第40話 最強と最強の決戦
――初っぱなから、全開だ。
身体の奥底、芯のさらに奥で眠っていた魔力を一気に解放する。
俺は決して膨大な魔力量を持つわけじゃない。
今この瞬間に解放した魔力が俺のすべてだ。攻撃、防御、治癒……そのどれもを、この総量でまかなわなければならない。
「ほぅ……言うだけのことはあるな。練り上げられた上質な魔力、美しくすらある」
「余裕ぶっこいて評価してる場合か? 挑戦者はそっちかもしれないぞ」
俺は距離をゼロに詰める。地面にダミーの石碑を立てて視界を遮り、瞬間的にマオの背後へ回り込む――0・5秒足らずの動きだ。
エクスカリバーⅡを振り抜く。
刃こぼれの鉄塊が空気を裂き、衝撃波が走った――。
しかし、目に見えるでもない剣圧を、マオは余裕で避けてみせた。
「大口を叩いた割には単純な物理――」
「そんなわけないだろ」
マオの白い肌に、ゴツゴツと石が芽吹く。
「どうやら魔王にも“効く”みたいだな」
エクスカリバーⅡを肩に担ぎながら、にやりと笑う。
もう片方の手で、俺は指差しながら忠告してやる。
「腕、切り落とさないとそのまま石化するぞ。剣圧で飛ばした魔力をアンタに張りつけて、遠隔で石を生やしたんだ」
「ほう」
マオは即座に右腕を切り落とす。切断面から血が噴き出すが、彼女は眉一つ動かさない。
「悪いな。綺麗な肌を傷付けて。でも、アンタならすぐに生やせるだろう?」
「その通りだ」
ぶつぶつと肉が盛り上がり、腕が再生する。無詠唱の中級回復魔法。中級であの回復速度とは、常識外れだ。
「流石だ。じゃあ四肢を欠損させるくらいじゃアンタは怯まないんだな」
「退屈はしなさそうだな」
俺は一気に剣戟を叩き込む。俺の相棒は、斬撃じゃない。殴打だ。
縦横無尽の打撃の嵐を食らわせるが、そのすべてを防御される。
しかし、防御したマオの腕が、瞬く間に石に蝕まれていく。
「――両腕切断しな」
俺の声に従うかのように、マオは自ら腕を切り落とす。
その瞳には、冷徹な戦意しかない。
「防御したとて同じだ。付着した俺の魔力から遠隔で石を生やすだけだ。完全に避けるか、俺を止めないとこの流れは変わらないぞ」
「理解した」
直後、彼女の頭に生えた二本の角が射出される。
音速を超えたその攻撃に、俺はエクスカリバーⅡを一旦手放し、両手で角を掴む。掌が焦げつくほどの熱と衝撃。そのままぐるりと振り回し、逆に投げ返す。
同時に地に落ちかけていたエクスカリバーⅡを狙って、マオが人差し指を向ける。
「こいつが無ければよいのだろう」
高圧な魔力砲弾が炸裂。直撃すれば跡形もなく消えるだろう。
だが――そこに相棒はいなかった。
「……俺とこいつは、いつも繋がってる」
空中で踊る――エクスカリバーⅡ。
俺は、相棒を手放しても、魔力の綱で常に繋いでいる。
魔力は、本来物理接触できない。しかし、魔力を操作・変形させることで形状を記憶・固定させることができる。そうすれば、物理現象と紐付けることだって可能になる。
焼けただれた俺の掌からは、焦げた肉の匂いが立ち上っていた。回復魔法をかけようとしたが――できない。
「……チッ、あの角か」
触れた瞬間、回復魔法に制限をかけられた。何かしら仕掛けてきているだろうとは思っていたが、厄介極まりないな。
一方で、投げ返した角はマオの腹を穿っていた。
二つの風穴から、血が滴り落ちる。
「不愉快な攻撃だ。あの短時間で、自身の魔力を仕込んだか……」
「オイオイ、それはお互い様だろう? 俺に回復させないつもりかよ」
彼女の下半身がボツボツと膨れあがり、岩へと変わり始める。だが、マオはためらいなく自らを真っ二つに切断し、半身となった肉体が地に転がる。
「……貴様、ステータスは我よりも遥か下のはず」
「ステータスがすべてじゃないからな。ベルにもそう教えてるぞ」
回復の隙を与えぬよう、俺は扇状の巨石を展開し、マオを左右からサンドする。
決して派手ではない大地属性の攻撃魔法。だが、省エネルギーで着実にダメージを蓄積させることができる。
「……どうやら、本当に死にたいらしいな」
――そのとき、マオの口に莫大な魔力が収束した。
咆哮。
放たれたのは、世界を塗りつぶすような魔王のブレス。人知を超えた魔法攻撃の波。大地も空も飲み込む魔王の暴威。
広範囲すぎる。逃げ場はない。
そう判断した俺は、瞬時に消滅魔法を展開。迫る魔力が皮膚に届く前に消去する。
「……消滅魔法か。数百年ぶりにみたな。まさかまだ扱えるものがいたとはな」
「勇者だからな。大抵の魔法は習得している」
「それにしても地味だな……貴様は。そんなに強力な魔法が扱えるなら、なぜ大地属性の魔法ばかりを扱うのだ?
「俺は魔力量が多いわけじゃない。燃費が悪いのは好まないってだけだ。大地属性はフィーリングも合うしな」
消滅魔法は諸刃だ。扱いが難しく、下手をすれば自分すら消し飛ばす。おいそれと使うものじゃない。
結局俺にとって魔法とは、お守り程度の意味しかない。これメインで戦うということは、絶対にない。
「おらおら、どんどん行くぜ」
間合いを詰める。いくつかフェイントを入れつつ、拳、脚、肘、頭突き――と使えるものはすべて叩き込んでいく。
その間もエクスカリバーⅡは中空を踊り、マオの死角から襲いかかる。もちろん自動操作(オート)ではなく、すべて俺の手動操作(マニュアル)だ。
「俺は、近・中距離での戦闘が好きだ。お互いに打撃や斬撃・魔法を受け、与え合うこの感覚が、何より楽しい」
俺は、すべての物理攻撃に微量ながら魔力を通わせている。たとえ攻撃が外れても、魔力は極力当てる努力をする。
そうすれば、二転三転は展開する複雑な攻撃になる。
シンプルな攻撃なままではダメだ。すぐに対策されてしまう。一方で、起点となる攻撃そのものが複雑すぎるのも良くない。こちらは攻撃までの行程が長くなる。
だから、これが俺は最強だと思っている。シンプルで複雑な魔力を伴った攻撃。
俺が勇者村で最も費やした鍛錬は、“魔力の高速移動”だ。
手から足に。足から頭に。身体を纏っている魔力を自由自在に操る技術。そしてその速度と繊細さ。
頭突きを決めるときには魔力の七割をそこに集中し攻撃。しかし相手のボディブローが腹に入りそうなら、即座に腹に魔力をかき集めなくてはいけない。当然集中していない部位については魔力が薄まり、防御力が極端に落ちる。
その、読み合い――戦闘とは、“この応酬でしかない”。
最強になるのに、強力な魔法や強靱な肉体は、二の次だ。
魔力操作を極めた者こそが最強だと、俺は信じている。
「どうだマオ! だいぶ気持ち良くなってきたんじゃないか!?」
何度も何度も、互いに肉を裂き、骨を砕く。
血と魔力が地を濡らしていく。
「…………っ」
永遠のように感じられる、幸せな激闘。
しかし、実際は数分程度の時間しか経っていなかった。
その末に――。
「ふふふっ――」
マオが笑った。唇から血を伝わせながらも、笑っていた。
「……どうした! 疲れてきたか!?」
「――ええ。身体が喜んでる。この戦いが、心地いいみたい」
口調が戻っていた。俺の知るマオの声に。
「そうか。なら……いっそ、お互い力尽きるまでヤルか!」
「あら情熱的! そうこなくっちゃ!」
理性を超えた昂揚が全身を駆け巡る。
血を流し、魔力を垂れ流し、互いの肉体を削りながら――それでも笑う。
こんなことは、産まれて初めてだった。
俺はこれまで全力というものを出したことがない。
その前に相手が壊れるのだから、当然だ。
だが、今は――どんなに力を込めても、相手が砕けない。
それどころか、俺の拳を受け止めながら彼女はその裏に仕込まれた魔力の罠を嗅ぎ取って、楽しみにしてくれているのがわかる。
背後から迫るエクスカリバーⅡすら、魔力探知だけで彼女は片手で捌く。
――楽しい。
心の奥底から湧き上がる歓喜。
なぜ戦っているのか、理由を忘れる瞬間すらある。
それ以外の感情は何もない。
俺は、魔王との戦いを楽しんでいた。
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