第27話 告白「この世界の住人じゃない」
セリナが組んだ完璧なスケジュールをこなし、プリム、パルル、リリムとの交流をそつなく終えたディオは、その夜、久しぶりに心地よい疲労感に包まれてベッドに身を沈めた。
彼女たちの過剰な愛情表現が鳴りを潜め、それぞれが自分の役割に集中するようになった。
この平穏こそ、自分の努力が実を結んだ証なのだ。
そう信じながら、彼の意識はゆっくりと薄れ、やがていつものように現実世界へと帰還した。
目を開けると、そこは見慣れた自室の天井だった。
散らかった机の上には、飲みかけのペットボトルとスナック菓子の袋が転がっている。
「…帰ってきたか。つまらない現実に」
彼はベッドから起き上がると、習慣的にパソコンの電源を入れた。
目的はただ一つ、ゲーム『ダーク・ファンタズム』の攻略サイトの確認だ。
スクロールする指が、ふと止まる。
画面に表示されていたのは、信じがたい文字列だった。
これまで「バッドエンド確定」と血のように赤い文字で警告されていたトップページからその文言が消え、代わりに「ハーレムエンドまでの最短ルート」という、虹色に輝く煌びやかな見出しが躍っていた。
「よっしゃああああああ!」
俺は、思わず椅子から立ち上がり、天に拳を突き上げた。
ついにやったのだ。あの地獄のようなヤンデレ包囲網を、俺の知恵と勇気と演技力で打ち破り、不可能だと思っていたハーレムエンドに到達したのだ!
高揚感で胸が張り裂けそうになった俺は、ハーレムエンドの具体的な内容や達成条件など、詳細な情報を確認することも忘れ、冷蔵庫から祝杯用のビールを取り出した。
勝利の美酒に酔いしれ、そのままベッドに倒れ込むようにして眠りにつく。
最高の未来が待つ、あの素晴らしい世界へと戻るために!
* * *
ディオの意識が現実世界へと旅立った直後の、異世界のベルンハルト邸寝室。
ベッドの上では、彼の肉体が規則的な寝息を立てていた。
その静寂を破り、扉が音もなく開かれる。
最初に姿を現したのはリリムだった。
彼女は猫のようにしなやかな動きで室内に滑り込み、ディオが完全に眠りについていることを確認すると、背後に控えていた三人に手で合図を送った。
続いて、セリナ、プリム、パルルが静かに入室する。
四人の少女たちは眠るディオの周りを囲むようにして立った。
その表情は一様に穏やかで、愛おしいものを見る慈愛に満ちている。
しかし、その瞳の奥底には、獲物を前にした捕食者のような昏く揺るぎない独占欲の光が宿っていた。
セリナが無言で頷く。
それが、最終計画実行の合図だった。
「…んしょ」
リリムがディオの体を軽々と、しかし壊れ物を扱うかのように優しく横抱きにする。
プリムはディオの額に手をかざし、彼が途中で目覚めることのないよう、深く穏やかな眠りをもたらす聖魔法を静かに詠唱した。
「安らかなれ、我が神よ。悪夢はもはや、貴方様を苛むことはありません」
パルルは先行して寝室を出て、廊下に立ち並ぶ残された侍従たちを無言で見据える。
侍従たちは恐怖にがたがたと震え、その足元からは黒い呪詛のもやが立ち上っていた。
彼女たちが計画のために屋敷の人間を減らした結果、残ったのはディオの身の回りの世話をしていた者たちだけだった。
セリナは最後尾につき、完璧な計画に綻びがないか、鋭い視線で周囲を警戒する。
彼女たちは屋敷の地下へと続く螺旋階段を降りていく。
その先にあるのは、外部から完全に隔離された一室。
壁には吸音と魔力遮断の術式が何重にも刻まれ、床には最高級の絨毯が敷き詰められている。
そして部屋の中央には、この計画のために特別に作った一つのベッドが置かれていた。
豪華な天蓋付きのベッド。
しかし、その四本の柱とシーツの下には、四肢を優しく、しかし決して抜け出すことのできない魔力を帯びた絹の帯で固定するための精巧な拘束具が備え付けられていた。
四人は愛しい獲物をその祭壇へと運び、慈しむように、しかし逃がさないという強い意志を込めて、その手足を拘束具に固定していく。
豪華な天蓋付きベッドの上で、ディオの意識がゆっくりと浮上した。
現実世界で酒を飲んだせいか、頭が重く、思考が霧がかかったようにハッキリしない。
(体が、重い…?)
まるで金縛りにあったかのように、指一本動かすことさえ億劫だった。
彼がゆっくりと瞼を開くと、最初に視界に飛び込んできたのは見慣れない石造りの天井だった。
(自室じゃない…どこだ、ここは…?)
混乱する頭で視線を巡らせ、彼は言葉を失った。
ベッドの四方に、四人の少女が静かに佇み、自分をじっと見つめていたのだ。
東には、穏やかな笑みを浮かべたセリナ。
西には、祈るように手を組み、恍惚とした表情のプリム。
南には、心配そうに、しかしどこか嬉しそうに自分を見つめるパルル。
北には、「あ、起きた!」と期待に満ちた顔で体を揺らすリリム。
彼女たちの瞳には、一様に病的なまでの光が宿っていた。
ディオが最も恐れていた、ヤンデレヒロイン特有のくらーい光だ。
「お目覚めですか、ディオ様」
セリナが美しい声で言った。
その声で、ディオの思考は一気に覚醒する。
「セリナ! これは…どういうことだ!? なぜ俺はこんな場所に!」
身体を動かそうとして、初めて自分が拘束されている事実に気づく。
手首と足首に絡みつく絹の帯は、柔らかい感触とは裏腹にびくともしない。
「プリム! パルル! リリムも! 一体何なんだ、これは!」
ディオは声を荒げたが誰も動じない。
パニックに陥った彼は、最後の手段である転移魔法を使おうと意識を集中させる。しかし。
(魔力が…霧散する!?)
「無駄ですわ、ディオ様」
プリムが静かに告げた。
「この屋敷は私の神聖結界で完全に満たされています。いかなる魔法も私の許可なくしては発動できません」
その言葉がディオに絶望的な事実を突きつけた。
自分は完全に、完全に追い詰められたのだ。
いつ?どこで?なぜ?ハーレムエンドはどこへ行ったんだ?
彼女たちの表情、部屋の雰囲気、そして自らの無力な状況。
その全てが、ディオに敗北を認めさせた。
もはや脱出は不可能。小手先の誤魔化しも通用しない。
彼は、観念したように深く息を吐いた。
そして、最後の賭けに出ることを決意した。
自らの正体を明かすこと。
この衝撃的な事実を告白すれば、彼女たちも混乱し、あるいは自分を未知の怪物として気味悪がり、解放するかもしれない。
そこに、一縷の望みを託した。
ディオは、震える声で、ゆっくりと語り始めた。
「俺は…ディオ・ベルンハルトじゃない」
その言葉に、四人の少女たちの表情が僅かに変わる。
「俺は、お前たちのいるこの世界とは違う、別の世界の人間なんだ」
彼は必死に言葉を続けた。
「これは俺にとって、ただの夢なんだよ。壮大な、リアルなだけの夢なんだ。だから、俺は眠れば…眠って目を覚ませば、元の自分の世界に帰るんだ…!」
彼は、彼女たちの反応を窺った。
驚愕、混乱、あるいは恐怖。そんな表情を期待していた。しかし。
「…なるほど。そういうことでしたのね」
セリナは困惑するどころか、全ての謎が解けたというかのように深く頷いた。
「我々の計画をことごとく見抜いていた理由…時折、意識がここにないような気配がしたこと…全てそれで説明がつきますわ」
プリムは恍惚とした表情で両手を組んだ。
「なんと…!ディオ様はやはり、この俗世ならざる高次元の御存在だったのですね! ああ、我が神よ!」
パルルもまた、こくりと頷いた。
「…納得」
彼女にとっては、彼女の理解を超えるものであっても理由があるというだけで安心できた。
「別の世界? すごい! じゃあ、お兄ちゃんは本当に世界で一番特別なんだね!」
リリムは、ただ純粋に喜んでいた。
四人の少女たちの反応は、ディオの想像の斜め上を行くものだった。
ディオの最後の切り札は、最悪の引き金となってしまったのである。
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