音のない世界から逃げてきた私、みんなの幸せを守るために今日もロックに戦います
えびちり
第1話 音があふれる新たな世界へ
私は逃げていた、後ろから迫りくる脅威から。
つかまればきっとあの生活に逆戻りだ。下手したら最悪、殺されてしまうかもしれない。
狭い建物の中を上に行ったり、下に行ったりして追っ手をまこうとする。けれど、時間が経てば経つほど人員が増えていく。
曲がり角を曲がろうとしたら、追手と
よろめいた相手を押し倒し、私は走り出す。すると向かいからも追手が来ていた。
挟まれてしまった私は、自分のすぐ横に扉があることに気付いた。勢いよく入って部屋の奥を目指す。もちろん追手も入ってきた。長机を挟んでのにらみ合いだったが、追手の片方が長机を飛び越えてのっかかってきた。
ドアが木でできていたこともあってか、私たちはドアを突き破ってしまった。なんとそのドアの先に部屋はなく、私たちは宙に放り出されていた。
突風が吹いて私たちは散り散りになった。おかげで何とかなったが、私は目の前に広がる夜の風景を見て死を覚悟し、目をつぶった。
「きゃあ! なんですか? これ、死んでる!?」
誰かが大きな声を出しているので目を覚ます。私が腕を動かそうとしたら、それに反応したのか、また大きな声で騒ぎ出す。顔が水にぬれて、口に入った物のしょっぱさでせき込む。
「あの、あの! 大丈夫ですか?」
ぼんやりと開いた目の中に映りこんでいたのは、女の子の顔だった。その子は私の肩をつかむとゆっくりと体を起こすのを手伝ってくれた。私は彼女にサポートされながらなんとか歩き出す。
どうやら私は浜辺に落ちたようで、この柔らかい砂によって何とか生き延びることができたようだ。浜辺においてあるベンチまで運んでもらって腰掛けると、少女も隣に座った。
私は海を見渡す。目が覚めた私の内心はここがどこなのかだとか、どうしてあのドアの先が空中だったのかとかは正直そんなことどうでもよくなるくらいに動揺していた。
音が聞こえる!
波のザザァといって行ったり帰ったりする音。鳥たちの鳴き声や、この浜辺の近くから聞こえてくるブウンという車が走り去るときになる音。そして、彼女の話す声。
これが音なんだ。私の種族のいた世界——ミュートラスの世界では音が存在しなかった。だから、私は心躍ると同時に大量の音に情報がパンクしそうでもあった。
少女が言った。
「あなた、どうしてあんなところに倒れていたんですか?」
私はなんと答えたらいいか困った。私がここではない世界から来たと言っても信じてもらえるだろうか?
「へくしゅん!」
しばらく黙っていたら、鼻がむずむずしてくしゃみが出た。それを見た彼女もくしゃみが出てしまい、気まずそうに目線をそらした。
「このままでは私たち風邪をひいてしまいますわ。あなたもこんなにびしょびしょで……」
そう言われて、私は自分の体の濡れ具合を確認した。服が水を吸って重く、少し動くだけでもぐちょぐちょして気持ち悪い。
流れるように私は目の前にいる少女の姿を下から順に見た。白いワンピース型の制服を着ていて、隣にはカバンが置いてある。最終的に私の目線は彼女の胸元で固定された。
「あの…… 私の話聞いてますか? じっとこちらを見てどうかしましたか? 顔に何かついてます?」
彼女は私の目線をたどって自分の胸元を見る。
「きゃ!」
勢いよく両腕で隠し、顔を真っ赤にしながらこちらをにらみつけた。
真っ黒な車が海の近くの道路に止まっていた。彼女は私の手を取りそこへと向かっていく。
ドアが勝手に開いたのに驚いていたら、押し込まれるように乗せられた。
「
運転手が少女に確認する。……この子ナギサって言うんだ。
「友人です。……いや、何も聞かないで家に向かってくれますか?お父様やお母さまにも言わないでいただけると」
「わかりました」
そう言うと車が動き出した。
「そういえばお嬢様、先ほど京子様が空港を出発されたとの報告を受けました」
「本当!?」
なんだか声色が幼くなった感じがした。気になったので彼女の顔を見ていると察したように答えてくれた。京子とは彼女の母親だという。
「お母様は、お仕事でシンガポールに出張に行っていたんです。ちょうど1年ぐらいかしら。プロジェクトがうまくいったから帰ってこられるんです。」
彼女は腕につけた貝殻でできたブレスレットを見つめた。
「あの場所は私とお母様との思い出の場所なんです。これ見てください。お母様があの砂浜で拾った貝殻で作ってくれたんです。」
白くてきれいな貝殻だった。そして、彼女の鞄には、同じような貝殻がいくつか入っていた。
10分ほどで目的地に到着したようだ。扉が開き車から降りるとそこは豪邸だった。大きな門をくぐって玄関に入ると多くの使用人たちが待ち構えていた。
「おかえりなさいませ」
ぴったりと息の合ったお出迎えだった。息つく間もなくお風呂場に案内され、入るように指示された。
お風呂から上がり、彼女の部屋に案内されて歩く廊下はなんだか私がいたあの建物を思い出させる。部屋に入るとナギサはエレキギターを弾いていた。
ちらっと私の方を見ると、さらに力強く弦をかき鳴らし音を奏でていく。まるで自分の存在を誰かに認めさせるようなそんな力強さとそれでいて正確で高い技術力があった。今まで聞いてきた音とは違って
私はナギサを見ながら考えた。ここにどれだけいさせてもらえるかも分からない。もし私がミュートラスであることがばれたら一発で追い出されるだろう。彼女に迷惑をかけないためにも早くここを出ていった方がいいかもしれない。
とにもかくにもミュートラスであることは隠さなければならない。
気付けば彼女の演奏は大盛り上がりを迎え、余韻を残し終わった。
私は拍手をすると、ナギサは顔をあげ私を見た。……かと思うと青ざめていく。
後ろに何かあるのかと思って振り向こうとしたら、あるものが目に入った。
ミュートラスのしっぽがひとりでにゆらゆらと揺れていた。
あ…… やばい……
少なくとも人間ではないことはこれではっきりしてしまった。これを隠そうとしていたのに……
「あなた何者なんですか?」
ナギサがギターを置いてゆっくりと立ち上がって問い詰めてきた。
観念した私はおとなしく話すことにした。
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