第8話

 さっさと試験に戻らないと…。


 そう思ったのも束の間。


 私は考え得る中で最も短絡的で力と暴力にだけモノを言わせるような事をしてしまった。


 さっき蜘蛛男に放った『冒涜の行動』のせいで少々地形が変わってしまったのだ。当然、頭上の枝葉も焼き払ってしまっており、ぽっかりと焦げ落ちた枝の隙間から行き場を無くした奴らがボタボタと落ちてきたのだ。


 しかも軽いパニックを起こしているように思える。つまり気持ち悪い動きに拍車がかかってカサカサと縦横無尽に這いまわっているのだ。蜘蛛が。


「―――――ッ!!」


 声にならない声が出た。


 私は頭で考えるよりも先に箒に跨り、飛び出していた。だが森は進むほどに木と木の感覚が狭くなってきているのでどんどんと飛びにくい状況になって行く。


 大中小様々な蜘蛛は反射的に近くで動いた私を執拗に狙って追いかけてくる。蜘蛛が蜘蛛を呼び、その呼ばれた蜘蛛がまた別の蜘蛛を呼ぶ。蜘蛛がねずみ講式に増えてくる。


 もう形振り構っている暇はない。


『これは滅びに至るまで、これは灰に至るまで。根こそぎ私を焼くであろう』


 そう唱えると私の掌からアパート一棟くらいの大きさの火炎球が飛び出した。


 火球をゴールがあるアカデミーの玄関の方角に向けて発射すると、それは森を飲み込み真っ赤な道筋を記しながら飛んでいく。私はそれを追いかけて箒をかっ飛ばす。


 炎のせいで一帯の森は昼と見紛うほどの明るさになっていた。


 火球は勢いを衰えずに進んでいった。


 こうなるとドミノをボーリング球で吹っ飛ばすような爽快感があって、他の事はどうでもよくなっていた。けどテンションが上がっていたのは私だけじゃなかったようだ。


 蜘蛛たちもすでに我を失って焼け跡を進むだけの波になっている。


 埒が明かない…。


 アカデミーの玄関に辿り着いて合格を貰えても、蜘蛛に追われているという問題は解決しない。むしろゴールしたら逃げ場がなくなって蜘蛛に追いつかれる。


 その事実を再認識して万が一そうなった時の未来を夢想したら、背筋が一気に寒くなった。こうなったら蜘蛛をまとめて焼き払うしか残された手はないよね。


 後ろに向かって魔法を飛ばそうとした時、私の目にゴールであるアカデミーの校舎が映った。時代掛かった壁で丸ごと覆われており、それにはしっかりと強固な対魔法用の魔術が施されている事にも気が付けた。


 瞬間的に妙案が浮かぶと、私はほくそ笑んだ。


「だったらこっちでいいや」


 私はアカデミーまでのと自分のいる位置を逆算して、一つ魔法薬の入った小瓶を道端に投げ捨てた。


 タイミングを見計らって私は箒ごと右に大きく旋回して逸れた。


 あのアカデミーの壁に施されていたのは俗に言う反射魔法。文字通り当たった魔法を跳ね返す。それに私の放った火球がぶち当たれば…。


 予想と結果の答え合わせは5秒後に叶った。


 アカデミーの魔法壁にぶつかった私の魔法はバラバラに砕けた。そして例に漏れず火球の破片の一つ残らずが反射魔法に作用されて、跳ね返されてしまう。無数の放射線となって反射された火の魔法は、ちゃんと計算した通りに私の投げ捨てた小瓶に当たってくれる。


 魔法薬、といえばかっこいいけど、中身は要するに火薬だ。だから当然、火が付けば…。


 燃えているのが蜘蛛って事に目をつぶればとても綺麗な花火だった。自分で自分をお祝いする花火を打ち上げるのも、まあ乙なことかもしれない。けど、正確にはまだゴールしていないから急がないと。


 正門には教師が数名待機して記録係をしていた。


 打ちあがった花火の事は勿論見ているし、それが私の仕業であることも完全にばれている。けど、この試験はどんな方法を使ってでもゴールすればいいと明言されている。私が怒られる筋合いはない。


 それでも後始末の事でも考えているのか、私の事を唖然としたまま一瞥するとため息と一緒にこめかみを軽く押さえていた。


 何はともあれ、ルール通り生きたままアカデミーの玄関に辿り着いた。


 晴れて一番乗りで合格させてもらいましょう。

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