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万和彁了
第1話
『日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります』
僕はおじいちゃんのお位牌を抱きながら安倍総理の談話を聞いていた。
「おじいちゃん。おじいちゃんにこれを聞かせてあげたかったねぇ」
おじいちゃんはもうこの世にはいない。だけど届くと信じたかった。
今風に言えばガクチカと言ったらいいんだろう。僕は東日本大震災の被災地にボランティアしに行った。そこで見たものは想像を超えた破壊の痕だった。人間にはこんなことはできない。家も人もすべてがぐちゃぐちゃに流されて消えた。そのことにただただ圧倒された。家に帰ってそれを家族に話した。悲しそうに聞いてくれた。自然というものへの畏れ。その所業に勝てない人間の小ささ。だけどおじいちゃんだけは違った。当時すでに肺がんが見つかり左足を切断しても、おじいちゃんは元気だったし口が悪かった。
「くだらん。津波なんて昔から怖いことだってわかっていただろうが」
そう吐き捨てるおじいちゃんは心底何も恐れてはいないように見えた。
「でも人がいっぱい死んだよ。家だってビルだって全部流されてなくなっちゃった」
「だからなんだ。わかっていることだろう。想像できる災害だ。そんなもの何を恐れる」
おじいちゃんは持論を曲げなかった。おばあちゃんや父も諫めたけど、ちっとも効いていなかった。だけどこの人がこうもなるのは仕方がないともいえる。おじいちゃんは昔あった長者番付の常連に名を連ねる大金持ちだ。それも親の財産を受け継いだわけではなく、戦後の闇市から裸一貫でのし上がった時代の人。最近は失うものがない人を無敵の人と呼ぶが、この人は打ち立てたものが多すぎて無敵なんだ。だけどおじいちゃんは優しい人でもあった。僕が盆栽の鉢を割ってもニコニコしているような朗らかな人。だから違和感を覚えた。多くの人が心に傷を遺した東日本大震災さえもこの人は想像の範囲にあるという。想像を絶するなんてことは一言も言わなかった。
「じゃあおじいちゃんが稼いだ金がぜんぶ流されても同じことが言える?」
「ああ。そうしたらまた新しい商売をするだけだ。ITなんかいいかもな。闇市をアプリで作ったら大儲けだ」
本当に堪えない人だ。想像力が欠如しているのかもしれない。そういうのを人は上級国民さまと揶揄するんだろう。
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