1 廃墟

 山と夜空の闇の輪郭が溶け合い始める宵の刻。山中で俺は一人立っていた。


 目の前の鬱蒼とした漆黒に目を凝らしていると、後方からクラクションが鳴り響く。振り向けばはるか後方の自動車から金森かなもりの粗野な声が届いてくる。


 「静間しずまァ!なんか撮るまで山ぁ出んじゃねーぞ、収穫ゼロだったら殺すからな~」


 数人の汚い笑い声を残して、先ほどまで俺も乗って──いや、乗せられて──いた車は走り去っていった。

 俺は再び向き直り、山中にあるという心霊スポットである廃墟を目指して歩き始めた。


 まずは道路沿いのガードレールを跨いで、柔らかい土の感触のする道なき山の中へと入っていく。持ってきた懐中電灯の明かりはあまり遠くには光が届かないが、広く薄ぼんやりと広範囲を照らしてくれている。懐中電灯の光に合わせて照らされた木々の影が左右に揺れる。


 その揺らぎは、闇の中を何かが動いているかのよう錯覚を起こさせる。しかし実感としても今も周囲からやけに視線というか、息遣いというか、気配のようなものを感じる。多分野性の生き物たちだと思う。


 ちなみに俺は霊感も無いし幽霊は信じていないが、野生動物は怖い。霊障より物理攻撃の方が普通に死ねる。


 にしてもなんというか、今回は手が込んでいるというか、わざわざ兄に車を出させてまでやることなのかと不思議でしょうがない。


 『心霊スポットの廃墟に単独突撃して、幽霊を撮ってこい』


 そりゃ、時間が丸一晩潰されるのは心底面倒くさくはあるけれど、物を捨てられたり、直接手を出されたりするよりかはまだいい。今日は春休み最終日。奴らもクラスが分かれれば会う回数も減るだろうし、こんなのは最初で最後だと思うことにしよう。そんなことを考えながら森の中を歩いていると、これまでの高校1年間のことを思い出してくる。


 きっかけは些細なことだったけど、だからこそよく覚えていた。


 入学式からいくらか日が経ったとある日。周りが探り合いの段階を過ぎて、少しずつグループを形成し始める頃だ。俺はまだ特に親しい友達が居なくて、放課後1人で帰路に付こうとした時、同じクラスの生徒のグループが数人で1人の生徒を囲んでいる状況に出くわした。自信に満ちた表情で周囲を威圧するような派手な身なりをした同クラスの金森のグループ。


 これもいい会話の機会だし、接点になったりするかもと俺は暢気に声をかけた。確か、そういうのは良くない、とかなんとか。我ながら後先考えなさすぎだと思う。


 その瞬間から、俺はいじめのターゲットにされた。クラスメイトも彼らにビビっているものだから、クラスでは誰も俺に近づかない。当然友達も出来ない。そこは、アイツらがいなかったとしても変わらなかったかもしれないけど……。少なくともチャンスはゼロになった。


「……あれか」

 

 山道を歩き始めて三十分ほどした頃、ぼんやりと光に照らされて建物が浮かび上がる。ボロボロになってツタに呑み込まれつつある、二階建てのコンクリートの建造物。窓や一階の正面玄関は元々あったガラスが無くなっており、黒々とした暗闇が覗いている。


 かつては豊かな自然に囲まれた療養所というコンセプトの施設だったらしい。それが患者の焼身自殺が原因で建物に延焼し、多くの死傷者を出した。そしてさらに、廃墟と化してからも強姦殺人、集団暴行、死体遺棄、裏社会の人間の拷問部屋、等々。ありとあらゆる凄惨な事件の舞台となった。まるで空いた穴に水が吸い込まれるように、次々と惨劇が起こった負の坩堝のような場所だ。


 それがすべて事実であればの話、だが。

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