第2話 ドドドドドセコいサイコキネシス
友人になった寧羽と智音は、立ち話もなんだと場所を変え、ゲームセンターにやってきていた。
休日のゲームセンターは込み合っており、筐体の響かせる電子音、時折混じる怒号のような声が入り混じり、会話をするのには全く適していない。
「なんでゲーセンに行こうなんてことになったんだ?」
「なに? なんか言った?」
「なんで! ゲーセン! なんだよ!」
周囲の音に邪魔されて上手く届かない声。寧羽が声を張り上げると、ようやくちゃんと聞こえたらしい。
前を歩いていた智音は足を止め、振り返る。
不思議なもので、智音の声は周囲が騒がしいゲーセンの中でもすっと寧羽の耳に届いた。
音の波間を縫うように、智音は涼しい声で言う。
「会話に困らないから。人付き合いの基本でしょ?」
「もっと説明しろ、オレのコミュ障具合舐めるなよ」
「……なんて? 聞こえないんだけど」
「もっと! ちゃんと! 説明しろって!」
「ごめん、会話しにくいし、テレパシー使えない? そっちの声って、アタシに届けられないの?」
「お前がっ、変なことっ、考えないならいいけどっ?」
「わかった。少し自制するから」
ほら早く、と促す智音。本当だろうなと疑いつつ、寧羽はつながりを意識的に経っていた智音とのテレパシーを再開した。
(ほら、これでどうだ? 聞こえてるなら返事しろ、心で言葉を浮かべれば伝わる)
受信は相手の心の声を全部拾ってしまうが、送信する分には寧羽は伝えたい言葉だけを脳内に送れるので、寧羽が心の声を誤送信することはない……はずだ。
以前、政府の人間に検査された時に試したので、間違いないはず。
果たして寧羽のテレパシーを受け取った智音は、小さく頷き――
(なるほどこうなるんだ。いいね、楽。:うわ頭の中に声が響いてるやばこれエロ妄想するとそれ全部見られるってことだよねすご滅茶苦茶プレイ向きじゃん!)
「……ん?」
なんだかおかしな聞こえ方をする、智音からのテレパシー。
メインで聞こえる言葉の後ろに、なんだか変態的な心の声がうっすらと響いているというのか。
寧羽が顔をしかめていると、智音はそのままテレパシーを送ってくる。
(で、説明だっけ? ほら、友達になったばっかりだと、話すにしたってなかなか会話のテンポとか、つかめないでしょ?
:あっと……エロイこと考えちゃまずいんだった。抑えなきゃ……)
ただ、思い出したかのように智音は自分の心の声に自制をかける。
やるじゃん、と思いながらテレパシーに相槌を打つように寧羽が頷いたが――
(あああああでもでもでもやっぱりこのシチュエーションエロイよぉっ! これ仮にエッチなことしながらテレパシー繋がったらどうなるんだろっ? アタシエッチなことしながら頭の中で実況とかしちゃうし頭の中でも二重で喘いでる気がするしつまりエッッッなことしながらテレパシー繋いでたら寧羽の頭の中にアタシの喘ぎが響いてっていうかそれエロすぎ――っ
:……ってわけよ。わかった?)
(わかるかぁっ! 伝えたい言葉とエロ妄想が逆転してるじゃねぇか!)
「きゃっ? な、なに、急に叫んで。驚かせないでよ」
さっきまではいい感じだったのに、途中から口で伝えたい言葉とエロ妄言のボリュームが逆転していて、寧羽はついツッコミを入れた。
あまりにも寧羽の心の声の圧が強かったせいか、智音も驚いていた。
流石に少し力み過ぎたかと思いつつ、寧羽は一つ咳払いして、自分を落ち着かせつつテレパシーを送る。
(途中の説明全然聞こえなくなってんだよ、頭の中のエロ妄想のせいで。もうちょっと抑えろ)
(そうなの? 難しいね、テレパシーって)
(いや、今は出来てるだろ――ああ、もしかして、質問に答える分にはそこまで響かないのか?)
(そうかも? 自分から話そうとすると色々考えちゃうから)
(じゃあ、こっちから聞くか。初対面でゲーセン、なにがいいんだ? さっきの感じだと、会話に困らないのが理由か?)
(そ。話してなくてもなんとなく楽しい時間が過ごせるから、初対面ならアクティビティ系とかゲーセンがいいの)
(ふーん……じゃあ、とりあえず、なにかするか。格ゲーとか行ってみるか?)
(アンタ、アタシの話聞いてた? なんで対戦ゲームなの。台パンチンパンジーの檻の中に入りに行かないでよ)
(流石にそれは言い過ぎ。なら、クイズゲームとか?)
(……二人で並んでクイズゲーム……?
:まさかゲーセンでセクハラしたいって言うの!? たしかに隣り合って密着状態でお触りは定番シチュだしドキドキするけどいざこういう状況になるとやっぱり躊躇しちゃう気もするけどああでもやっぱり一回やられてみたい!)
(もうダメじゃねぇか)
早速妄想交じりの心の声が漏れ出していることに、寧羽は思わず苦笑する。
そして、テレパシーを切ると、少し考えてから智音のことを手招きした。
「……? なに?」
(ついてこい)
テレパシーで自分の言葉だけ伝えてから、先行する。
そしてゲーム筐体とプレイヤーの熱気がひしめくエリアを出ると、クレーンゲームが並ぶ場所にやってきた。
ここも多少ガヤついてはいるが、先ほどの場所と比べたらうるさくはない。普通に会話も出来るだろうと思ってのことだった。
「とりあえず、ここなら普通に話しても大丈夫だろ。クレーンゲームなら、二人で平和的にわいわい楽しめそうだし」
「ふぅん。コミュ障って自称する割には、良いチョイスするんだ」
「うるさくなさそうなトコ選んだだけだけどな」
「女の子にクレーンゲームで景品とってプレゼントすると、好感度あがるよ? やってみる?」
「いや、オレはプレイしないけどな、クレーンゲーム」
断言すると、智音は呆れとも憐れみともつかない表情を寧羽に向けた。
「馬鹿? 景品とってプレゼントは冗談にしても、交互にやるからいいんでしょ」
「いや、超能力者がクレーンゲームって色々問題あるだろ? いかさましてるんじゃないかとかさあ……嫌なんだよそういうの。地元のゲーセン、何も悪いことしてないのに同級生のウソ告げ口で出禁にされたしさぁ」
「カワイソ……」
遠い目をする寧羽に、流石に智音も同情的な目を向けてきた。
「というわけで、オレはやらない。後ろから見てるから。あのお菓子のデカ箱落すのとかいいんじゃないか?」
「まぁ、流石にそこまで嫌がってるならしょうがないか」
「意外と物分かりいいな」
「じゃ、一緒に並んでやろう」
「……色々言いたいことはあるけど、そもそも、隣に並ぶの嫌じゃないのか?」
突然の提案に戸惑っていると、智音は素早い動きで寧羽の背後に回り込み、人形が並んだクレーンゲームの筐体の前へ行く。
「アタシは頭の中で色々妄想するけど、嫌とは言ってない。
後でアンタが手を出さなかったことを心の中で残念がったりはするかもしれないけど。アタシの心読まなきゃ、寧羽には関係ないでしょ?」
「いや、まぁ、そうなんだけど」
「いいからほら。やるよ。二人で並んでやってれば、誰も疑わないって」
強引に筐体の前に立たされて、寧羽は短いため息と共に覚悟を決めた。
もっとも――寧羽とて、クレーンゲームをしているだけで本当に目を着けられて出禁になるとは思っていない。
ただ、嫌な記憶がよみがえるからやりたくない、というだけで。
寧羽が渋い顔をする横で、智音は取り出したクレジットを投入する。
「このキャラのぬいぐるみ、最近流行ってるんだ。だからとって、話のタネにしたいの」
「はぁ。話題作りのためにわざわざねぇ」
「そうだよ。人気者やるのも大変なの」
ふふ、と笑う智音。果たして本当に人気者なのかどうかはまだ未確定の事実ではあったが、面がいいのは真実だった。
出会いが出会いだったので雑な話し方をしている寧羽だが、整った冷たい顔に時折浮かぶ笑みを見せられると、言葉に詰まりそうになる。
事実、今も返す言葉を見つけられずに居て――そんなことをしているうちに、さらに驚くべきことに、智音が寧羽の手をとってきた。
「あ、お、おいっ? なにして……っ」
「ボタン。ほら、一緒に押して。せっかく二人でやってるんだから」
「二人でボタン押してたらタイミング、ずれるだろ」
「だから、離すタイミング見計らって、せーのって声かけるんだって。それがコミュニケーション、でしょ?」
「~~~~……わかったよ! ったく……」
手の甲に重ねられた寧羽の手は、ほんのりと冷たい。冷え性と言うほどではないだろうが、冷たくしなやかな指先は、今まで触れたことのない感触だった。
女子の手をちょこっと触ったことくらいはある寧羽だが。
それでも、知らない感触に、顔が熱くなる。
智音が超能力者じゃなくてよかったと思いながら――智音と共に、ボタンを押した。
「ほら、いくよ。まだ……まだ……まだ……今! 離して!」
「っ、お、おうっ」
「はい、次横軸。もう一回押して……いち、に、さん……はい!」
緊張した寧羽は、言われるがままボタンを押して離すだけの機械になっていた。
ただ、それでも、ズレというのは生じるもので。
三回のチャンス全て、人形にはかすりもせずにゲームエンドとなった。
「……かすりもしなかったね」
「流石にな……というか、やっぱり、二人は無茶だろ。金をドブに捨ててるようなもんだ。二人で遊ぶなら別のゲームにしよう」
「その方がいいみたいだね。寧羽、意外と照れ屋で使い物にならないし」
「ほっとけ、こちとらボッチ超能力者だぞ」
「超能力者なことだけが問題じゃない気がしてきたけどね、アタシは。最後にもう一回やってから移動で良い? やっぱり欲しいし」
「どうぞ。オレは見てるよ、後ろから」
智音が再びプレイを始めたので、寧羽はその背後に回った。
筐体に向かう智音は大分真剣だ。
……人気者、と言っていたが、その地位を維持するためなのだろうか。
誰かに本当の自分を知ってほしいと、テレパシーに対して心をさらけ出していた智音。
けど、『表の自分』の地位の維持にもこだわっていて……
それをほんのりと不思議に思う。人間関係が希薄だった寧羽には、そこまでこだわるべき人間関係を今まで持ちえなかったから。
そんなことを想っていたら、いつの間にか智音は二回、失敗していた。
残りは一回――
そう思うと、成功してほしいな、と寧羽は自然と思っていた。
そして、ちらりと周囲を確認すると、智音の後ろでクレーンゲームの筐体に向かって手をかざす。
超能力を使うつもりだった。
使うのは『念動力』。……ただし、寧羽の念動力は対象がかなり限られる。
まず、自分の腕力の半分以下で持てるものしか念動力で動かせない。
その上、大きな動きをしているものを対象にも出来ない。止まっているサッカーボールを念動力で投げることは可能だが、蹴られて飛んでいるサッカーボールを念動力でキャッチして方向を変えるようなことは出来ない。一応、念動力の壁のようなものを使ってボールを受け止める、なら出来るが、それはモノを動かすのとは少し違う。
よって、クレーンゲームのアームを自由に動かすなんてことは不可能だ。中身を持ち上げて排出させるのは出来るが、流石にそれはバレバレすぎる。智音にも見抜かれるだろう。
だから力を貸せるのは、最後の一押し程度。
それでも、智音に力を貸したいと思ったから――寧羽は田舎での嫌な記憶を脳内で足蹴にしながら、超能力を行使する。
智音の動かすアームが、対象に向かって動く。かなりいいタイミングだ。
アームが開き、対象を掴む。
その、瞬間の、一秒に満たない制止を狙って、寧羽は超能力を使った。
アームのパワーに超能力を上乗せし、がっちりと景品の人形を掴ませる。
そのまま景品は穴に運ばれ――穴の上で、超能力を解除する。
「あ、落ちた」
取り出し口から出てきた人形を手に取る智音。
しばらく、じっと、不思議そうに手の中の人形を眺めていたが――やがて、寧羽の方を振り返った。
責めるような視線ではなく。
感謝と、喜びをにじませた優しい顔で。
「イカサマ」
……なんて、寧羽にだけ届く声音で言ったのだった。
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