罪悪と愛情

暦海

第1話 降宮蒔乃

「――そうだ、古城ふるきくん。例の取引先との見積書、今日までに纏めておいて」

「……はい、分かりました渡辺わたなべ主任」



 ある平日の黄昏時。 

 そう言って、軽く手を振り去っていくのは恰幅の良い40代前半の男性。別に、仕事を頼まれること自体が不満なわけじゃないけど……いや、流石に今日までは無理でしょ。分かってます? 今の時間。あと30分くらいで退勤なんですけど。


 とは言え、文句を言ったところで無意味なのは分かってるし、何より面倒なのでなるべく早く終わらせるべく取り掛かることに……はぁ、憂鬱。



 さて、ここはあま家具山かぐやま株式会社。文字通り家具を扱う会社で、言わずもがなかもしれないけど、百人一首にも詠まれたあのあま香具山かぐやまと掛かっているそうで。


 ともあれ、僕――古城真織まおりが入社したのはかれこれ10年前。高校卒業後、ずっと当社にお世話になっているわけで。そして、入社の理由はもちろん家具が大好きだから――なんて情熱的な理由ではなく、単に近場だったのと、当時の当社は深刻な人手不足だったようなので、もしかしたら僕でもと思い駄目元で応募してしまったわけで。……ただ、それにしても……うん、ほんとよく採用してもらえたなと今でも思う。




「――渡辺主任! 次回のプレゼンの資料を作成し終えたので、確認していただいても宜しいですか?」

「おお、蒔乃まきのちゃん。流石、いつも仕事が早いね」

「えへへ、ありがとうございます渡辺主任!」



 その後、ほどなくして。

 そう、朗らかな笑顔で告げる可憐な少女。いや、もう二十歳はたちということなので少女というのは失礼なのかもしれないけど……まあ、どこかあどけなさも残っているからつい。

 ともあれ、彼女は降宮ふるみや蒔乃さん。頗る優秀で、高卒で入社し今年で二年目ながら既に当社の欠かせない戦力となっていて……うん、正直僕より仕事が出来るかと。そして――



「――お疲れさま、蒔乃ちゃん。いつも頑張ってて偉いね」

「はい、ありがとうございます吉川先輩。ですが、皆さんが優しく教えてくださるお陰です」

「……そ、そうかな、えへへ……」


 すると、その後も男性を中心に多くの人達から賛辞を受ける降宮さん。そして、花のような笑顔で答える彼女に皆さん照れたような様子で……まあ、それも無理もなく。と言うのも――まあ、一言で言えばすごく綺麗だから。尤も、今のような優雅な所作や誰に対しても穏やかな態度など、魅力は容姿だけではないのだけども……ともあれ、一つ言えることは――


「ん、どうかしましたか古城先輩」

「あっ、いえ、何にも……」


 すると、僕の視線に気付いたのか、柔らかな微笑でそう問い掛ける降宮さん。……しまった、ついじっと見つめて……ともあれ、一つ言えることは――まあ、言わずもがな、僕とは住む世界が違うということで。










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