第3話 睡蓮花

「ステラ様はどこへ行きたいのですか?」


「美術館がいい!」


「美術館?」


 俺は思わず口に出す。


 船内地図を頭に叩き込んだはずなのだが、美術館があるという記述はなかったはずだ。


アイリスの探知で何かショールームのような物があると分かったが、それのことだろうか。


 小首を傾げていると、睡蓮は逡巡したような動作をした後、俺に説明を始める。


「無いことはないのですが……」

「関係者しか入れないのか」

「ええ。その通りです」


 俺が納得しているとステラは頬を膨らませながら睡蓮を優しく叩く。


「イヤだ!ステラ行くもん!」


「なら——約束してください、彩我。これからあなたをお連れしますが、目を覆っていて欲しいのです」


 疑問は尽きない。


 ただの美術館がそんな極秘級の扱いを受けるものだろうか。

 だが、お互い信頼関係を築き上げる必要がある。


 ここで俺の方から歩み寄らないで、一体どう信頼してもらおうというのか。


「分かった」


「それでは、お手を」


 右手で視界を塞ぎ、左手を彼女に差し出す。

 ゆっくりと、転ばぬように脚を進め始めた。











 体感時間は一〇分程度だろうか。


 何度か階段を降りて進んだ。


 途中、明らかに客室ではないであろう重厚な扉の音が何度も響く。


 少し、不安になっていた。


 俺は、もしかしたら騙されているのだろうか。


 このまま捕まってしまうのか。


 俺は頭を思いきり左右に振ってそれを否定する。


 ステラの鼻歌が耳朶を撫でたから。


 無垢な彼女を、信じたい気持ちが強まったから。


「どうぞ、目を開けてください」


 床の感触が無骨なものから滑らかなものへと変化するタイミングで、睡蓮が手を解く。

 俺は明るさに慣れていない瞳を守ってやりながら、周囲を見回した。


「キレイだな」


 俺たちを出迎えたのは、モノトーンの面に四方を囲まれたシンプルな内装の展示室だった。

 これまでの人生でこういったものには縁がなかったので、どういえばいいか迷ってしまう。


 それでも、一つだけ言えることがあった。


「素敵な場所だね」


「サイガもそう思うよね!」


 同じ感覚を共有できた喜びからステラははしゃぎ、展示品の方へと走り去ってしまった。

 入り口には俺と睡蓮だけが残された。


「行ってしまわれましたね」


「だな」


 いくばくかの沈黙の後、睡蓮が口を開く。


「私たちも行きましょうか」


「ああ」


 俺と睡蓮は並んで歩みを進める。

 誰もいない、静謐な館内で足音が妙に高く響いた。


 大理石でかたどられた石膏が等間隔に配置されている空間を抜けていく。


 互いにこのブースにあまり惹かれていないと分かったから。


 睡蓮が足を止める。


 石膏のブースはとうに抜けていた。


 彼女の視線をなぞるように追う。


 その先には、長方形の絵画が飾ってあった。

 タイトルを確認する。


 それはモネの描いた『睡蓮の池』という作品だった。


 温かみを感じさせる淡い色彩が、見るものを惹きつける。


 フランスの画家の作品であるにもかかわらず、なんだか日本を想起させるような不思議な感覚を植えられる。


 しばらく無言で、同じ作品へ視界を共有した。


 ふと彼女の横顔へ向く。


 物悲しげな瞳に睡蓮花を映しながら、彼女は唇を引き結んでいた。


「睡蓮は、この絵が好きじゃないの?」


「どうして、そんなことを聞くのですか」


「悲しそうだったから。それだけ」


 顔を俯かせる彼女に声をかけられない。

 俺は彼女がどういった経緯でここにいるのかを知らない。

 だから、無理に聞くのは野暮だと思ったのだ。


 やがてこちらに双眸を投げかける。


「嫌いでは、ないのです」


「でも、悲しそうな顔をしてる」


「貴方のせいというわけではないのですが、飛高様と過ごしたかつての庭園のことを思い出していたのです」


「…………」


「貴方が気を病むことはありません。私たちは多くの人々の幸福を踏み躙って地に富を築き上げてきたのです。たとえ、私は飛高様の本当の家族というわけではなかったとしても、同じ罪業を背負っていますから」


 彼女の過去が垣間見えたような気がした。

 飛高のことを語る声音に、複雑に絡み合った感情の渦が見てとれる。


「一つだけ、質問させてほしい」


「……一つであれば」


 スウと息を深く吸い込んで、吐き出した。

それが彼女の心の中に踏み込むことであると分かっている。


それでも、今は一人の友人として接したかった。


「飛高のことを、睡蓮はどう思っているのかを教えてほしい」


「……家族です」


「本当に?」


「どう、なのでしょう……例え私が恋慕を抱いていたとしても、飛高様がそれに応えてくださることは、無いと思います」


「それは——」


 それは苦痛の輪廻の渦中に身を置くということではないのだろうか。


 届く位置にある物に、手を伸ばすことができない。


 それは絶え間ない苦悩の路だ。


 生命の終点へ辿り着くまで終わることはないだろう。


 それでも、俺には何も言えない。


 間接的に彼女の幸福を奪った俺からは、何も。


「以前、飛高様に名前を褒められたことがありました」


 今まで抑えていた感情の波を外へ解放するかのように、彼女は語る。


「睡蓮花の花言葉をご存知ですか」


「確か——信頼」


「一般的にはそうなります。ですが、もう一つの意味があるのです」


 右手が、彼女の方へゆっくりと動き出す。

 あまりにもの憂げな表情をしていたから、それ以上言ってほしくなかった。


 それでも、彼女は止まらず口を動かす。


「それは、滅亡。私が土御門にお仕えしだしてから、事業がうまくいかなくなりました」


 それは、おそらく存在の否定。

 ずっと胸中に秘せられていた後悔。


「私には、彼の隣に立つ資格などないのです」


 つらつらと彼女は語ってみせる。

 信頼してもらえた、なんて思うことはできない。

 俺が彼女の哀しみの蓋を開いてしまったのだ。


詳しいことなんて何も分からないけど、俺に出来ることは無い。


「…………ごめん」


「こちらこそ。せっかく楽しい雰囲気だったのに、壊してしまって」


 右手を差し出される。


 俺には取る資格なんてないと思えど、ゆっくりと握る。

 彼女は微笑していた。






 それから俺たちはいくつもの作品を見て回った。


 先程のことは両者とも触れることはない。


 ただの気の迷いだったとするには、あまりに印象的だったから。


 そうやって美術品に触れ合っているうちに出口で待つステラの姿が現れた。


「遅いよ!」


「ごめんごめん」


「早く次に行こう!」


 ステラは小さな手で俺と睡蓮の手をそれぞれの手で引っ張って連れて行ってくれる。


「後ろ向いて走るのは危ないぞ」


「わっ!」


 ステラの身体を片手の力で持ち上げる。

 向きを反転させて正面に向け、再び逆の手を握る。


 睡蓮もそれに呼応して反対の手を握る。


 なんだか親子みたいになりながら、ステラの行先に従った。











 途中で俺はまた目隠しをされ、今度は階段を登る。

 今度は床の感触がカーペットのものに変わる。


 それからまた少し歩いて、目隠しを解かれた。


「睡蓮ちゃん!ステラまたピアノ聴きたい!」


「ええ、もちろんです」


 そこは大きなホールだった。


 映画館とはまた別に用意されている劇場に近い場所。

 ここは地図に載っていた。


 観客席の向こうに見えるのは舞台の上にポツンと置かれたグランドピアノ。


 睡蓮のイメージからは想像し難い組み合わせに驚く。


 どちらかというと、和のイメージが強かったからだ。


「睡蓮はピアノを習ってたんだな」


「…………ええ」


 彼女が壇上へ向かうのに続く。


「こっちこっち!」


 ステラに手招きされて、最前列の特等席へ向かう。


 映画館とはまた違ったシートの手触りを楽しみつつ腰を下ろす。


 睡蓮が壇上へと上がり、ピアノの前で立ち止まる。

 ゆっくりと、深々と頭を下げて席に着く。


「今回演奏させていただくのはショパン『別れの曲』です。どうか貴方の心に響かせられますように」


 指先が鍵盤に触れる。


 その瞬間、旋律がホールを満たしていく。


 たった二人の観客。


 それでも彼女は手を抜くことなどせず、心の底から湧き上がる思いを鍵盤に乗せる。


 ゆったりとしたリズムで正確に打ち出される音色に脳漿が囚われた。


 人肌に触れているような感覚がこだまする。

 彼女の演奏は、素人の俺でも分かるほどに美しかった。




 一音。




 また一音と流れるたびに、涙滴が重みを増していき、今にも落ちてしまいそうだ。


 感激していると、曲調が一気に盛り上がり鳥肌が立つ。

 再度落ち着きのあるリズムへと戻り、哀しみと温かさを孕んだ感情が胸中に残留した。


 徐々に音色は落ち着き始め、最後に消え入るようなか細いもので終幕を飾った。


 俺は反射で盛大な拍手を送る。


 泣いているのは俺だけだったが、ステラも同様に拍手を送っていた。


「サイガ泣いてるの?」


「恥ずかしいな……でも、すごい演奏だったからね」


「そこまで喜んでいただけるとは、思っていませんでした」


 睡蓮がこちらへと降りてくる。

 スカートをゴソゴソと弄ったかと思うと、ハンカチを差し出される。


 俺はお礼を言いながら受け取る。


「本当に、感動した。ありがとう」


「そんな、お礼を言うのは私の方です。私の夢の一つを叶えてくれてありがとうございました」


「夢?」


「私の演奏で、誰かの心を動かすことです。土御門の屋敷にはピアノが無かったので、飛高様にはホールを貸し切っていただいてお聞きしてもらいました。彼もまた、私の演奏で落涙してくださいました。なので、貴方が二人目です」


 本当に嬉しそうな、年相応の少女の顔を窺わせる。


 彼女もまた、一人の少女なのだと思い知る。

 同時に、戦う気力が削がれたのも事実だった。


 それでも、やらなければならない。


 俺は奥歯を噛み締める。


 彼女らと敵対することを。


 それを察したのか、睡蓮もまた目を閉じる。


 ステラはそれを不思議そうに眺めていた。


「そろそろ、帰らないと」


「そうですね。ご案内いたします」


 ステラが不満そうにしていたが、なるべく見ないようにする。


「ステラ様、一人で帰れますか?」


「うん!バイバイ、サイガ!」


 ステラは満面の笑みで俺を送り出してくれる。

 ステラのおかげで紡がれた縁に感謝する。


「ありがとう。ステラのおかげで今日はすごく楽しかった」


「えへへ。またね!」


「ああ。またいつか」


「それでは行きましょう」


「分かった」


 目を覆い隠す。


 睡蓮に手を引かれて、俺は上へ上へと登っていった。


 やがて彼女が立ち止まる。


 それと同時に俺は目を開いた。


 そこは、見覚えのある景色だ。


 カジノに映画館。


 部隊のみんなで楽しんだ施設が俺を出迎えてくれる。


「私が案内出来るのはここまでです」


「今日はありがとう」


「こちらこそ」


 互いに深くお辞儀をする。


「私は、今日のことをなかったものとして扱います。戦場で相まみえたとしても、一切の容赦はしません」


「それで構わない」


 俺の返答を確認し、彼女は深々と息を吸ってから言葉を紡いだ。




「さようなら」




「さようなら」




 俺もそれに応える。


 俺たちは互いに反対方向に歩んでいく。


 埋めた距離をゼロに戻すために。


 もう一つ響いていた足音が消えて、渇いた単一の音だけが残った。











 おかしい。


 どこまで進んでも部屋に辿り着くことが出来ない。


 移動するたびにフロアが移動しているような錯覚に卒倒しそうになる。


 片手には地図が握られている。


 それも今はただの紙屑になり果てていた。

 もう一時間近く歩いている。


 明らかな異常に俺は焦燥で思考が散逸してしまう。


(まずい、まずすぎる)


 俺は紫電を持っていない。

 今襲撃を受けるようなことがあれば確実にミンチだ。


 俺は段々と早く足取りを止めることなくやがて駆け出してしまう。


 無駄だと分かっている。


 それでも、認められなかった。


(ハメられた……?)


 いや、それは無い。


 因果律改定値は正常範囲内に収まっているし、彼女たちから敵意は感じなかった。


 だとしたら何故?




 走る。




 走る。




 走る。




 何度も走る中で口内に血液の味が広がる。

 それでも、足を回転させることは辞めなかった。


 さらに走ること三〇分。


 光が見えた。


 見覚えのある螺旋階段。


 間違いない、船室に繋がる廊下だ。


 無限にも思える悪夢に終わりが見えたことで、さらにスピードが早くなる。


 記憶の中の自分達の部屋の前に辿り着く。

 何度も部屋番号を確認した。


 そして、俺はこの部屋こそが安息地であると確信する。


 喜びの中で扉を開こうとする。



 違和感。


 果てしない違和感があった。


 やがて気づいてしまう。


 深夜なのに何故見張りがいないのか。


 それは俺の熱を一瞬で攫っていく。


 呼吸が小刻みになり、脂汗が滴り落ちる。

 だが、扉を開けるまでは分からない。

 何も起こっていないかもしれないし、鼻をつく死臭が吐き出されているかもしれない。


 ウジウジしていても仕方がない。


 俺は思いきり扉を開いた。




「誰も…………いない」




 部屋はもぬけの殻だった。

 俺たちの荷物も何もかもが無い。


 まるで部屋を訪れたその瞬間から時が止まっているかのような——






「よっと」






 誰かの声が後ろから聞こえる。

 声音は軽薄。

 されど、凄まじいプレッシャーが俺の身動きを押さえた。


 ゆっくりと振り向く。


 そこには、土御門ホールディングス屋上で飛高を連れ去ったスキンヘッドの男が立っていた。


 明らかな遺物の反応に、俺は呼吸がうまく出来なくなる。


 俺の臓腑がこの部屋に散乱する情景が容易く浮かんできた。


 俺は辛うじて後退りする。


「一人になってくれて助かったぜ。これでようやく俺たちも動きだせるぜー」


 季節外れのアロハシャツの大男はこちらへスタスタと歩み寄る。


 逃げなければ。


 本能が訴える。生存するために身体を動かせと。


「逃げらんねえよ」

「っ⁉︎」


 体重を前方へ移動させようとした僅かな機微を見逃してくれるはずがなかった。

 男は特大の拳を腹部へ叩きつける。


「がっ⁉︎」


 因果律操作によって身体能力を向上していない生身の身体に叩き込まれる拳骨。


 それは俺の臓腑を音を立てて潰していく。

 家具をぶち抜いて壁へと打ち付けられる。


 立ちあがろうとするが、全く力が入らない。


 ピントが合わなくなりぼやける視界で、漫遊するかの如く鼻歌を奏でる男が歩み寄る。


「痛えよなあ。まあ我慢してくれや」


 顔面へと膝が吸い込まれる。


 おおよそ人体からなるべきではない轟音を立てて壁が破壊され、頭蓋が割れた。


 ぷつりと消えゆく意識の中で、俺は何も考えられなかった。


          ♢


「もう四時間カ……」


「単独行動させたのがアダになったなあ」


「子供の送り届けなら安全だと判断したのがマズかったカ」


 現在船室には隊長格二人がサイガについて話し合っていた。

 いつまで経っても戻る気配のない彼に痺れを切らし、他の者たちは既に船室を出て捜索を行なっている。


 イーサンが隊員たちに話をつけ、オレと二人きりになる状況を作ったというわけだ。


 オレは、その理由に見当がついている。


「なあデイヴィッド」


 隊員たちの足音が消えたと同時にイーサンは普段からは考えられない冷たい声音でオレに言葉を投げる。


「あっしがこの船に来た理由ワケ。もう分かってるんじゃないの」


 真っ直ぐな眦はオレの返答を急かす。


「サイガの監視だロ?」


「さっすが。大正解や」


「誰の指示ダ」


「さあ」


「とぼけてんじゃねえヨ」


 茶化すように笑うイーサンに対してキツい口調で問う。

 それを鼻で笑いながら、彼もまたオレに対して詰問する。


「オマエこそ、サイガの異常性は気づいてんだろ」


「…………」


「オマエが言わねえなら、あっしがズバリ当ててやるよ」


「ヤメロ」


「サイガは海還島で見つかったときに因果律改定値が検出されてる」


「それ以上言うナ‼︎」


「だだこねてんじゃねえよ。向き合わんといけんことだろ」


「……スマン」


 いいってことよ、と言いながらイーサンは彩我についての核心的事実を告げる。

 それはオレが誰にも言うことのない、言わないと決めていたことだ。


「話を戻すぞ——あいつに検出された因果律改定値が外的要因で何かをされたのであれば自然に消滅するはずだ」


 海還島で見つかった彩我からは因果律操作の痕跡が見つかっている。

 だが、島には遺物を扱う人物は発見されていない。


 これに準ずるものもまた然り。


 そして——


「だが、シノサワサイガからは因果律改定値がいつまで経っても消えない」


「……その通りだ」


 これが、彩我が解放されなかった原因。


 本人には伝えていない。


 伝えるべきか、迷っている。


「思考検査やら身体検査やらなんやらしても何も異常はなかった。そのことを持ち出して統轄機構に引き入れたんだ。監視ぐらいは当たり前に付くだろうが」


「ごもっともダ」


「なあ、サイガは何者なんだ?」


「それはオレにも分からねエ」


「なんとなくなら、オマエがあいつをそばに置いているかわかる気がするんすわ」


「邪なことは考えちゃいねえヨ」


「本当にか?代弁者に繋がる可能性があるとしても——」


「おふざけもそこまでにしロ」


 オレが右腕を動かすと、イーサンは頬を引き攣らせた。

 イーサンは鳥肌を立たせる。

 内心恐怖に駆られながらも、彼は気丈に振る舞ってみせる。


「悪かったって。ここでオマエの右腕を使われるくらいなら敵陣に飛び込んだほうがマシだあ」


 両手を上げて降参だとイーサンが笑う。

 オレは呆れて息を吐き、右腕の力を抜く。


「それで、どうするつもりなんだ?あっしにはどこにいるか見当もつかねえ」


「サイガの因果律改定値自体は検出されていなイ」


「マジか。もう死んでんじゃねえの」


「いや、船から消失したんじゃないカ?」


「どゆこと?」


「そもそもこの船にもういないってことだヨ」


「じゃあ探しても無駄じゃんか」


「いや、探さないといけネエ」

 イーサンがわけが分からないといった表情でこちらを射る。

 しかし、見当はついているのだ。


「遺物で船内部に作られた異界なら可能だロ」


「確かに可能ではあるけどよ。触媒はどうすんだよ。鏡にでも作ってあんのか」


「鏡なら部屋の中でオレたちにバレるだロ」


「あー……なら水とか」


「それも無いナ」


「じゃあなんだってんだよ」


 オレはニヤリとする。

 イーサンの近くのテーブルに船の地図を広げた。

 そして、船体下部を指差す。


「道を作るなら、一つに絞るべきだロ」


「なるほどな。それならオレたちにも見つかんねえわけだ」


 イーサンは感心する。


 関係者しか立ち入ることのできない船室。


 その中でも触媒たりえる場所。


 イーサンとアイリスの探知によって判明した、なんでもないはずの情報。


「隠されたショールームが入り口ってわけだな」











 全員が帰還したのを確認しオレはあらためて、ダウンロードしたホログラムの船の地図を宙に投影する。


「サイガが失踪してからはや五時間。いまだに反応が無イ。だが、場所の見当はついタ」


 オレの操作で巧妙に隠されたショールームがズームされる。


「ショールームにイーサンが探りを入れて、ここが美術館だと分かっタ。このショールームにある美術品の中に、異界が作り出されているはずダ。オレたちはそこへ突入すル」


 オレが告げるのと同時に、全員の目に闘志が垣間見える。

 共に戦った期間は長くない。

 それでも、彼を助けるために戦地へ向かわんとする意思が、隊全体で生まれた。


「必ず、お助けしますわ」


「拙も全力を尽くさせていただきます」


「相棒だからね。絶対助ける」


「あっしも張り切っちゃうぞ‼︎」


「みなさま、無事で帰ってきましょう」


 それぞれが決意を表明する。

 その意思を確認したオレは話を進める。


「人員を割り振るゾ。人手は最低限分散させるべきダ」


「ワタクシとジークで行動しますわ」


「いや、そこにヒナも加えてくレ」


「私?」


「ああ。アイリス、ジーク、ヒナはこの中では低カテゴリーになル。なら三人で行動したほうが安全ダ」


「分かった」


 なるほどと納得した三名は自然と同じ位置に固まる。

 残されたイーサンたちは訝しげな視線をこちらに向ける。


「あっしらはどう分けんだ?」


「拙ら三人で固まるのは戦力が過剰であるように思われますが」


「オレが一人で行動する」


「おいおい正気かよ⁉︎」


 イーサンが渋い顔でこちらを睨む。


 サイガが行方不明になった今、単独行動は控えるべきだ。

しかし、人数を割り振る都合上、一人でいることはデメリットばかりでもない。


「オレが先陣を切ル。安心しロ、タイマンならオレの領分ダ」


「まあオマエが言うんならなあ」


 イーサンは渋々了承する。

 これで大まかなグループ分けは済んだ。


「美術館まではイーサンの遺物で隠密に行動しよウ。異界への入り口を見つけたら、オレ、イーサン班、アイリス班の順に突入する」


「了解」


 ホログラムを消すのと同時にアイリスが眉根を寄せながら問いかけてきた。


「その、異界の中でどうサイガくんを探せばいいのでしょうか」


「あいつには軽い因果律改定値を発する発信機を着けてあル。位置は共有しとくからそれに従ってくレ」


「分かりましたわ」


 イーサンがじとーっとした視線を向けてくるが、今は気にしない。


 サイガの救出、飛高の捕縛。


 一石二鳥のチャンスだ、逃す手はない。


「それじゃ、作戦開始ダ!」


 オレを先頭にして時間差で部屋を飛び出す。

 後方から雛の呟きが、かすかに届く。


「……待ってて」


 オレは何も問うことはなく、ひたすら加速した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る