第2話 勧善懲悪

「何が本当の痴漢なのか?」

 と言われると、ハッキリとしたことは言えないが、

「集団を組むくらいなら、捕まってもいいから、一人でやった方がいい」

 と思っているのが、

「坂田」

 という男であった。

 本来であれば、

「捕まることに対しての恐怖よりも、自分の中ある興奮を抑えられない」

 という方が若干強いことで、今のところ、

「痴漢は辞められない」

 と思っている。

 実際には、

「若いだけに気持ちを抑えられない」

 というのが、一番の理由だといってもいいだろう。

 そんな彼は、年齢としては、まだ二十歳だった。

 大学に通うのに、満員電車での通学だったが、少し、学校までは遠く、一度、都心部に出てからの乗り換えとなるのだが、都心部での地下鉄内が、坂田にとっての、

「行動範囲」

 といってもいいだろう。

 中学時代から、どこか、制服フェチなところがあった。

 坂田という男は、思春期は晩生であり、身長が伸びだしたのは、中学三年生になってからであったが、その分、伸びるのも早く、高校生になれば、それまで、低い方から数えてすぐだったものが、いつの間にか、後ろから数えるのが、早いくらいになったのだ。

 なんといっても、高校二年生から三年生になるそのタイミングで、

「なんと、5センチ伸びた」

 といってもいい。

 だから、高校三年生になった時には、身長が180センチになっていて、ちゅうがくじだいの友達が、

「お前何を食べたら、そんなに背が高くなるんだ?」

 と言われたほどだった。

 だから、中学時代までは、満員電車は大嫌いだった。

 受験の時、

「俺の成績で受験する学校は、いやでも、電車通勤になるな」

 ということで、正直、憂鬱だったというくらいである。

「無理もない」

 といってもいいのだろうが、幸か不幸か、中学三年生の頃から、身長が伸び始めたのであった。

 だから、高校生になってから、満員電車に乗っても、首が何とか、

「人の波」

 から頭一つ上に出せるくらいになったので、

「人に埋もれる」

 ということはなかった。

 そんな中で、電車の乗っていると、その時、

「自分が制服フェチだったんだ」

 ということに気が付いた。

 元々、何か制服に思い入れがあったのだが、その気持ちがどこからくるのか分からなかった。

 しかし、その気持ちの終点が見えていなかったのだが、それは、

「わざと見ないようにしていた」

 ということなのかも知れない。

 ただ、

「電車の中での痴漢行為は、いけないことだ」

 ということは、モラルとして分かっていた。

 だから、制服の女の子が近くにいても、

「触りたい」

 という気持ちはなかったのだ。

 しかし、あれは、高校二年生の時、電車に乗っていて、

「一人の女の子が痴漢に遭った」

 という場面にたまたま遭遇したのである。

 この時も、

「まるで絵にかいたような光景」

 といってもいいが、

 窓際近くに立っていた女の子を窓の方に追い詰めていた男性が、他の男性から手を掴まれて、

「こいつ痴漢だ」

 とばかりに、腕をまるで勝ち誇ったかのように、上に突き出していた。

 犯人は、気の弱そうな男性で、背広を着ていたので、サラリーマンか何かだろう。

 坂田がそれを目撃した時、腕を掴まれた男は、顔色が悪く、完全に土色だった。その様子は、脂ぎって勝ち誇ったような顔をしている男に、完全に観念していたのだ。

 それこそ、

「勧善懲悪」

 という場面であった。

 まわりの人の目は、完全に、

「捕まえた男をヒーロー」

 でもあるかのように見上げていて、捕まった男を、完全に、

「犯罪者を見るような目で、見下している」

 という様子だった。

 その場だけを見れば、

「当たり前の光景だ」

 といってもいい。

 だが、坂田は、どこか釈然としない気持ちになっていた。

 というのは、

「事実関係がはっきりとしているわけではないのに、まわりの目が完全に、推定有罪となっている」

 と感じたことだった。

 もちろん、

「捕まった男の情けない表情」

 それから、

「捕まえた男の勝ち誇ったような表情」

 に違和感はあった。

 しかし、なんといっても、

「事実もはっきりしていないのに、その状況だけで、皆が皆、痴漢と指摘された男を、蔑んだような目で見る」

 というのが、許せない気がしたのだ。

「まるで、弱い者虐めではないか」

 ということである。

 もちろん、状況証拠からすれば、指摘された男が蔑まれるというのは、無理もないことだ」

 といえるだろう。

 しかし、皆が皆そんな目で見るというのは、ひどいと思った。

 そんな精神状態だったからであろうか。被害者であるはずの彼女が、何かを言いたそうにしているのを、こらえているのを感じたのだ。

「ああ、犯人は違う」

 といいたいのか?

 と感じたのだが、

「なぜ、それを彼女がいえないのか?」

 と考えた時、

「まわりの雰囲気がそうさせない」

 というところにあるんだろう。

 と思った。

 そして、

「その感情が、痴漢されても、周りに助けを求められない感情につながるのではないか?」

 ということに気づいた。

 だから、本当であれば、

「女の子に同情してやるべきなのだろうが、そんな感情はその時の他の連中が感じているからいい」

 と思ったのだ。

 だから、

「だったら、俺は違う感覚でみてやろう」

 と思った。

 すると、

「どうして、男を助けてやらないんだ?」

 と、被害者に対しては憐れみを持たないといけないと思いながらも、

「冤罪かも知れない」

 という相手を、いくら自分が辱めを受けたとはいえ、

「助けてやらないんだ」

 と感じた。

 特に、

「彼女がいえば、説得力がある」

 ということで、

「彼を助けられるのは彼女しかいない」

 ということが分かっているのに、

「それでも、彼を助けようとはしない」

 と考えると、

「被害者」

 といっても

「同情の余地はない」

 と感じるようになったのだ。

 それを思えば、次第に、

「彼女が悪い」

 と思うようになり、

「そんなだから、痴漢に狙われてもしかたがない」

 と思うようになると、

「痴漢の被害者が皆気の毒だ」

 と言えないのではないか?

 と感じるようになったのだ。

 確かに、

「痴漢をする」

 というのは卑劣なことだが、痴漢をされた人が、

「自分の立場から、本当の犯人を捕まえることができるのに、それをせずに、まわりに身を任せる形で、成り行きを見守るだけ」

 というのは許されることであろうか。

 なんといっても、

「犯人が憎い」

 と思っていないということである。

 つまりは、

「その程度しか考えていない相手に同情などする必要があるのか?」

 ということである。

 それよりも、

「やってもいないのに、犯人に間違えられ、本当であれば、分かっているはずの被害者が、何も言わずに、本当の犯人をのさばらせることになるのを分かっていない」

 ということになるのだ。

 つまりは、

「彼女が一言証言するだけで、冤罪も生まないし、犯人が捕まることで、抑止にもなる」

 ということから、

「痴漢犯罪」

 というのは、

「これほど歪で、卑劣な犯罪はない」

 ということになる。

 それは、

「加害者」

 はもちろん、

「被害者」

 であったり、

「善意の第三者」

 に至るまで、その場面でかかわったすべての人が、その犯罪をさらに増長させることになるということを分かっていないのだ。

 だから、平気で、

「冤罪」

 というもが生まれ、さらには、

「冤罪を生む」

 という環境が整うということになる。

 そんなことを考えていると、坂田もそこまで気づいたのだから、

「悪を懲らしめる」

 というような、

「勧善懲悪になってもいいだろう」

 ということになるのだろうが、彼はそれほどの

「偽善者」

 というわけではなかった。

「若さゆえ」

 というのは完全な言い訳であり、

「どうせ、どこを向いても、悪党しかいない」

 と考えると、

「俺が悪党になって何が悪い」

 と思うようになった。

 そして、一番痴漢に身を落とすことになった理由としては、

 その痴漢事件が起きた時の、

「女の反応」

 からだった。

 正直、

「あの女は、しょせん悪党だ」

 ということは分かっていたが、そんな中で、痴漢に遭っている時の恥ずかしそうな顔は、本物だった。

 さらに、男が捕まってからの、まわりを静観しているその姿は、その恥ずかしさを残したままだったのだ。

「悪党のくせに、恥辱にまみれた表情をよくできるものだな」

 と思うと、

「これが、女の性というものか」

 と感じるようになり、

「あの表情をされると、興奮してくる」

 と感じたのだ。

 だから、

「あいつら皆悪党だ」

 と思いながらも、

「だったら、俺だって悪党になってもいいじゃないか?」

 と思うようになった。

 そして、

「皆が痴漢を初めて、辞められないというのは、そういう感情が渦巻いているからではないか?」

 と感じることから始まっていたのだ。

 もちろん、さすがに、大学に入学するまでは、怖くて痴漢などできなかった。

 逆に、

「大学に合格すれば、思い切りやっちゃえ」

 と思うようになったわけで、

「これが、受験への自分の中のバロメーターのようなものではないか?」

 と思うようになったのだ。


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