第2話 さよなら!魔王城


─────10年あまり経っただろうか、この異世界に付いても理解したし、しゃべれる様にも、魔法の基礎も覚えた。今日からは基礎の応用に入るらしい。


「にしても、我は不思議なのだ。魔族であるのにも関わらず魔力量が多い……と言うか、大気中の魔力を消費して撃っているし、魔法の基礎も知らなかった。」


魔王が俺にそう話しかけた。

この魔王城には、幹部専用の食事テーブルがある。

魔王城に勤めている下級ピースから上級ヘルまでの魔族は某魔法学校の様な大食堂で一斉に食べるのだが、四天王と魔王の秘書。それと魔王は別のテーブルで一緒に食べると言うのが習わしであるらしい。

魔族と言うのは基本的に栄養バランスを気にする必要は無い様で、炭水化物をどれだけ摂取しても、体内の器官が炭水化物を分解して不足した栄養素に変化させると言うのだ。正しくファンタジー。


(……味気無いなぁ)


そんな訳であるので、テーブルには各々好きな物が好きなだけ給仕される。

魔王にはまるまる一匹の豚の丸焼き、四天王の一人、ルヴェータにはぬるいシチュー。俺には魚の塩焼きと、小麦を炊き出したオートミールの様な物……

俺は偽オートミールをスプーンで掬って、口へと運ぶ。前世と比べて余りにも薄味で、食事の時は毎回テンションが下がる。

この世界の食文化はあまりにも発展していない。

和食派の俺として何よりショックなのは、味噌と米がまだこの世界に無いと言う事である。

それに加え、魔王城では甘味も滅多に無い。

俺が食っている飯は、半ば気持ちだけの物。本当に美味しい食事はまだ味わった事がなかった


「そうですよ。貴方は特異なのです。まるで人間みたいな魔法の覚え方じゃないですか…全く。」


ルヴェータ。白骨化した羊の頭蓋を常に被っていて、Tシャツから何から何に至るまで黒で統一したスーツを着こなす人形の魔族で、「四天王」の一人。

俺も「四天王」であるので、ルヴェータとは同僚と言えるだろう。

もっとも、ルヴェータは低級からの叩き上げなのに対し、俺は魔王の手によって直々に魔王城に召喚されたのだが。

そして、その話を聞く限り────────

────あのモフモフ狼人間は魔王と言う訳だ。


「貴様、もしやを─────」



「魔王様!勇者パーティーに動きが見られました!仲間を募っている様です!」


何か魔王が言いかけるのを遮るかの様に、扉が勢い良く開かれ、下級の魔族が報告を叫ぶ。

良くある獣人系の魔族の見た目で、恐らく偽竜人リザードマンだろう。


「そろそろだとは思っていたが………話の途中ですまないが、命令だ。」


一斉に視線が向けられる。

そう、俺は四天王として最初に任務が与えられていた。それは勇者パーティーに潜入して情報を渡し、ある程度の所で裏切り勇者パーティーを滅ぼせ。と言う物だ。


「わかりました………ただちに準備しますので………」


異世界に来ても、相変わらず俺はへっぴり腰の臆病者だった。自分でも常に怯えている様な態度だと分かっていたし、実際にそれをルヴェータに注意されたこともある。

………まぁ、注意されてもどうしようも無いのだが。


「─────上級変身魔法ベスト・ミーラジュ


体の内側に意識を集中させる。

体には魔力が巡っていて、その中心には紫色の宝石。魔王が言うには「魔力器官」と言うらしく、どうやら魔法が使える生物全部に備わっているらしい。殆どの魔法生物は体内に循環している自分の魔力を使うので大きいらしいが、人間の魔力器官はごくごく小さく退化してしまって、使い物にならないらしい。


「────どうですか?上手くできていますかね…」


魔力の巡りが速くなっていく実感。

その巡りに合わせる様に体温が急激に熱くなっていき、自分の体が沸騰して行く様な苦しさと、皮膚が剥がれる感覚がする。

しばらくして、体の感覚が変化したのを感じた。

前世の姿。そう、人間の変装である。


「ハッハハハ!上手くできているぞ!!流石だ泥の邪竜騎士クレイ=ドラゴナイト……じゃなくて、その姿だと名前を変えているんだったな。」


魔王がワハッ。と柴犬に見紛う笑みを浮かべて大きく手を叩いている。初対面から分かった事なのだが、どうやらこの魔王と言う奴の性格は大雑把な様である。


「─────タチバナ・ユズキですよね。」


「そうです……橘 結月たちばな ゆずきです。」


間髪入れず、ルヴェータに名前を言われる。発音は外国人の様で、この世界には日本名と言う概念が無い事をその時始めて理解できた。

橘結月。

なんとなく、女性っぽい名前だと思っていたし、それで同僚からイジられる事も有ったのだが、今では返ってそれはプラスになるかもしれない。

変装が上手く言っていれば、今の俺は深い紫色の短髪で、片目が隠されている女性になっているのだから。

残念な事に、魔王城には女性以外に鏡は配布されない。単純に魔族に人間の品を輸出してくれる商人が少ないのもあるが、需要そのものが低いらしいのだ。


「では行ってまいります。魔王さま。」


泥の邪竜騎士クレイ=ドラゴナイト。と言う種族は珍しい。そして何より便利なのだ。

最初は困惑した体から溢れ出る泥は、ある程度したら操作が可能となり、剣や装備くらいは作り出せるようになった。

直感的な操作で泥の色も事細かに変える事が出来るし、何より俺の泥は大抵の装備よりも硬い。

邪竜騎士ドラゴナイト種は魔族の中でも特段に強い種族とされているらしい。

その中でも一番攻撃力が高いのが火焔邪竜騎士ゲヘナ=ドラゴナイトで、一番防御力に優れているのは宝石の邪竜騎士ダイヤ=ドラゴナイト。俺の生まれてきた泥の邪竜騎士は種族の中でも最弱も最弱らしいのだが、腐っても邪竜騎士族なだけは有り、その応用性の高さは邪竜騎士の中でも髄一らしい。

俺はやっと勇者パーティーの剣士らしい姿へと変装もしたし、始めての任務は大成功で収めよう。

そう意気込んでいた時だった。


「────ご武運を。危なくなったら帰ってきて下さい。」


ルヴェータの声が不意に聞こえ、そちらを振り向くと、周りには黄色い光が膜の様にして張り巡らせ、体内の魔力を少しずつ吸い取っていく。

転移魔法テレポートの特徴で、相手を転移させる魔法は術者に負担が掛かるから転移する側からも魔力を奪う様に設計されたらしい………

魔法の事は分からないので、曖昧な記憶なのだが。

唐突。目の前が白い光に包まれ────────

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