警告:神崎莉奈(かんざきりな)をフォローしなさい。さもなくば、あなたも消える。
志乃原七海
第1話### フォロワー・ゼロ
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「フォロワー、23人……」
スマホの画面に表示された無慈悲な数字を睨みつけ、わたしは爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。毎日、寝る間も惜しんで書き上げたわたしの物語。その価値が、たったこれだけ。
SNSを開けば、同期デビューしたキラキラ作家の『祝・重版決定!』なんていう眩しい投稿が目に飛び込んでくる。コメント欄には何百もの「おめでとう!」が並び、わたしの心をナイフのように抉った。
「なんで……わたしの物語だけが、誰にも届かないのよ」
苛立ちに任せて、飲みかけのスパークリングワインのボトルを掴み、ベランダへ出る。安物の泡が、ぬるい夜風に煽られて虚しく弾けた。見上げた空は、街の灯りで白く濁っている。
その時だった。
空が、燃えた。
今まで見たこともないほど巨大な火球が、夜空をエメラルドグリーンに染めながら、ゆっくりと引き裂いていく。まるで、神様の気まぐれな溜息みたいに。
わたしは、その非現実的な光に魅入られたまま、心の奥底から絞り出した。
それは祈りなんかじゃない。紛れもない、呪いだった。
「わたしの物語を……わたしを認めない人なんて……みんな、いなくなっちゃえばいいのに!」
流れ星は、わたしの醜い本音をすべて飲み込むように、静かに闇の向こうへ消えていった。
*
翌朝、世界はわたしの呪いに応えていた。
ネットニュースもテレビも、原因不明の『集団蒸発事件』の話題で持ちきりだった。消えた人々の唯一の共通点。それは、わたしの小説投稿サイトのアカウントをフォローしていなかったこと。
「まさか……」
震える指で自分のプロフィール画面を開く。
【フォロワー数: 23人】だった数字が、ありえない速度で増殖していた。数万、数百万、数億……。人々は生き残るために、わたしの元へ殺到していた。
「……やった」
わたしは、一夜にして世界の女王になった。
もう、誰もわたしを無視できない。あのキラキラ作家さえも、今頃わたしの名前を検索し、恐怖に慄きながら「フォロー」ボタンを押しているはずだ。最高の気分だった。
けれど、本当の恐怖はそこからだった。
世界中の人間がわたしをフォローしたはずなのに、その総数は、少しずつ、しかし確実に減り始めていたのだ。
【神崎 莉奈 フォロワー数: 78億5432万1098人】
↓
【神崎 莉奈 フォロワー数: 78億5432万1097人】
↓
【神崎 莉奈 フォロワー数: 78億5432万1096人】
**フォロワー数のカウントダウン**。
それは、誰かがフォローを外したわけじゃない。老衰、病気、事故……人間が、死んでいるのだ。
そして、フォロワーが一人減るたびに、わたしの身体から何かが奪われていった。
まるで高級な美容液を逆再生するように、肌からハリが失われ、艶やかだった髪はぱさつき、指先から潤いが消えていく。
**エナジードレインが始まる。**
わたしは願った。「わたしを認めない人は消えろ」と。
この呪いは、一度信者になった者が、死によって「わたしを認められない状態」になることさえも許さなかった。その魂をこの世に繋ぎ止める対価として、わたしの若さと美しさ、そして生命そのものが吸い上げられていく。
一秒に約二人。その死のすべてが、わたしを蝕んでいく。
もう、新しい物語を書くどころか、ベッドから起き上がる力もない。鏡に映るのは、皺だらけの皮膚と白髪に覆われた、見知らぬ老婆の姿だった。
「いや……わたしの美しさを……返して……」
薄れゆく意識の中、わたしはただ、スマホの画面に表示される数字を眺めていた。
それは、世界の人口のカウントダウン。そして、わたしの命のカウントダウン。
ああ、わたしはただ、誰かに「面白いね」って、一言でいいから言ってほしかっただけなのに。
【神崎 莉奈 フォロワー数: 1】
ついに、最後の数字が残る。
それは、他の誰でもない、わたし自身のアカウント。
【神崎 莉奈 フォロワー数: 0】
ゼロになった瞬間、老婆の身体は砂のようにさらさらと崩れ、静かに消えた。
後に残されたのは、フォローすべき神を失い、再び「消滅」の恐怖に怯えることになった世界と、誰にも読まれることのなくなった、哀れな物語だけだった。
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