第5話 悪戦苦闘
ジークが先行する。
大きな実力差があるのは一目瞭然だ。
それでも、彼は自身の役割を全うするためにヴィルヘルムへ切先を向ける。
近接戦闘は基本的にジークが担当することになっているが、今回ばかりは不安でいっぱいだった。
相手はおそらく、カテゴリーⅦはくだらない実力者。
対して、ジークはカテゴリーⅢが関の山。
だからこそ、こちらも出し惜しみはしない。
渋谷での任務とは比較にならない困難なミッションに、唇を引き結ぶ。
覚悟はしていたつもりだったが、いざこんな状況に身を置くことになると、足がすくむ。
それでも、家族がまた失われるのは、それだけは回避したかった。
ワタクシは水銀をジークに纏わせて、鎧のように仕立てる。
発動するタイミングを見誤れば死に直結するだろう。
だからこそ、その発動を極力抑えるためには特別な防具が必要だ。
それがワタクシの
鎧タイプの遺物と適合しなかったジークに与える、遺物クラスの甲冑。
彼の身体に水銀が纏わりつく。
それはピタリと彼の身体に装着され、瞬時に形を仕立て上げる。
ジークは挙動の一切を変えることなくヴィルヘルムへ突撃した。
「ヒナちゃん!」
「任せて!」
ワタクシの合図を皮切りに、
「なるほど」
ヴィルヘルムは難なくそれらを切り払ってみせる。
しかし、ジークへの注意を逸らすことは出来た。
三名の連携によって生まれた一抹の隙。
それを確実にモノにするべくジークが全力で振りかぶる。
「はあっ‼︎」
ヴィルヘルムはハルバードを軽く動かして軌道上に置く。
両手で剣を振りかぶったジークの一撃を、彼は片手で、しかも踏ん張りすら効かせずに拮抗させる。
「ほう。なかなか重いじゃないか」
予想通り一撃は受け止められてしまった。
まだ、策は死んでいない。
「貫きなさい‼︎」
ワタクシの号令に、ジークに着せられた鎧が固形から液体へと流動する。
ジークの鎧に潜んでいた尖兵が、今飛び出す。
鎧が最低限だけ残され、表面部分が刃に変質する。
ヴィルヘルムは瞠目するが、一瞬の出来事に身動きが取れない。
生成された剣たちは、主君の敵を撃滅するため、超至近距離でヴィルヘルムの急所へと猛進した。
そして、ヴィルヘルムへ刃が突き刺さる。
「ぬっ」
剣が、ヴィルヘルムを流血させた。
ジークとヴィルヘルム。互いに後方へ飛び退く。
ジークは一切の損耗を被っていないが、ヴィルヘルムには多大なダメージを与えられた。
そのはずだった。
「見覚えがあるな。その遺物」
身体に剣が突き刺さったと思っていた。
彼の身体には酷い裂傷が刻まれているであろうはずだった。
しかし、ワタクシの剣は彼の薄皮一枚を何箇所か裂いただけに収まっていた。
脳天を貫いたと思った一撃は、彼の額に擦り傷のような軽い痕跡として残っている。
ワタクシたちの力量を嘲笑うかのように。
「そんな……嘘でしょう」
「すまないね。私は特別固いのだ」
ワタクシの不意打ちが通じなかったのはかなり手痛い。
しかし、希望が無いわけでは無い。
彼が防御力の高さに自負があるという点だ。
これは即ち、回避に対する意識の低さの可能性をワタクシたちに提示している。
なればこそ、ヒナちゃんの遺物が輝く。
ヒナちゃんの聖痕であれば防御力を無視したダメージを期待できるのだ。
ヒナちゃんに目配せを交わす。
彼女はすぐにワタクシの意図を汲んで、ゆっくりと挙銃する。
幸いヴィルヘルムは何か考え事をしているようで、ワタクシにだけ関心を向けていた。
やがて彼が口火を切る。
「
「…………どこかでお会いしたことが?」
老人の口から出てきた言葉自体に意外性は無い。
欧州において歴戦の遺物使いであれば、白銀大公の存在は畏怖の対象だからだ。
この老人も例に漏れず、実際に戦ったことがあるのか、噂で聞いたのか。
それは定かではないけれど、彼の放つ言葉に冷静に対処していく。
「君に会ったことはないが、使い手と相剋したことはある」
「白銀大公は英雄ですから。あなたのような一介の兵士の事は覚えていないと思いますわ」
「白銀大公?」
「モルドレッド卿のことですわ」
「モルドレッドは知っているが、白銀大公という名は聞いたことが無いな」
老人は意味の分からないことを口にする。
モルドレッドの名を知っていて、白銀大公の名を知らないという事はないだろう。
しかし、老人から嘘をついているような様子は窺えない。
彼は大して気にした様子もなく一方的に話を続ける。
「名は些細な問題だ。大切なのは私が何を言いたかったかという事だよ」
「意味が分かりませんわ」
後方から靴を鳴らす音が耳に入る。
ヒナちゃんの準備が完了したという合図だ。
ワタクシもすぐに動けるように姿勢を整える。
「あの時はどう殺したのだったか……」
一瞬動揺する。
しかし、世迷言と切り捨てた。
お祖父様は騎士に殺されたのだ。
こんなお年寄りにではない。
「今です‼︎」
「了解‼︎」
ヒナちゃんが二つの遺物を同時に起動し、避けることが困難な弾丸の雨を浴びせる
ワタクシは弾道を遮らない範囲でヴィルヘルムの視界を水銀で覆い、ジークは再び剣を振るった。
しかし。
「そうだったな。たしか心臓を一突きだった」
ヴィルヘルムはハルバードを振り、水銀を薙ぎ払う。
それから間髪入れずに弾丸の全てを叩き落として、ジークを吹き飛ばした。
鬱陶しい蝿を追い払うかのような、軽い動作で。
こう何度も不意打ちを攻略されてしまうと、戦意も削がれてしまう。
唯一の突破口すら、突破口足りえないというのだから。
それでも、ワタクシたちはそれぞれ構える。
目の前の怪物を前に、生きて帰るために。
ワタクシの顔を見て、ヴィルヘルムは笑みを深くした。
「威勢は良し。だが、まだ未熟だ」
「未熟でも、あなたに打ち勝ってみせます」
「かつてのモルドレッドも同じようなことを言っていたよ」
彼が初めて自分から動き出す。
ヴィルヘルムと同時に、ワタクシも踏み込む。
全員で生きて。
全員で歩いて。
全員で朝日を浴びるために。
♢
「思ったよりも厄介じゃんか」
あっしはマウと名乗った女との交戦を続けていた。
正確に言えば後方支援だけど。
ダグザがマウとひたすら至近距離で攻撃を打ち込みあっている。
マウの邪魔をしたり、銃を生成して火力支援をするけれど、大した効果はない。
だってあいつ弾丸見えてんだもん。
この狭い空間じゃあ砲弾も使えない。
使ったら異界ごとぶっ飛ばしかねない。
あっしじゃ有効打は与えられない。
だからこそ、あっしは自身に出来ることを全力で遂行することにした。
それは、マウの遺物の分析。
「海では泳いで空では飛ぶモノなーんニャ!」
「カモメ‼︎」
「タコなのニャー‼︎」
「チッ‼︎」
見た限りでは、なぞなぞに答えない、またはなぞなぞを間違える。
これが発動条件のように見える。
しかし、本当にそうか?
「ダグザ‼︎」
「助かります‼︎」
四方八方からやってくる石像に対しては、ダグザのレイピアでは対応が難しい。
そこは後方支援担当のあっしがカバーしてやる。
壁が一瞬石像の動きを止めて時間を稼ぐ。
その隙にダグザは脱出した。
あっしの目の前に着地したダグザは床を殴りつける。
「なんなんですか‼︎あの女‼︎」
「意味わかんねえよなあ……なんだよ、なぞなぞ答えられなかったら質量攻撃って」
「笑ってる場合ですか‼︎」
「わりいって」
「マウを無視するニャー‼︎」
戦闘中にも関わらず小休憩を取るあっしらに怒り心頭を発してこちらへ駆けてくる。
ダグザの休憩時間を少しでも伸ばしてやるために銃座を数十機展開して一斉掃射する。
大した時間稼ぎにはならないだろうが、無いよりはマシだ。
「いいか。オマエの遺物はまだ見せんな」
「そろそろ厳しいんですが……」
「あいつの全貌が見えん以上、下手に手札晒した方が危険だろうが」
「はあ……まあなんとかやってみます」
「頼むわ‼︎」
ダグザの背中を軽く叩いて押してやる。
ため息をついてすぐに、銃撃を掻い潜ったマウの元へダグザは向かった。
映画館のホールに再び裂帛が響く。
さて、どうしたものか。
(なぞかけがトリガーになってるように見えるが、果たして本当にそうか?)
能力になんの因果も感じられないのが引っかかった。
遺物に因果がどうとか、ナンセンスなのは分かってる。
しかし、あまりに突飛すぎる。
言うなれば、能力に指向性が見当たらない。
コンセプトがぐちゃぐちゃな兵器を相手取っているかのような煩雑さ。
そこにマウの能力を紐解く鍵が隠されているだろう。
あっしは注視する。
「一日中回っても疲れないもの、なーんニャ?」
再びマウが謎かけを始めた。
ダグザは戦闘中にも関わらず、必死に考えているようだ。
険しい表情でマウの攻撃をいなしている。
「営業‼︎」
「正解は時計ニャー‼︎」
マウが正解を告げる。
すると、フリスビーのように回転しながらダグザを押し潰さんとやってくる石像が現れた。
あっしは片手間に壁を生成してやりつつ石像を注視する。
(特に変わったところは……)
無から有を生み出すことなど、遺物にかかれば些事だ。
そこで、見落としていた事実を探し出す。
影が、無い。
いくら遺物で生成されたものとはいえ、影がないなんて事がありうるのか?
あっしはある可能性に行き着いた。
(これなら、全貌ではないがヤツの能力に近づける)
そしてあっしはすぐに思いついた策を実行した。
「隊長⁉︎何をしているんですか⁉︎」
「いいから自力で避けろ」
「クソッ‼︎」
ダグザは自身を守るはずだった壁が無くなったことに怒る。
しかし、すぐに方向にアタリをつけて見事に石像をかわした。
石像が床を破壊するかに見えた。
「床が、壊れない?」
「やっぱりなあ」
「幻覚……それにしては違和感があるような……」
石像は床に接触して、ピタリと止まった。
本来来るべき風圧もやって来ない。
あっしはマウの遺物に、少し理解を深めた。
「アンタ、あっしらに能力を誤認させてたんだろお?」
「にゃはは。ご名答ニャー」
マウはあっさり認める。
「普通に幻覚見せるとかか?」
「その通りニャー」
「⁉︎」
あっしの後ろから、マウの声が聞こえる。
あっしの目の前に彼女はいるというのに。
後方を見やる。
「ニャア」
「どっちが本物だ?」
あっしの後方にもマウの姿があった。
しかも、厄介なことに影がある。
これじゃどっちが本物か区別がつかない。
「とりま、それぞれでやるかあ」
「何か突破口を見つけたらすぐに共有してくださいね」
「はいはい」
二人のマウが飛びかかってくる。
あっしらはそれぞれ、どっしり構えて迎え撃った。
♢
「へへ。逃げられちまったか」
目の前の男はヘラヘラしている。
その様子に、カンパニー側の目的が分からなくなる。
さっきの隔壁閉鎖もそうだ。
わざと道を残したような閉じ方をしている。
まるで誘導するためにやったかのように。
サイガが心配だ。
逃したはいいが、こうなることを想定されていたのかと思えてならない。
あまりにも状況が出来すぎている。
全ては手のひらの上で踊らされているかのようだ。
現に、目の前の男は余裕の表情を浮かべている。
それが余計に、オレの考察を裏付けしているように思えてしまった。
しかし、今はやるべきことがある。
目の前の男を叩き潰すことだ。
速戦即決で終わらせてサイガに合流しよう。
一筋縄ではいかない雰囲気の男に対して、遺物を使うことを決めた。
オレは左腕を軽く持ち上げる。
「抜錨」
「へえ————
オレの左腕の手首の内から、四ツ又の巨大な錨が現れる。
オレはそれを左手首の位置から同じように覗く鎖と繋ぎ合わせた。
「錨を武器にしてるやつは初めて見たぜ」
「良かったナ。最後に見るのがオレの遺物デ」
互いに軽口を叩き合いながらジリジリと歩み寄る。
笑ってはいるが、両者共に戦闘体制に入っているのは火を見るよりも明らか。
距離が六メートルに差し掛からんとする。
そして、同時に飛び出した。
オレは下方から思いきり錨を振りかぶる。
オレの背丈ほどもある金属の塊だ。喰らえばひとたまりもないだろう。
対してアレックスは愚直に突貫する。
ガードも何もしていない。
ただ単純に、拳に全膂力を注ぐための突撃姿勢だ。
このままならば、リーチの差でオレの攻撃が先に届くだろう。
このまま突っ込めば顎が粉砕されてノックダウンだ。
しかし、突撃を選んだ。
オレは警戒を強める。
こういうやつは大抵考えがあってバカのフリをのだから。
相剋間近になる。
アレックスが右手を突き出すのが一瞬瞳に映った。
オレは構わずそのまま錨を振りかぶった、瞬間。
「⁉︎」
「狭いからなあ。こっちのがいいだろう?」
先程まで機関室にいたはずだった。
しかし、オレたちはもっと広い倉庫のような場所に転移した。
何が起きたか分からずに身体が硬直する。
アレックスの声が、背後から聞こえたことに気づいた頃には、かなりの時間が経過していた。
「オラァ‼︎」
「グッ‼︎」
背中に強い衝撃がやってくる。
そのまま資材の積んであるダンボールに突っ込んだ。
間髪入れずに足首を掴まれてボールのように投げられる。
「チッ‼︎」
吹き飛ばされて、かなりのスピードで壁に激突しそうになる。
ここでダメージを負うわけにはいかない。
オレは錨を地面に突き刺して減速し、勢いを殺してなんとか静止した。
アレックスは瞠目していた。
おそらく、自身の攻撃が有効打にならなかったのがよっぽど珍しいとみえる。
それに対してオレも眦を決する。
「頑丈だなあ‼︎」
「あいにくそれが取り柄なんでナア‼︎」
アレックスが再びフルスピードでこちらへ向かってきた。
オレは錨の投擲をするべく、姿勢をとる。
近接で戦っても転移のような能力を使われる可能性が高い。
それならば遠くから見極めればいいだけだ。
全身のパーツが軋むほどの負荷をかける。
そして、オレは錨を全力で投擲した。
「ウオオオオオオ‼︎」
「そりゃ通らねえよ‼︎」
アレックスが右手を前に突き出す。
先ほども行った動作だ。
オレはアレックスの能力の発現を確信する。
彼の目の前の空間が、魚眼レンズのように歪んだ。
そして、錨が転移——しなかった。
「は?」
錨が空中で、アレックスの目の前で静止する。
オレはすかさず鎖を巻き取り、急速にアレックスへ接近する。
アレックスは焦った様子で錨を弾き飛ばそうと殴った。
しかし、ビクリともしない。
何度も殴るが、全てが徒労になる。
そうこうしているうちにオレが錨に追いつく。
速度をそのままに、錨をアレックスに向けて蹴飛ばした。
「ぬうっ‼︎」
錨がアレックスの心窩部にめり込んで、決して浅くないダメージを与えながら吹き飛ばす。
これがオレの遺物。
アリアドネの錨。
—————————————————————
【アリアドネの錨】
使用者:デイヴィッド・ゴッドスピード
〈カテゴリーⅥ〉
詳細:固定、および埋没させる遺物。
普段はデイヴィッドの左腕に埋没している。
あらゆる概念系遺物、操作系遺物への耐性を持ち、空間転移すらも座標の固定により防ぐことができる。
本来不可能だったデイヴィッドのサイボーグ化を成立させたのもこの遺物によるところが大きい。
—————————————————————
床に大の字になって寝転ぶアレックスは、豪快に笑い出した。
あまりの頑丈さに少し引く。
「ははは‼︎強いなあ‼︎俺の遺物が効かないなんてよお‼︎」
「オレたちが合流が出来なかったのは、オマエのせいだナ?」
オレは聞くべきことをしっかりと問う。
この異界に対する理解を少しでも深める必要があった。
でなければ、合流は難しい。
「その通りだ。アンタには俺の遺物は効果が薄いらしい」
「降参でもする気になったカ?」
「まさか。こっからが面白いんだろ‼︎」
アレックスがゆるりと立ち上がる。
彼は血走った目でこちらへ歪な笑みを浮かべる。
「気持ちわりイ……」
「そう言うなって。お互い楽しもうぜ‼︎」
アレックスは突撃を再び敢行する。
しかし、そこには先ほどまでの能力頼りな様子は見受けられない。
むしろ、熟練の戦闘員としての顔をのぞかせる、芯のある構えをとった。
オレは気合いを入れる。
おそらくカテゴリーとしては向こうのほうが上だろう。
遺物の相性はこちらが有利でも、強敵であることに違いはないだろう
燃えてきた。
「華麗にジャイアントキリングを決めてやるヨ‼︎」
「やってみろよ‼︎」
互いの一撃がぶつかると同時に、衝撃波が部屋中を散らかした。
♢
さっきまでいた廊下の方から轟音が一度だけ聞こえる。
きっと、隊長も戦闘を始めた。
俺はひたすら前を向いて上へと進んでいく。
地図もないのでここがどこかなんて一切分からない。
しかし、道筋はあった。
ありとあらゆる場所に隔壁が降りている。
おそらく、隊長たちが戦闘を始めたために敵側が防衛措置として行ったのだろう。
幸い上層へ繋がる道は塞がっておらず、ことなきを得ている。
頭上から何度も破砕音が耳朶を叩く。
きっとみんな戦ってる。
早く合流しないと。
激しい衝突音に背を押されて無機の回廊を駆ける。
階段を登り終えて俺が出た廊下の右手の奥に、こじんまりとした銅像が見えた。
♢
一向に止まらない戦闘音の中で、僕はひたすらハシゴを登る羽目になっていた。
「どうして僕がこんな……」
ついつい不満が口をついて出てしまう。
聞いてくれる相手など、どこにもいないというのに。
ハッとする。
珍しく自分が感傷に浸っていることに気づき、頭を抱えた。
それも、全ては統轄機構のせいだ。
僕たちから全てを奪って、惨めに負け犬になることを強制した、偽善者ども。
思い返すだけで虫唾が走る。
そんなことを考えていると、自然に拳に力がこもってしまう。
いけない、と深呼吸をして精神を落ち着かせる。
セーフポイントへ向かうのが今の主目的だ。
ここで止まるわけにはいかない。
あいつらがなんだというんだ。
エディスがいるのなら、遊撃部隊はここで終わる。
何も気にすることはない。
僕はついにハシゴの最上層へ辿り着いた。
あの
登り切った先は廊下で、左手を見るとその先に小ぶりな銅像がチラリと覗いていた。
♢
『そっちはどうかな?上手くいっていると嬉しいよ』
「あなたの思惑通りに進んでるわよ」
私——エディス・バートリは大きなスクリーンの向こう側で事務作業を行うルリと話していた。
アレックスらから連絡があり、予定通り三ヶ所で戦闘が勃発している。
全てはルリの指示通りに。
『どこまで進んだんだい?』
「三ヶ所でそれぞれ戦闘が始まるところまでよ」
『なら、あと少しといったところかな』
「ええ。あなたの最低な計画に新たな進捗が加わるまで幾ばくの時間も無い」
『そうイライラしないでくれよ。君の美しい白皙が台無しになってしまう』
ルリと話していると、カーテンに対してミッド打ちをしているかのような感覚になる。
彼女と話しても、何も得られないのだ。
この航海中、彼女との通信で何度情報を引き出そうとしたか分からない。
だって、異常者でもここまでしない。
彼女が一体何を考えているのか。
なぜ今回の計画を立案したのか。
どうしてこうしなければならないのか。
私には、分からないのだ。
どうして彼女が犠牲にならなければならいのかが。
『考え事かな?』
「…………そんなところよ」
『君は私の指示通りに取り仕切ってもらえれば、それでいいからねえ』
「一つ聞かせてちょうだい」
『なんだい?』
「どうしてヒダカとサイガにこだわるの?」
初めて、彼女が沈黙を落とす。
一瞬だけ止まった手を、再び動かしながら胡散臭い笑みで彼女は答える。
『飛高は私の子のようなモノだからねえ。彩我は……純粋に興味がある』
「彼にはなんら特異な点は見受けられないわ」
『どうかな』
結局最後までこの人は何一つ重要なことを話すことはなかった。
最後に大詰めの部分を共有して通信を終了する。
「疲れたわ……」
何度も人を殺してきた。
何度も人を踏み躙ってきた。
それなのに、あの子に助かってほしいと願わずにいられない。
これは傲慢だろうか?
「いや、違うわね」
誰かを踏みつけるから、誰かを特別に思うのだ。
不幸があるから、幸福の価値は担保されるのだ。
ゆえに、私は私自身を肯定する。
血みどろになったこの手で自分を抱いてやるのだ。
私は無線機を手に取る。
全てのピースを繋ぎ合わせるために。
「全員、五分後に離脱してちょうだい」
これで、いいのだ。
Lost Centuries 楓林火山 @fur1nkzn
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