第45話 不安
校舎外壁への衝突音。俺達の教室から近かった。
一番最初に窓から顔を出した奴の横顔が凍り付く。
「と、と、鳥荷先輩!?」
窓から度々見える破壊の業火。その一部たるオブジェとなったように、鳥荷先輩の小さな体が外壁に埋もれていた。
登校時は着こなされていたSサイズの制服。それが殆ど焦げて破かれている。たった一分の間に受けた灼熱の壮絶さを物語っている。
その上異常な力で叩きつけられたのだろう。クレーター型に陥没した外壁が形成される程の衝撃が後頭部に掛かったのか、頭が半分吹き飛んでいる。
彼女は『不死』。即座に回復する。
しかし皆に根付く『不安』までは回復しない。
「これ、まずくねえか!?」
救世主という大樹に暗雲が立ち込めている。『何があったか』を探る前に、人は不安定な足場への安心を求めるものだ。
冷や汗を検出。心拍数の増加も認識。
「……まずい」
「だよな下村」
同意されたが、多分お前らの『まずい』とは違う。
あの致命傷――明らかにサバイバーズ・ペナルティに見舞われる。
また地獄の深夜で踊る悪夢に苛まれてしまう。
幻の死を繰り返してしまう。
確かに鳥荷先輩はなんでもないようにサバイバーズペナルティの事を笑ったかもしれない。あの人は9999回も見過ぎた地獄のせいで感覚がマヒしているのかもしれない。
だが生憎俺は一回しかタイムスリップしてないからな。
(俺は……この人に傷ついてほしくねえ)
思わず窓に身を乗り出しかけた。けれど――後ろから引っ張る力。振り返ると、教室では光を求める亡霊たちが見つめていた。
「なあ下村君、鳥荷先輩大丈夫かぁ……!?」
「と、鳥荷先輩と仲いいんだよな」
「大丈夫だよな、大丈夫だよな!?」
「…………」
背筋が凍る。
俺はこれを見たくなかったんだ。
だから平和の中に引き籠っていたかった。
救世主を求め、そして裏切られた時の勝手な呪い。
誰も鳥荷先輩という救世主の心配をしていない。
みんな、自分の心配しかしていない。
学校の守り神へ祈ることしか知らない彼らは、劣勢の極寒に立たされると途端に萎縮する。
(こんな時に……こいつらは!)
レジスタンスもそうだった。だから俺は負けるわけには行かなかった。俺が負けたら、彼らはこういう目をするって知ってたから――。
「み、見ろ! 魔物達が!?」
「そんな、さっきまで遠くにいたのに……こんな所に迫ってくるなんて!
大小関わらず魔物達が学校に集約してくる。
確かに妙だ。魔物にしてはやけに意思統一がなされている。でもなければ最大速度でこの学校を目指すわけが無い。
「う、うわああああああっ!?」
何人かが教室を飛び出していく。教師達にも最早収拾がつかなくなっている。どこが魔術強化指定校なんだろうか。
しかし俺に視線が集まった状況では、こっそりビームウェポンは使えない。何をしても不自然に見られてしまう。俺を救世主と見做す材料が揃ってしまう。
……どうにか抜け出さなくては。ひたすらに演算を繰り返していると、スマホに通知があった。
今絶賛やられている筈の、鳥荷先輩からだ。
『下村君は待機していてください』
……えっ、どうやって打ってんの。壁に磔になってるのに、器用にポケット越しにスマホをフリックしているのだろうか。
『ここは私一人で何とかします。君の正体がバレたらいけませんから』
あの人。
こんな状況で。
俺のこと考えているのかい。
なのに俺は。
俺のことしか考えてない。
このクラスメイト達と同じじゃないか。
救世主を待ち続ける誰かさんと一緒じゃないか。
「――的里高校の諸君うううん!!!」
異常に響く声。聞き覚えがあるのは俺だけでは無かった。
「流石に想定外だな……」
この的里高校目掛け、キロ単位もの距離を一気に縮めてくるのは予測してない。
魔人化したSランク冒険者なら当然の潜在能力とでも言うべきか。
「この声……まさか剛志!?」
「ひっ」
クラスメイト全員の鳥肌が立った。醜怪に潰れた頭蓋。どうみても化物だ。
顔面以外の部位は見た目だけで言えばそこまで変化はない。しかしエネルギーの量が桁違いだ。黒龍の時に見た魔人と比べても次元が違う。
直感する――恐らく、フェーズ2と呼ばれる領域に入っている。最早人間へ戻る見込みは無いほどに、剛志は怪物と化してしまった。
「……!」
鳥荷先輩が壁を蹴らんとする。隙を伺っていたのだろう。マサムネを握り、水平に跳ばんとした挙動をしていた。
けれど剛志は光の速度で動く。
「
「ああっ!?」
僅か0.001秒の動作――なのに鳥荷先輩の神業よりも速い、剛志の光魔術。しなる光が先輩の手首を千切り、
「
光の疑似速度で殴られた。
「鳥荷先輩!!」
人間隕石。
途端、グラウンドが爆ぜた。
四方八方に飛散した鳥荷先輩のパーツ。巻き起こる砂煙が覆い隠したのが唯一の救いだろうか。煙が晴れた頃には鳥荷先輩はどうにか立ち上がっていた。
「こんな姿で申し訳ない。今から君達が騙されている真実を話そう」
降り立った剛志は両手を左右に広げる。救世主というよりは、これから演説をする超人気な独裁者のように。
「アンダーソンなんて居なかったんだ。この鳥荷汀衣と政府が共謀して創り出したストーリーだ。どうか騙されないで欲しい」
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