タイムラグLover

綾瀬アヲ

タイムラグLover

 今日最初に届いたメッセージは、妙に深刻だった。


《20:54》遅れてごめん。今さらかもしれないけど


 読んだ瞬間、胸がざわめく。

 彼と些細なケンカしてから二日。連絡を断っている間、通知が鳴るたびに心臓が跳ねては落胆の繰り返し。でも自分から送る勇気もなくて。


 そんなときに彼からの《今さら》とか《ごめん》なんて言葉を見たら…最悪の結末しか浮かばない。

 続けざまに二通目。


《20:56》ちゃんと話しておきたいからさ


 別れるならきちんと話し合いたいってことなんだ。

 胸がぎゅっと縮む。私はたまらず打ち返した。


《20:57》言いたいことは分かったから、もういいよ


 どうして私ってこうなんだろう。

 これじゃ本当に愛想つかされちゃう。


 既読はすぐについたのに、返事がない。時間にして二分か三分、ほんのわずかな沈黙が永遠みたいに長い。


 ピロン、とスマホが鳴った。


《21:01》今から電話していい?


 返す間もなく、今度は着信音が響き渡る。


『どうした?なんか変じゃない?』


 電話越しに聞こえる声は、意外なほど普段通りで拍子抜けした。


「変なのはそっちでしょ?」

『いや、普通のこと言ってるだけだろ』

「普通ってどこが?急に深刻なトーンになって」


 スマホを握りしめる手に、いやな力が入る。 


『全然深刻じゃないよ。むしろめでたいことじゃん』

「めでたいって何?私みたいな面倒な女と別れられて清々するってこと?」

『だから!なんで別れる話になるんだよ』


 私の言葉に、電話の向こうで彼が大きなため息をつくのが聞こえた。


『もしかしてさ…今日誕生日だって忘れてる?っていうか、最初に送ったやつ見てない?』


(……誕生日?)


 慌ててカレンダーを見る。

 確かに今日は私の誕生日。そんなこと完全に忘れていた。


『最初に《これからそっち行っていい?》って送ったんだけど』

「え!?そんなの届いてないよ」

『やっぱりな。既読つかないし変だなーって思ってた』


 そのとき、スマホが震えた。

 アプリに表示される新しいメッセージ。



【一部送信遅延の不具合が発生していました。現在は修正済みです】



《20:45》誕生日おめでとう。今からそっち行っていい?



 意味がようやく繋がっていく。

 すべての誤解の原因は、アプリの不具合だった。いや、違う。私がもっと早く素直になってたらよかったんだ。


 ピンポーン、とインターホンが鳴る。

 ドアを開けると、少し息を切らした彼が照れくさそうに立っている。

 

 大きな花束を抱えて。


「不具合、これで修正された?」


 花束の甘い香りが鼻先をくすぐる。

 彼が見せたいつもの笑顔に、不安も意地も嘘みたいに消えて――


 

「うん、直してくれてありがとう」



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