第6話「世界の絶望と安眠妨害」
勇者アレク一行が魔王城へ乗り込んでから、数週間が経過した。世界中の人々が、固唾をのんで吉報を待っていた。しかし、アルストリア王国にもたらされたのは、残酷なまでの敗北の報せだった。
勇者パーティは、魔王の圧倒的な力の前に惨敗。勇者アレクは聖剣を折られ、その力を根こそぎ奪われた。仲間たちは散り散りになり、生死すら不明。希望の星であった勇者の敗北は、人々の心を絶望の闇へと突き落とした。
勢いづいた魔王軍は、一気呵成に世界侵攻を開始する。魔王が放つ邪悪な瘴気は大地を汚し、作物を枯らせ、空を分厚い暗雲で覆い尽くしていく。魔王軍の幹部である魔将たちは各地の街や砦を次々と陥落させ、その進撃を止められる者はどこにもいなかった。
世界がゆっくりと、しかし確実に終焉へと向かう中、人々は最後の希望を求め始めた。それは、もはやおとぎ話になりつつあった、一つの伝説。
「奇跡の森の賢者様……」
「眠れる救世主様だけが、我々の最後の希望だ……」
勇者が敗れた今、頼れるのは、顔も知らぬ謎の救世主しかいなかった。
アルストリア国王をはじめ、各国の王や賢者、神殿の大司教たちが、必死の思いで「奇跡の森」を目指した。もちろん、ユウマの家を覆う「絶対不可侵領域」の中に入ることはできない。しかし、彼らは諦めなかった。結界の外側に跪き、声を限りに助けを求めたのだ。
「賢者様! どうかお力をお貸しください!」
「このままでは、世界が、我々人類が滅んでしまいます!」
「どうか、我々をお救いください、救世主様!」
昼夜を問わず、悲痛な叫び声、祈りの声、懇願の声が森に響き渡る。その声は、かつての巡礼者たちの静かな祈りとは比べ物にならないほど大きく、切実だった。
そして、その声は当然、絶対不可侵領域の内側にも届いていた。
ベッドの上でまどろんでいたユウマの耳に、その喧騒は明確に届いていた。
「……うるさいな……」
最初は、少し気になる程度の雑音だった。だが、日に日にその声は大きくなり、人数も増えていく。まるで家の周りで大規模なデモ活動でも行われているようだ。その騒音は、繊細な安眠環境を求めるユウマにとって、耐え難い苦痛となりつつあった。
さらに、彼を苛立たせる要因がもう一つあった。
魔王が世界中に放っている瘴気。それは、ごく微細な振動を大気に与えていた。ほとんどの人間には感知できないレベルの変化。しかし、睡眠の質に対して神懸かり的な感覚を持つユウマは、その変化を敏感に感じ取っていた。
(なんだか……最近、ベッドの寝心地が悪い……。空気が微妙に震えているような……。マットレスのスプリングがへたってきたのか? いや、違うな……外の環境そのものが、安眠に適さなくなってきている)
騒音と、寝心地の悪化。
最高の怠惰生活、至高の安眠を求めるユウマにとって、それは世界の危機などよりも遥かに重大な問題だった。
彼の眉間に、くっきりと皺が刻まれる。穏やかだった寝顔は、安眠を妨害された者の不機嫌さに満ちていた。
「……うるさい」
ぽつりと、低い声が漏れた。
「最近、どうも寝覚めが悪いと思ったら……お前たちのせいか」
ユウマの意識は、家の外で騒ぐ人々と、その原因である世界の瘴気、そしてその発生源である「魔王」という存在に向けられた。
「世界の平和だか、人類の存亡だか、そんなことは知ったことじゃない。だが……」
ゆっくりと、本当にゆっくりと、ユウマは毛布の中で身じろぎした。
「俺の睡眠を邪魔する奴は、許さん……!」
ついに、彼の我慢は限界に達した。究極の面倒くさがり屋が、自らの安眠を取り戻すためだけに、重い腰を――いや、腰はまだベッドについたままだが――上げようとしていた。
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