幸せとは?
あれから数年が経った。
凜花は小学五年生になり、僕はもう四十歳を超えた。
最近は仕事が前より一層忙しくなったこともあって、家事は凜花に任せっきりになっている。
幼稚園児の時とは違い、凜花の家事スキルの上達ぶりは目を見張るものがあった。
だからといって家事を全て押し付けていいわけでは当然ないのだが、凜花が自ら家事を買って出てくれたのだから、むしろ文句を言うのがおかしな話だとさえ感じていた。
まだまだ遊びたがりなはずである凜花だけど、一体、誰に似たのか。本当に献身的に家のことを見てくれている。
嫌気が差して反抗期が来そうなものだと思っていたが、その気はここまで一切ない。
「お父さん、ちょっと良い?」
ある日、凜花が学校の宿題で珍しく僕に相談をしてきた。
彼女は勤勉で賢く、こうして宿題を頼られる機会も滅多にない。夏休みの宿題も、全て初日に終わらせてしまうタイプだ。
「なんだい? お父さんになんでも聞いてくれ」
だから僕も、久しく忘れていた父親らしい姿を見せようと躍起となっていた。
「うん。……作文の宿題なんだけど」
「作文か」
「うん」
「テーマはどうするの?」
「なんでも良いって言われたんだけど……。お父さんについて書きたいって思ってるの」
「なんでそんなことを?」
「凜花ちゃんって、お母さんがいなくてお父さんしかいなくて。料理とか押し付けられてて可哀想って凄い言われるの」
「……そっか」
親としては、子供に無理強いを強いていることも。子供が友達からそんな風に言われていることも。悲しい事実だった。
……となればやはり、こういう時くらい、親らしいことをせねば。
「うん。じゃあ、考えようか」
僕は凜花と机に向かうことにした。
「まずね。お父さんに聞きたいことがあるの」
「え、何?」
「お父さんは、あたしがいて嬉しかった?」
「……えぇ?」
とんでもない質問に、僕は唸った。
幸せと感じる時、か。
一時色々あって、不幸と感じる出来事はこれでもかと経験したが……。
まあ、当然答えは決まっている。
「当たり前じゃないか」
「……そうなの?」
「うん。お母さんが死んだ時、凄い落ち込んだけどさ。君が支えてくれたから生きてこれたんだよ、僕は」
「えー……そうなの?」
「いや、逆にどうしてそんなに意外そうなの?」
「……だって」
凜花は俯いた。
「だって、じゃあ……なんでお父さん、美波先生と別れたの」
思わず、僕は黙ってしまった。
「あたしがいたから別れたんじゃないの? 結婚するって言ってたのに。あたしが嫌だって言ったから……」
「ち、違うよ」
「嘘……」
「嘘じゃない。嘘じゃないから」
「じゃあ、どうして……?」
「……えぇと」
僕は天を仰いだ。
さすがに、君を不幸にするために彼女を利用しようとしたから、とは言えそうもない。
だったら、どう弁明すればいいのか。
言葉は浮かんでこない。
「やっぱり、あたしがお父さんのこと、不幸にしている?」
「そんなことあるもんか」
「……でも」
「凜花、自分の幸せってさ。他人が決めるものじゃないんだよ」
「……」
「これまで、僕は何度も大きな失敗をしている。でもその度、君がいたから立ち直れた。むしろ、お礼を言わないといけないくらいだよ」
「そうなの?」
「うん」
「……じゃあ」
凜花は、また俯いていた。
「将来、あたしが結婚してお父さんと別れたら、お父さんはどんな気持ちになる?」
考えたこともないことだった。
なんだか少し……作文の内容から逸れている気がする。
だけど、凜花のため。
娘のため。
僕は彼女がこの家を去るその時を想像し、もう一度天を仰ぐことにしたのだ。
さっきまでの言葉に嘘はない。
一時は復讐を企てようと思ったこともあった。何なら彼女を傷つけた。
だけど、最終的には彼女の優しさに触れて……僕は救われた。
彼女が僕の生きる支えだった。
彼女が僕の生きる意味だった。
そんな凜花が……いなくなるその時のことを、考えてみた。
……やっぱり寂しいだろう。
広くなった我が家を見て。
独り身となった老後の心配をして。
きっとその頃には会社も引退して、ますます家でやることがなくて。
もしかしたら寂しくて……泣きたくなる時もあるかもしれない。
……でも。
「笑うかな」
僕は言った。
「……どうして?」
凜花は少し怒っているようだった。
「お父さん……どうして笑うの?」
そして、悲しそうだった。
「やっぱり、あたしなんかと一緒にいたくなかった?」
「そんなことないよ」
「じゃあ、どうして?」
「そりゃあ、嫌だよ。君がこの家から去っていくのは」
「……」
「でも、僕が笑わないと凜花、もっと辛くなるだろ?」
凜花は返事をくれなかった。
「凜花、さっき言ったよね。自分の幸せは他人が決めるものじゃないって」
「……うん」
「じゃあ、お父さんの幸せはなんだと思う?」
「……わからない」
首を横に振る凜花を見て、僕は微笑んだ。
多分、わからないのではない。
わかっているけど、そう思えないだけなんだ。
「君の幸せだよ」
だから、僕は言葉にした。
あの日から不変となった僕の幸せ。
それを彼女に伝えようと……はっきりと言葉にしたのだ。
凜花は、少し照れくさそうだった。
だけど、すぐに微笑んだ。
「じゃあ、あたしと一緒だね」
僕達は微笑みながら作文を作り始めた。
急逝した妻の不倫が発覚した ミソネタ・ドザえもん @dozaemonex2
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