さまよえる図書館船の伝説
よし ひろし
第1話 星々の囁きと冒険者の旅立ち
銀河の渦状腕が、数千億の星々を抱いて悠久の時を刻む。その片隅、文明の光も届かぬ暗礁宙域を、一隻の小型探査船アルゴノートが静かに進んでいた。船の主、カイト・ヴァースの瞳には、前方に広がるエメラルド色に輝く星雲セイレーンベールが映り込んでいる。
『いいか、カイト。この宇宙には、始まりから終わりまでの全てを記憶する、生きた図書館があるんだぞ。父さんは、それを見つけるのが夢なんだ』
宇宙考古学者だった父に、幼い頃から散々聞かされた、おとぎ話。銀河の創生、文明の興亡、そして未来永劫の出来事までも記録し、星々の間を永遠にさまよう巨大な生体船「アカシックライブラリー」。その伝説は、今や宇宙に生きるほとんどの者にとって、酒場で語られる与太話か、子供を寝かしつけるための物語でしかなかった。
しかし、カイトの父はそのおとぎ話を真剣に追い求め、死んだ。未知の遺跡を発掘中に、時空転移事故にあったらしい。カイトが十歳の時だった。母は誰だか知らない。ある日、弟夫妻のもとに現れた父が、自分のいない間面倒を見ていてくれないかと預けた子供がカイトだった。自分の子供だ、とは言っていたものの、母親が誰なのかは最後まで明かさなかった。父の実子なのかも疑わしいと思いつつも、叔父夫妻はカイトをきちんと育ててくれた。
そして、無事成人したカイトは、父の残した夢を追って宇宙を駆ける冒険者となった。
さまよえる図書館船「アカシックライブラリー」――その存在信じ、その鼓動を追い求めてきた。人々が富や権力を追求する時代に、彼はたった一人、古文書の塵にまみれ、忘れられた星系の座標を追い求め、この果てしない旅を続けている。
「おとぎ話じゃない。証拠はある。各地の遺跡で同じような
――ケフェウス座の外縁で発見されたヴァリアン文明の石碑
――アンドロメダ銀河の境界域にあったゼノス族の神殿壁画
――オリオン腕のクリスタル遺跡
その他多くの遺跡から発見した
ビィビィ……
アルゴノートのコックピットに警報が短く鳴り響く。
「着いたか……」
灼熱の双子星に焼かれる砂漠の惑星ティカルIV。かつては高度な知性を誇りながらも、母なる恒星の怒りに触れ、一夜にして文明が砂に埋もれたという伝説の星だ。
自動航行を切り、手動で大気の摩擦熱に機体をきしませながら降下していく。眼下に広がるのは、風が削り取った巨大な建造物の残骸。まるで神々の墓標のように、赤茶けた大地から突き出ている。
「酷い嵐だ。目的の座標は――よし、近くに降りられそうな台地がある」
カイトはアルゴノートをやや強硬に着陸させた。船の管理をAIに任せると、生命維持装置のついた探査服に身を包み、外に出る。吹き荒れる磁気嵐の中を進み、目的の建造物――石造りの巨大な神殿へと辿り着いた。
「問題のものはこの最奥にあるはずだが……」
床には砂が厚く積もり、崩れた天井や壁の残骸が行く手を遮る中を、カイトは慎重に神殿内を進んでいく。そして、数時間後、神殿の奥深くでそれを見つけた。
数キロにも及ぶ一枚岩を削り出して作られた巨大な壁画。
そこには、星々を渡る壮大な民族移動の様子が描かれており、その中心には、不可思議な曲線で構成された巨大な船の姿が刻まれていた。そして、船の心臓部にあたる位置に、あるものが嵌め込まれていた。周囲の光を吸い込むように鈍い輝きを放つ、未知の鉱石。
「これだ……」
カイトが手を伸ばすと、鉱石は彼の存在に呼応するように、微かに、そして温かく明滅した。慎重に鉱石を台座から取り外し、腰に下げた解析ユニットにかける。表示されたのは、解読不能な高周波エネルギーのパターン。しかし、そのパターンは、カイトが以前、別の星系――氷に閉ざされた惑星フェンリルの地底遺跡で発見した石碑に刻まれていた
「偶然、ではないよな」
点と点が、線として繋がり始める。忘れられた古代文明たちは、異なる時代、異なる場所で、同じ存在を描き、同じ物質を祀っていた。これらは偶然ではない。アカシックライブラリーへと至る、壮大な道標だ。
カイトはアルゴノートのコックピットに戻ると、今まで
「見つけた……」
そこは、既知の航路図には記載のない、暗黒星雲が渦巻く宙域。光さえ飲み込み、あらゆる探査を拒む沈黙の海。
「ふ、ふふふ、やったぞ」
歓喜と畏怖がない交ぜになった声が、静かな船内に響いた。多くの者が一笑に付し、無駄な夢だと蔑んだカイトの旅が、今、確かな意味を持って終着点を示そうとしている。彼は操縦桿を握り、エンジン出力を最大に引き上げた。
「待っていろよ、
カイトの心を乗せて、アルゴノートは深宇宙の暗闇へと、新たな希望の光跡を描きながら加速していった。
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