第2話 3

 ――痛みと衝撃でぼやけた頭を振り絞って、直前の出来事を思い出す。





 公爵邸の門前で魔道車が止まり、僕は侍女に手を引かれながら車高の高い魔道車から降りた。


「――ようこそ、フェルノードへ! リオール殿下!」


 そう言って進み出たのはフェルノード公爵だった。


 滅多に領から出てこない公爵だったが、それでも年末年始の社交シーズンは宮中祭祀に参加する為に登城している。


 その際に父上と一緒に離宮へ挨拶に来る為、僕と公爵は面識自体はあった。


「久しいな。公爵」


 僕は公爵と握手を交わし――それから彼の背後に視線を向ける。


 ――いや、嘘だ。


 正直、魔道車に乗っている時から、僕は彼女達に目を奪われていた。


 王子として受けた教育のおかげで、フェルノード公爵へしっかりと挨拶を返せていたように周囲には見えたはずだが、心はずっと彼の背後に向いて居たのを、僕自身が自覚している。


 家人と思しき礼装の大人四人に囲まれて、僕とさして変わらない年頃の女の子がふたり。


 ひとりは公爵と同じ鮮やかな赤毛をした女の子で、そんな彼女の手を握って立つもうひとりは、白銀の髪をした女の子だ。


 互いの髪色を映したドレスを身にまとっていて、これが大人の押し付けでないのなら、きっとふたりの仲はとても良好なのだろう。


 僕の視線に気付いてフェルノード公爵が身を寄せ、女の子達に進み出るように身振りする。


「――ランバート・フェルノードが長女、アンネローゼでございます。

 お初にお目にかかれましたこと、光栄に存じ上げます」


 母上のお茶会に同行してくる女の子達とはまるで違う、大人の令嬢のような完璧な口上とお辞儀カーテシー


 いや、学園に通って行儀作法を習っている令嬢でも、ここまで洗練された挨拶はできてないんじゃないだろうか。


 思わずアンネローゼの挨拶に見とれてしまっていると、彼女のすぐ隣の女の子が一歩進み出る。


「――おなじく、次女のリリィです。

 えと――お目にかかれて光栄です!」


 舌っ足らずな声で挨拶したリリィは、アンネローゼのそれに比べると拙いものだったが、それでもやはりよく練習しているのがわかる、整ったものだった。


 お辞儀カーテシーを終えたリリィは、赤い瞳を細めて自慢げな表情をアンネローゼに向け、アンネローゼもまたそんな妹に満足げにうなずきを返す。


「――リオール・ロムマークである。

 しばしの間、逗留する事になるゆえ、よろしく頼む」


 僕がそう告げると、ふたりは花咲くような笑顔でうなずきを返してくれた。


 ふたりとも髪をハーフアップに結い上げて入るものの、王宮にくる女の子達のように華美な化粧っ気はなく、お辞儀カーテシーした時にほのかに漂ってきた香りも、甘ったるい花ではなく、どこか森をイメージさせるような爽やかなものだった。


「――ん、んんっ! そ、そういえばフェルノード公爵!」


 すっかりフェルノード姉妹に魅了されているのを自覚して、僕は咳払いと共に強引にふたりから視線を引き剥がす。


「私は今回、そなたの娘姉妹が<能力検査ステータス・チェック>をするゆえ、私もまた儀式に望むよう陛下に申し付けられて参ったのだが……」


 僕自身としては、元服の際の儀式で十分だと思うのだが、父上や王宮の教育係に言わせると、幼いうちから<能力ステータス>がわかっていれば、それだけ教育方針が立てやすく、またもし特殊な異能を持ち得ていた場合、その才を磨くのにも役立つのだという。


 ならばわざわざフェルノード領まで来ずとも、僕だけで学園で儀式をすれば良いとも思うのだが、そもそも<能力検査ステータス・チェック>を行う魔道器を喚起できるだけの実力を持った魔道士は限られるらしく、また魔道器の喚起に要される精霊の量も莫大なものとなる為、王族であってもそうそう安易に行える儀式ではないらしい。


 ……だからこそ、僕は不思議に思ったのだ。


「――元服以前に<能力検査ステータス・チェック>をせねばならないほどの理由が、本当にそのふたりにあるのか?」


「さすが殿下! まあ、当然の疑問ですね」


 と、フェルノード公爵は肩を竦めて笑って見せた。


 彼のこういう――僕に対して王族への言葉遣いをしていながら、子供と侮っている――なんと言ったか……そう慇懃無礼な態度が、昔から嫌だった。


 僕が必死に学んで身につけた礼儀作法や言葉遣いを、言葉の上では褒めているのに、子供の背伸びを嘲笑っているような態度が見え隠れするのだ。


「……む」


 思わず不機嫌に呻く僕に、しかしフェルノード公爵は笑みを浮かべたまま、あえて無視するようにして言葉を続けた。


「いえね。先日、ウチの娘ふたりが<廃棄谷>で魔物を調伏致しまして――」


「――は?」


「いかにウチの騎士団で訓練を受けているとはいえ、こんな幼いふたりが魔物調伏となると、さすがになんらかの異能でもあるんじゃないかと思いまして」


 驚く僕を無視して、フェルノード公爵は続ける。


「ああ、ご心配なく。ライオス――陛下には報告済みですので。

 そのうえで当家の要望を聞き入れてくださり、ふたりの<能力検査ステータス・チェック>の許可をくださったのですよ」


 僕はフェルノード公爵の隣に立つ姉妹に目を向ける。


 魔物を調伏したという話どころか、騎士団で訓練を受けているという話さえ怪しい――可憐な見た目をした女の子達だ。


「そうそう。殿下は剣術訓練が始められるかどうか――<能力ステータス>がその域に達しているかどうかを調べて欲しいのだと、父上――ライオス陛下が仰ってましたな」


「――なっ!?」


 フェルノード公が発したその言葉は、僕にとって初耳であり、同時に羞恥心を呼び起こすには十分な威力を持っていた。


 ――だって、そうだろう?


 目の前の女の子達は、騎士達が隊列を組んだ兵騎で相手取るような存在を倒したというのに、僕はといえば……剣術訓練が始められるかどうか?


 そんな事の為に、僕は<能力検査ステータス・チェック>の儀式に、おまけとして便乗させてもらう事になるんだ。


 ……情けない。


 そう思うと同時に、それをこの場でバラしたフェルノード公への怒りが湧いてくる。


 ……なにもふたりの前で言うコトないじゃないか!


 ――だから……


「――フ、フン! 田舎貴族が見栄を張りおって! 娘達が魔物調伏した? そうやって陛下の関心を買おうとしているのだろう?」


 ――そんな軽口が突いて出たとしても、僕は悪くないだろうっ!?


「大方、魔物が出たという事にして、予算を強請ろうというのだろう?

 父上は騙せても、僕は――」


 怒りに任せて早口で告げていたのだが、僕が言えたのはそこまでだった。


「――フザけんなっ!!」


 甲高い声が聞こえたと思った瞬間――


「――ぶふぅーッ!!」


 衝撃が来て、僕の視界は物凄い速度で


 頬に激痛が走る。


 背中が擦れて熱くなるのが同時。


「……はっ?」


 なにが起きているのか理解するより、今、自分が仰向けに地面に寝転がっているのがわかって。


「――フェルノードをナメんな! お姉ちゃんバカにすんな、このヤロー!!」


 リリィが馬乗りになって拳を振り上げたところで、彼女に殴り飛ばされたのだとようやく理解できた。


 そこからはあまりにも一方的だった。


 小さな拳の乱打が雨と降り注ぎ、防ごうにも両手はリリィの両脚に抑え込まれて叶わない。


「――ウチのお姉ちゃんはな! すごいんだぞっ! おまえみたいな弱虫なんかに、バカにされたりしないんだっ!!」


 そう叫ぶリリィの背後で精霊が燐光となってまたたき――


「目覚めてもたらせ。<帝殻第一甲>」


 ――轟音が響いて、巨大な金属の右腕を構築していく。


「――咆えろ……<憤怒フューリー>」


 リリィの背後で、その金属の拳が握り締められた。


 その圧倒的な存在感に――


「う、うわあああぁぁぁ――――ッ!!」


 僕はただ、悲鳴をあげるしかできなかったんだ!

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