第35話 しくじり勇者は嘘がつけない

 開戦の火蓋が切られた瞬間――「わああああああっ!」と大人たちを中心に参加者の雄叫びが響き、競技場全体が一気に熱を帯びた。


 一直線に蒼星組へ突撃する者。親子でその場に留まり、作戦会議を始める者。はたまた逃げ回るように会場を駆け回る者――。

 十人十色の行動が織り交ざり、戦場は早くもカオスと化していく。


 ――さて、我らがベルお嬢様はどんな命令を下すのか。俺は胸を高鳴らせていた。


「……先生。わたくしたちは積極的に戦いません。同じ紅星組に紛れて、まずは蒼星組の戦況を確認します」

「……了解だ。つまり“キング探し”だな」


 キングとは組ごとに決められた代表のことだ。そいつを脱落させれば、その時点で試合終了となる。

 ただし見た目では一切見分けがつかず、頭上の玉が割れたとき、王冠型の花火が打ち上がって初めて正体が判明する仕組みらしい。


 ちなみに紅星組のキングは、投票でベルに決まった。エキシビションマッチでの活躍の影響が大きいのだろう。彼女を推す声が多かったのは誇らしい限りだ。

 そして、この件についてミリーは特に何も言ってはこなかった。


 俺たちは紅星組の一団に交じりながら、戦っているようで戦っていない立ち回りをする。

 周囲では攻撃魔法の詠唱が次々と響き、光弾や雷に炎が飛び交い、空気が混沌で満たされていった。


 やがて付近で騎馬同士の激突が始まり、その余波の魔力粒子が俺の肩に降りかかる。


「……これは、うっかり巻き込まれただけで脱落も全然あり得るな」

「先生……いま、魔力を目に集中してるんですか?」

「ああ。ちょうど被弾しない距離を測ってる。ベルも慣れれば、息をするように自然にできるようになるさ」

「……しっかり見えるようにするのに、まだ三十秒はかかりますわ」

「一ヶ月でそれだけできれば上出来だ。あとは慣れだ。鍛錬あるのみ」


 ――パァン、パァン。

 玉の弾ける音があちこちで響く。


 戦闘の展開が速い。ここが本物の戦場でないせいか、みんな気軽に突っ込んでは自滅し、笑い声と悲鳴が入り混じる。

 大人たちは割と本気で悔しがってるが、子供たちは結構楽しんでいるように見える。色々な顔を見せてくれる良いプログラムだと思った。


「……狙われてるな」


 気づけば俺たちの周囲を、四組の騎馬が取り囲んでいた。


「……まさか、キングだとバレていますの?」

「今日一番目立ってたからな。ベルを狙うのは自然だ。強き者として見られている証拠さ。光栄に思おう」

「ど、どうしますか……先生」

「決めるのはブレインであるベルだ。俺は従う」


 ベルが必死に思考を巡らせ、やがて俺に耳打ちした。


「――任せろ!」


 俺は地を震わせる一歩を踏み込み、足元から石柱をドドドドドンと突き上げる!

 石柱は一気に伸び上がり、観客席すら超えて空高くへ。


 俺たちはその上に乗り、広がる景色を見下ろす。


「……す、すごい! わたくし、高台ができれば逃げられるかもと思っただけで……まさかこんな高いものを……!」

「朝飯前だ。これだけ高ければ誰も追っては来ない。それに、結果的に相手のキングも見つけやすくなった」


 ベルは黙り込み、やがて小さく言った。


「……先生は、やっぱり凄いです。いつも規格外で、驚かされてばかり」

「俺はただ一緒に面白がりたいだけだ。大それたつもりはない。それより気持ちの良い空だなぁ~」



「…………先生は……“17代目勇者”なのですか?」



 俺は、言葉を詰まらせる。


「……流石にもうわかりますわ。あのステータス、偽造ですものね」

「…………そうか。気づいていたか」

「先生、嘘が下手ですから」


 苦笑が漏れる。

 自分の気持ちを偽るのが俺は嫌いだ。だからだろうか、雑な嘘になってしまう。


「……俺は、使命のために生きている。ただ、それだけだ」

「出会ったころから、よくそう言ってましたね」

「だが……本気で使命を遂行するつもりなら、俺はこんな魔法を使わない。……もしかすると、俺はベルに気づいて欲しかったのかもしれない。自分でも……よくわからないんだが」


 青空を仰ぎながら吐き出す。

 勇者をクビになって以来、誰にも言わなかった本当のこと。使命にひびが入る音がした気がした。……だが、それほど嫌でもなかった。


「……なんとなく、わかる気がしますわ」

「まあ、今はもう勇者はクビになってる。ベルの家庭教師。それが俺の肩書きだ」

「……そうですか」


 ベルは、それ以上深追いせずに、ただ静かに受け止めてくれる。


「じゃあ、気を取り直してキング探しだ」

「ええ。……あの方、怪しいですわ」


 ベルが指差した騎馬は、挙動が明らかに不自然だった。周囲騎馬の戦闘ばかりに気を取られていて、頭上の玉を無意識に庇っている。

 上から見下ろせば一目瞭然だった。


「俺もそう思う。……よし、奇襲で瞬殺といくか」

「物騒なこと言わないでください! これ、競技ですからね!」


 ベルと会話をしつつも、胸の奥にわずかな靄がかかる。

 そして、俺の後ろでもまた――同じような空気を抱えているような気がした。


「ベルは――」「あの……」


 二人の声が重なり、同時に止まる。

 目が合い、ふっと笑い合う。


「その、普通気にならないか? 元勇者だと聞いたら」

「気にはなりますわ。でも、先生はもう辞められたのでしょう? なら、今はわたくしの家庭教師に集中してくだされば」


 その言葉に、俺は不思議と肩の力が抜けた。


「……やっぱりベルには敵わないな」

「そんなことありません。ただ、これまでの言動に、納得がいっただけですわ」


 少しの沈黙を挟み、ベルがぽつりと口にした。


「……辞めたり、しませんわよね。わたくしの家庭教師」


 俺の首に回された腕に、ぎゅっと力がこもる。


「辞めないよ。お前が出て行けと言わない限りはな」

「言いませんわ!」

「いや、出会い頭に言ったろ。“さようなら”って」

「そ、それは……っ! あのときは……本当に無礼な方だとっ……!」


 言い争い半分で、ベルの顔に熱を帯びる。少し冷やしてやるか。

 俺はベルをぐっと抱え、石柱から飛び降りた。


「――せ、先生!? 空中落下は無謀ですわ! きゃああああああああああああ!」

「ハハハハ! キングに突撃だぁ!」


 胸の靄は完全に晴れていた。最高の気分だ。そんなときは空を落ちるに限る!


「ベル! 着地の瞬間、足元に泥のベッドを!」

「え、え!?」

「できなきゃ俺の足が折れる!」

「なっ、何を言ってますの!?」


 地面に激突する寸前――、ぐじゅる――と泥の濁流が染み出す。

 俺はそこを踏み抜き――、


 ドゴォォォォォ――ンン!!


「せ、先生!? 骨は!?」

「大丈夫だ。よくやったな、瞬間判断での魔法使用。これが無詠唱の真価だ」

「……こんなときまで鍛錬ですか!? 自分の身を犠牲にして!? というか先生、わたくしそんなに上手に魔法が展開できませんでした。先生の足、ベッドからはみ出ています!」

「いやぁ、ちょっと見誤った。折れるかと思ったけど、大丈夫だったな」

「……ふぅ。良かったです」


 足は痺れたが、魔力で衝撃を吸収できる範囲だ。


「……さて、キングを仕留めるか」

「……はい!」


 空からの奇襲により場は一瞬凍りついていた。

 誰も彼も、みんな動きを止めている。


 ――いや違う。


 俺は瞳に魔力を集中させる。

 紅星組も蒼星組も関係なく、すでに玉が割れた騎馬が目立つ。

 それに、辺り一面に微細な魔力の粒子が撒かれていた。


 ――これは、しくじったかもしれないな。

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