永遠という言葉をきみに

いと

第一話『偶然と運命』

350人中163位。真ん中よりちょっと上。僕は満足だった。

ソウルにある高校に通い出してから、もう6ヶ月が経つ。ある程度の友達と、ある程度の成績。

「平凡って言葉が1番似合うね。」

頭の片隅にずっとあるこの言葉をいつまで経っても忘れられず、言霊というようにその通りに生きている。波音もたてず、ただ流されるクラゲのように。


「うわー最悪。ここの問題合ってたら居残り回避だったのに」


「先帰っとく」


「ミンヨン、ジュース、ジュース奢る」


「がんばって」


ガミンは頭を抱えて自分の答案をじっと見つめ、机に伏せた。窓をすり抜いて入ってくる生徒の声は聞こえているのだろうか。赤色の夕陽が丸つけのペンのように彼の背中にバツをつけて、僕はくすりと笑い、教室を出た。


「遅かったね」


ユンハは腕を組んで頬をぷくっと膨らませてみせた。ミンヨンはその頬をつついて、ユンハの口から空気が抜け出す。やかんが沸騰した時のような頼りない音が出た。それが恥ずかしかったのか、行くよ、と早足で去って行った。

ユンハは、人生で3人目の彼女だった。長い髪は少し巻かれ、そのウェーブにミンヨンは心を奪われた。歩く度に左右に揺れる、艶がある彼女の髪は美しかった。髪が好きだから付き合ったなど到底言えず、全部が好きだと端的に言った。しかし本心は、ただ彼女の髪が好きだった。

今日は二人でパン屋に行く約束をしていた。最近は彼女が居残りになることも少なくなり、予定が空いている日はソウルの街を日が落ちるまでうろつく。ソウルはどこへ行ってもカップルで溢れかえっていて、独り身は辛い。彼女がいるというのは人生において加点であり、B評価がB+評価になる感じだ。加点はできる限りつけておいたほうがいいのだと、最近気がついた。


「あのさ」


彼女の髪は振り向いた反動で右肩にかかった。


「私たちってどういう関係?」


「え。どういう関係って....カッ...プ、ル」


「でも」


何か言いたげにして、上目遣いでこちらの様子を伺う。そして口を丸くして、「ポッポ」と言った。(※ポッポ・・・チュッとした軽いキスのこと)


「やろうか?」


何も考えずに、目にかかった彼女の前髪をかき分けて、キスをした。並ぶと僕の顎くらいに彼女の頭がくる。キスしやすかった。久しぶりに触れた彼女の髪、肌。一気に彼女へと引き込まれていく。


僕はタンパッパン(あんパンの一種で、甘い小豆あんが中に入っている)、彼女はホドゥクァジャ(クルミ入りの小さなケーキ風パン)とクリームパンを買い、店をあとにする。まだ暑さの残る9月。生ぬるい風が吹く池の前の公園のベンチで、パンを頬張る。ユンハを見ると、掠れて揺れる、木の葉を見つめていた。


「鳥だ」


「うん。鳥」


「暑くないのかな。」


「どうだろうね」


「羽毛もあって可哀想に」


彼女の言葉が共感なのか、軽蔑なのかは分からなかった。



どう考えても合わない、と、ユンハは愚痴をこぼす。本当は今よりもっといい高校に行きたかったけれど、親の仕事の関係で引越し、この学校にしか行けなくなったそうだ。この間創立90周年を迎えた校舎は外壁が剥がれ落ち、周りの高校はホワイトボードなのにも関わらずまだ黒板を使っている。もっと都会で最先端の高校に行きたかったらしい。

でも、もしユンハがこの学校に来なかったら、僕たちはこうして一緒に時間を過ごせなかったんだよ。そういうと、彼女は気難しそうな顔をした。


運命は、0.1秒、それ以下の単位で変わっていく。もし、僕がこの高校に落ちていたら。ユンハの両親の仕事がそのまま続いていたら。どんな‘’いま”だっただろうか。街中ですれ違っても、大人になって働く場所が同じになっても。ただのそこにいる人として認識して、こうやって違う運命ではカップルだなんて考えられないだろう。


「私がこの高校に来たのも、ただの偶然。」


「偶然じゃないよ。」


僕たちはこの運命に選ばれた。偶然が重なり合うと、やがて運命になる。


「偶然なんかじゃない。運命なんだよ。」


彼女は目をつぶって、僕にそっと抱きつく。暖かくて、でも、この温かさは気温とは違う、優しい温かさだった。


「どくどくしてる」


「だって、人間だから」


僕の心臓に耳を当てて抱きつく。ぎゅっと。薄暗くなり、月光のように漂う街灯の下。この時間がずっとに続くと思っていた。


「永遠に、一緒にいよう」


そう二人で誓った。秋の風が、僕たちを包み込む。冷たく、でもなぜか柔らかい。




────二日後、彼女は自殺した。

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