第16話

「二人ともっ!」


 唯一、校長の魔法に反応できていたフィフスドルだけがそんな声を上げて知らせてくれた。


 しかし、結果としてコォムバッチ校長の放った氷の矢は波路の身体を突き刺す前に、何かにぶつかって粉々に砕けてしまった…ような気がした。実際には何が起こったのか私には本当に何も見えなかったのだ。


 ただそこには、いつの間にか日本刀を手にしている波路の姿だけが残されていただけだった。


 もしかしなくても一瞬のうちに、目にもとまらぬ速さで刀を取り出してコォムバッチ校長の魔法を砕いてしまったということなのだろうか。


 誰も彼もが音を立てたら死ぬのではないかと思わんばかりに身体を硬直させ、呼吸する音すら聞こえない。


「波、路…?」


 彫刻のように不動の波路に私は声でコンタクトを取った。すると、一気に時間が動いたように波路は体と纏っているオーラの緊張をとき、またふざけたような態度でしゃべり始めた。


「誤解されることは何もありません。俺は昔っから亜夜子さんに主人に据えて仕えたいと思ってましたよ?」

「なんで今のを無かったことにできるの!? っていうか、アンタ今何したの?」


 もうダメ。混乱が波乱を呼んで、考えが散乱して錯乱する。こいつのペースに乗せられて全部が胡乱になるのはいつものことだが、今日は度が過ぎている。関が外れた水門のように、私は頭に浮かんだ言葉を検閲にすらかけずぶつけている。


 本当に何なのコイツ!


「おい、カツトシ・ナミチ。貴様、魔法は使えないと言ってなかったか?」

「はい。使えません!」

「ならその武器は? どこからどうやって出した?」

「あ、これです」


 波路はそう言って胸元から紐を手繰り、ペンダントのようなものを出した。蜘蛛の巣に捉えられた蝶の彫刻…子供の手の平サイズのそれを見て、私達は息をのんだ。


「! そのシンボルは…」


 紛れもなく師コルドロン・アクトフォーが好んで使う紋章だ。


「コルドロンさんがせめてこれは持って行けってくれたんですよ。品物を半無限に空間収納できる便利グッズらしくって。日本から刀を持ってくるのに、税関どうしようと思ったたんですけど、マジで助かりました!」


 空間収納魔法は中級程度の魔法が扱えれば、大体の魔術師が習得できる。ただ、それを魔力を持たない人間でも扱えるように魔道具として機能させるのは並大抵の事ではない。


 けれど大抵の事は、コルドロン先生の前では並大抵のことになってしまう。それの製作者がコルドロン先生だけで疑問は問題にすらならなくなるのだ。


 しかもコルドロン先生が作ったという事は収納可能な容量も半端ないほど大きいものになっていることだろう。他に魔力がない人間でも使えるアイテムが数多くあると考えれば、波路がトップの成績で合格できたという事も合点がいく。言わば未来の猫型ロボットの秘密道具付きのポケットを持っているのと同じなのだから。


 問題はその種明かしでまるで全部が解決してしまったかのように錯覚してしまい、本来言及すべき事柄を聞くタイミングを逃してしまったという事だ。


「ごめんなさいね、ナミチさん。魔法が使えないあなたがどうやってこの学園で学生生活を送れるかと思っていたのですが…今のを防げるなら一先ずの間は死にはしないでしょう。それに魔道具を駆使するのも、立派な技能の一つです。改めて入学を許可します。順位は落ちてしまいますがね」

「構いません。合格だったらなんでも」


 当事者の二人が周りを置き去りにして話を進めた上に、勝手に完結させてしまった。こうなっては誰も何も言及することができなかった。


「では、皆さん。改めて自分のブローチに魔力を込めてください」


 私と波路を除いた全員がしどろもどろになりながら、言われた通りに儀式を完遂する。それだけのことだったのに、私を含めて波路以外の皆にの顔には疲れの色が見えていた。


「…色々とあったが、晴れて今年度の【七つの大罪】が決まった。諸君らが学年の代表だ、精々この学園のために犠牲となるように」


 スオキニ先生による今更ながらの締めの挨拶が終わる。


 その時、私はスオキニ先生が波路を一睨みしたのを見逃さなかった。短い間だが、私は先生に浅はかならぬ仲間意識を持っていた。先生の波路に対しての印象は私の持っているそれと大差はないだろう。


 だが、ふつふつと別の感情も沸き出でてることも事実だ。


 もしかしたら波路を出汁にうまく取り入ることができるかもしれない。


 跡目相続の争いのために仲間を集うという目的の達成は、別にこの学園の生徒である必要はない。むしろ戦力的には熟練している教師陣を集めた方が手っ取り早いこともあるだろう。いずれにしもコネクションとそれ得る機会は増やしておいて損をすることはないはず。


 一時はどうなるかと思った入学試験は、遺恨ともやもやする感情ばかりを残して終了した。


 不安と不満が心の中を駆け巡っているが、どんな形であれひとまずは当初の想定通り主席合格として入学を決められた。入ってしまえばあとはこっちのもの。若干一名の邪魔者はいるが、私は何とか夢に向けた高校生活の幕を開くことができた。

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