微調整をする

「スペル発動フレアフォース! ヒレイ!」


 エルクリッドとザキラの戦いが続く。意気揚々とカードを切ったエルクリッドの支援を受けたヒレイが空中から炎を眼下のレッドキャップのトパーズへと浴びせにかかるも、俊足を誇るトパーズは難無く避けてみせエルクリッドは舌打ちし手を強く握り締める。


「さっきっから逃げてばっか……ちょっとは戦いなさいよ!」


 苛立ちが募り思わず声に出してザキラを指差すエルクリッドだが、そんな言葉など知った事ではないといった様子でザキラは鼻で笑って応え、エルクリッドはさらにカチンと来るもすかさずヒレイが着地しながら落ち着けと声を飛ばす。


「そういう戦術をとってるのはわかりきってるだろう。それにこのままではキリがないのもな」


「そりゃあ、まぁ……うん……」


 落ち着きを取り戻すエルクリッドを横目で見るヒレイは、彼女の焦燥感とその奥にあるのが深層心理に潜むアスタルテの存在なのを察しつつ、炎が消える中でザキラの前へと戻ったトパーズを捉えながら考える。


(勝てたとしても消耗しては意味はないな。だがあれ程の速さや影ワニの事を鑑みると……倒すにはある程度追い詰めておかなければならない、か)


 深呼吸をし心を落ち着けるエルクリッドに代わりヒレイが状況把握と分析をし、それはすぐにエルクリッドや他のアセスにも共有されていく。

 逃げを得意とするザキラのアセスはとにかく素早く、隙を逃さず攻めはするが一撃離脱戦法を繰り返す。その流れを上手く断ち切れさえすれば良いが、有効な手があるとは言えないのも事実だ。


(このままヒレイでやっても消費魔力の差で追い詰められてくだけ……でもセレッタやスパーダさん、ダインじゃ追いつけないし、ローレライもまだまだ器用ではないし……)


 地上につけばトパーズの攻撃が届きやすくなってしまうのも鑑みてエルクリッドは判断に迷う。何か打つ手はないか、と、そう思った時にクスクスと心の中に聴こえた嘲笑に静かに目を閉じ対話に臨む。


(お困りのようですねお姉様?)


(別にあなたの力を借りたいとは思わないよアスタルテ。でも、話だけは聞くよ)


 後ろから首に手を回され触られる感覚と共に心に語りかけてくるのはアスタルテ。エルクリッドとしては彼女が制御する火の夢エルドリックの力を使う事は頭にはあったが、効果的に使えるかという点や魔力の消耗からひとまず避けていた。


 だがアスタルテが語りかけてきたとなればその判断を切らざるを得ないのも確かであり、遅くなる程不利なのも間違いない。カード入れにかけた手を一度引いて身体全体で深呼吸をし、一旦その場の戦いをヒレイの判断に任せる姿勢を取り、応えたヒレイが高く飛んで攻めに転じると共に策を練っていく。


(で、何か具体案はあるの? あたしとしては余力残したいんだけど)


(エルトゥ・グラトニィを使えば魔力を奪い尽くす事はできます。もっとも、その為にはお姉様が手加減しない必要がありますが……)


(……あの力は強すぎるからね。できれば全開で使いたくはないから、他の案出して)


 リスナーのスペルはある程度リスナー側で威力を絞る事ができる。もちろん普段の戦いにおいてはそんな事をする理由はないが、エルクリッドの持つ黒のカードはそうはいかない。

 感覚的にそれを使う事の危険性はわかりきっている、だが打破の為に切らざるを得ないのか。葛藤するエルクリッドにため息混じりにアスタルテはわかりましたと述べ、ずぶっと身体の中に何かが入る感覚がエルクリッドを包む。


(本音を言えば、お姉様の意識と入れ替わる事をしてしまう方が早いのですが……より細かく力を調節できるようにします、少し時間がかかるので今目の前の相手は自力で何とかしてください)


(……ありがと、頑張るよ)


 一応の礼をエルクリッドが述べるとふっと笑いながらアスタルテの意思が奥へと引っ込む。確かに倒すだけならば遠慮はいらないのだろう、仮にも罪人相手ならば尚更する必要はない。


 だがそれでもと思うのは、自分の目指すものへの道が困難を避けては通れぬからと、カードを引き抜きながらエルクリッドは前を見据え思考を巡らせていく。


(そうだよね、恐れても駄目だし頼りすぎるのも駄目……あたしが培ったもので乗り越えられるものなら、尚更!)


(目つきが変わった……そろそろ、かしらね)


 エルクリッドがキッと強い眼差しで前を向くのを相対するザキラも感じ取り、ヒレイの吐きつける炎を避け続けるトパーズと目線で意思疎通をしカードを抜く。


「スペル発動、ドラゴンバインド」


 先手をかけるはザキラ。彼女が発動したスペルにより何処からともなく青い鎖がヒレイの身体に絡みつき、そのまま締め上げながら焼き印を押すような熱を持ち動きを封じ食い込む。


 ドラゴン専用の拘束スペルにエルクリッドはヒレイの受ける痛みを感じ受けながらも動じる事なくカードを抜き、ヒレイもまた墜落しながらも飛びかかりながら大斧を振り下ろすトパーズに対し体当たりで弾き飛ばす。


「っ……ドラゴンバインドをくらってまだ……!」


「油断しない事ねトパーズ。ドラゴンに有効とはいえ完全に拘束するのには時間がかかる……それより、自分の心配をなさい」


 沈着冷静な物言いをしながらカードをザキラが引き抜くと、トパーズは足下の粘つく感覚に気づき目を向けた。

 その正体はいつの間にか設置されていた糸の塊を踏んだ事によるもの。ツールカードのねずみ取りと気づき足を大きく引いて伸びた糸を斧で切って離れるが、足についた残りが砂とひっつきすぐに動けなくなる。


「ツール使用、罠取りの水泡……盗賊が罠にかかるなんて情けないわトパーズ、しゃんとなさい」


「す、すみませんザキラ様」


(とはいえねずみ取りをあたくしに気づかれずに使うなんてね……ドラゴンバインドも自力で破ってるあたり、やはり前みたいにはいかない、か)


 呆れ気味に罠取りの水泡で濡れるトパーズに声を飛ばしながらもザキラはヒレイが自力でドラゴンバインドの青い鎖を引きちぎり脱している事や、ねずみ取りを瞬時にエルクリッドが使用した点から彼女の実力を推し量った。


 先程まではトパーズに対し力押し一辺倒だったのは相手を侮っていた、あるいは力を温存する事を意識しすぎていたからと思うとそれらに惑わされず冷静になり、以前より成長したであろうというのも踏まえ厄介だと。

 だがそれもまた一興と、此度の試練の話を持ちかけてきた十二星召アヤセが事前に話した事を思い返しながら、ザキラは笑みを浮かべ戦いを再開する。


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