第40話 9999回のエリ・エリ・レマ・サバクタニ
[汀衣SIDE]
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
今回の悪夢にも、生きている人間は誰一人としていない。
魔物やダンジョンマスターとて例外ではない。
みんな、あまりに小さく弱い命だった。
「わたしが勝てなかったから、わたしが殺せなかったから……」
とっくに涙が枯れてしまった眼を大きく見開いて、寒そうに唇を震わせる。
目を塞ぐことは許されない。
見飽きたと眠ることも、疲れたと頭を抱えることも許されない。
横たわる命だったもの達に、汀衣は責任がある。
汀衣が彷徨うは、絶望の焼野原。
地平線一杯に広がる、今回も救えなかった人類の欠片達。
その上を歩む足取りはあまりに頼りなく、何度も倒れそうになる。
――世界はめでたく、9999回目のバッドエンドを迎えた。
死がくれた美しい魔法を堪能する相棒も、汀衣にはいない。
何度も何度も繰り返される清浄な滅びを慰めてくれる誰かなんていない。
白くなった死の世界に、もう色彩が蘇る事は無い。
「……あ」
ふと、差し込む光を見上げた。
日向の温かさ。けれど太陽ではない。
すべての善を内包したような、優しい微笑が天を包んでいた。
全てを大地に還した、聖母。
認識した途端、人の身体が弾ける雑音が散らかる。
鳥荷汀衣の左半身が全て吹き飛んだ。
規格外の魔力暴走。
ここもとっくに『
「……お母さん」
冷たいアスファルトに、血肉がへばりつく。
半身の喪失に、汀衣は一切表情を変えない。
子供の致命傷に、
痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い――でも。
「大丈夫だよ、あなたがくれた不死の力があるから」
地上に転がった腕から空気中に蒸発した微小細胞に至るまで、汀衣へ集まる。そして五体満足の姿へと逆戻りする。
汀衣は死なない。死ぬことが出来ない。
だからただ一人、世界に置き去りにされた。
そうして9999回もひとりぼっちになった。
けれど寂しいなんて泣く暇はない。
千切れた腕を痛いと悲鳴を上げる資格はない。
9999回もダメだったからって、諦めることなど言語道断。
孤独の地平線なら散々歩いてきた。
無限の致命傷なら数えきれないほど浴びてきた。
一人生き延びた罪悪だけが、今回も一番胸に刺さっている。
今更、痛くなんかない。
彼女は自分にそう言い聞かせ、倒すべき天敵を見上げる。
「待っててね。もうすぐ、私が終わりにするから」
刃零れを知らぬ不死の刀『ムラマサ』が光る。
そして『不死蝶』は駆け出す。
10000回目の終わりから、全てを救いたくて。
十字架の無限回廊から、全てを救いたくて。
「だからもうやめて、お願い」
そして汀衣は9999回目の敗北を喫し、10000回目の
◆◇
才羽さん曰く、
1つは公開されている通り異常な瘴気。もう一つは政府が秘匿している――時空魔術。
奇しくもスピーカーから聞こえた
「まさかその時空魔術とやらで並行世界を移動できるとか言うつもりか?」
『呑み込み早いわねぇ』
「早速胃もたれ起こしてるよ」
9999回分の世界が滅んだなんて荒唐無稽な話、胃もたれどころか胃が核爆発起こしているレベルだ。タイムスリップを経験していなかったら気絶していたところだ。
そんな簡単に並行世界を行き来されたら溜まったもんじゃねえ。
ニアも驚きを隠せてない。
「
2984年製最大の人工知能ママでさえ、タイムスリップした俺の存在を基に打ち立てた『時空転移仮説』にて並行世界の可能性を提示するのが精一杯だったのに。
……ダンジョンマスターって奴は、あるいは魔術って奴は超未来さえ時に飛び越えてしまう代物らしい。まったく恐れ入るぜ。
『とはいえかなりピーキーな性能で、
「……『なかった』って、過去形だな。ってことは今は」
俺が続きを促すと、フゥン、と才羽さんの唸る声がした。多分向こうで妖しい笑みしてるよ。
『時空魔術を使いこなして、並行世界に隠れてる――と、考えられてる』
「断定しないのか」
『確かめようがないもの。汀衣の発言くらいしかヒントが無い』
時空魔術は
「鳥荷先輩の発言だけで世界が滅ぶとは断定しているのにな」
『嘘発見器の役割を果たし、精神が正常かどうか見分ける魔術もあるのよ』
「初めて並行世界の話を聞いた時はどう思った?」
『素敵と思ったわ。可能性は無限大って響きが特に』
俺の聴覚も嘘発見器の機能があるので、才羽さんや鳥荷先輩が嘘をついていない事くらいは分かる。ただし何かを隠していたらお手上げだし、一々才羽さんの発言は寒気を誘う訳だが。
ただ、それでも普通の人間が聞けば陰謀論カテゴリ直行な小娘の発言で、冒険省ゼロ課の人間が全身全霊で動く事自体には驚きがあった。
『けれど並行世界は無限に存在する、という仮説は前々から魔術研究分野で存在していてね。あながち完全に土台の無い話じゃないのよ』
電話越しに俺の心理を悟ったらしい。9999もの並行世界を補足してきた。
「で、
『イエス』
「なんでそんな事をしてんだ?」
『本人に聞いてみれば?』
多分向こう側で才羽さんは両肩を竦めた。
『けれど汀衣曰く、
「コミュニケーションが取れない? 黒龍だって取れたぞ」
『魔人化』
三文字の単純なヒントを聞いて、思考が前に進む。
『人間だけじゃないのよ。ダンジョンマスターも魔人化しちゃうのよ。理論上はだけどね』
「
『結果自我さえ失ってる。果たして生きているといえるかさえ不透明』
どこが聖母だ。ただの並行世界破壊装置じゃないか。
一体全体、何があってそんなプログラムが始まってしまった?
その始まりに、鳥荷先輩はいたのか?
……始まりだけじゃない。終わりもだ。
「あんたの話が本当なら、鳥荷先輩は9999回も人類が滅びたのを見届けたって事だよな」
『2年前の8月31日から、今年の6月15日までを9999回繰り返しているらしいわ』
つまり鳥荷先輩は9999回も見てしまったのだ――救世主を崇める『呪いの目』を。
ただ一人だけ生き延びた英雄への、嫉妬と羨望と憎悪の光無き眼差しを。
……分かった気がする。何故彼女が、死を繰り返してでも誰かを助けようという呪いに罹ってしまったか。
『汀衣が
未だ譫言を繰り返す鳥荷先輩を眺めていた。けれど耳から自動的に才羽さんの話は入ってくる。
『一つは――あなたがタイムスリップした理由』
「……」
『
「なんとなくわかったよ」
つまり俺が2984年に飛ばされたのは、
何せ並行世界という巨大な規模だ。並行世界ごと未来に飛んだり、あるいは世界と世界が対消滅してたりするかもしれない。となると、俺のタイムスリップは案外しょぼかったのかもしれない。
もしかしたら異世界転生とかしてる奴もいるかもな。知らんけど。
「でも、だとしたら……何が私のせいだよ、鳥荷先輩」
『そして私から言える事、二つめ』
返答はスマホから聞こえた。
『つまりアナタは、この死のループの外側からやってきたイレギュラーと言える』
「だから10000回目の世界を救えるってか」
正直勘弁してほしい。並行世界を行き来するような上位次元の怪物を想定して
……と、断ろうという気は更々起きない。どうしてだろう。本当に面倒くさいのに。
『世界を救う前にね、少年』
その瞬間だけ才羽さんは、冒険省警備部ゼロ課の課長とは思えない優しい口調で言ってきた。
『せめて、目の前の少女を救う救世主にもなってほしい』
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