作り、俺達は次の層へ移動した。

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