第1話 5

「――だって、あの子は<万能機オーバー・ドールズ>だし」


 それがまるで免罪符であるかのように――それなら仕方ないとでも言うかのように、声を揃えてのたまう我が家の超越者達。


 ――<万能機オーバー・ドールズ>……


 フェルノード家当主としての教育を受け、についての知識を植え付けられている私も、それについてはよく知っている。


 強大な――人には過ぎた力を持って生み出されたは、その力を恐怖した者達によって世界を追われ――要するに棄てられたのだという。


 それがなんの因果かこの世界――星に流れ着き、統一帝国始祖女帝を主と定めて邪神を調伏した。


 統一帝国の元となったリリステラ王国の守護竜であり、女帝亡き後はこの星を覆う大結界<天蓋>の基部――<世界樹>となって、彼の女帝の亡骸を護っているのだという。


 ――あくまで表向きには……


「……<万能機オーバー・ドールズ>と言っても、伝承にある星竜とは別個体だって君達は言ってたろ?」


 私の問いかけに、三人はうなずく。


「それは間違いない。アイツはもっとヒネくれた……ぶっトンだヤツだったからな」


 普段は滅多に硬い口調を崩すことのないディアスが、口元を綻ばせながら私に応えた。


「あの素直さは、どちらかというとご主人様――女帝陛下のものを受け継いでいるように思えます」


 ローザもまた懐かしそうな表情を浮かる。


 そんなローザに、マツリが腕組みしながら視線を向けた。


「……まあ、認識としては娘のようなモンになるのかね?

 ――幼生体で赤眼の攻性生物を捕獲できるんだから、躯体強度はおまえさんの基礎躯体オリジナル・ボディ程度と見るべきか?」


「いえ、アンネお嬢様の訓練を観ている間に、身体強化を覚えたようで……私達の基礎躯体オリジナル・ボディには、魔道器官ソーサル・リアクター魔道ソーサル・サーキットもありませんので、単純比較をしたなら現在のリリィお嬢様の方が……」


「――そりゃ良い! 騎士能力なしで汎用端末器マルチマニュピレーターより上かい!」


 膝を叩いて笑うマツリに、ディアスが無精ひげに覆われた顎を撫でながら言う。


「一度、身内だけで<能力検査ステータスチェック>を受けさせた方が良いな……」


「ああ、そうじゃな。性能次第では、成人の儀の前に偽装工作も必要となるか……

 まったく……せっかく<世界樹>を演算炉として母上が敷いた大魔法も、いまや国に良いように使われちまって、ワシャ、嘆かわしいよ」


 ふたりが心配しているのは、十五歳に行われる成人の儀でのことだ。


 毎年、成人を迎えた者は<三女神トリニティ>のいずれかの施設を訪れ、成人の儀を受ける。


 そこで子供達は自身の能力ステータス――身体性能や魔道的な素質を知らされ、将来の進路の参考にするのだ。


 統一帝国時代から続いているこの儀式は、始祖女帝が民がより適した職に就けるようにと広めたものなのだが、現在では国により良い人材を囲い込む手段として用いられている。


 特に親の魔道的な素質を受け継ぎやすい貴族などは、義務として課されている学園在学中にこの儀式が行われる為、親の意向を無視して進路を決定づけられてしまう事も少なくないのだ。


 そんな現状を知っているからこそのふたりの懸念であり、私も異存はなかった。


 リリィは養女ではあるものの――


 妻が亡くなってからしばらくは泣き暮らし、やがて立ち直ったかに見えたものの、アンネローゼはどこか人形のように無気力に日々を過ごしていた。


 そんなあの娘が、リリィの姉として振る舞ううちに、また笑ってくれるようになった。


 それだけでも、私はリリィに感謝してもし切れないほどだ。


 なによりも……


 ――この子を……娘を頼みます……


 そう告げた、あの娘の母親の最後の言葉は、エルザの最後の言葉とまったく同じもので……


 差し出されたリリィを抱き抱えた時――エルザを失くしてアンネを抱き締めた時の感情が思い出されてしまって、他人事とは思えなくなってしまっていたんだ。


「――そうそう、<能力検査ステータスチェック>をするなら、アンネローゼお嬢様も一緒に行った方がよろしいかと」


 と、私がリリィを養女にした、一年前の出来事に思いを馳せていると、ローザが両手を打ち合わせた。


「あ~、アンネなぁ……」


「そうだな。それが良いだろう」


 マツリが困ったように頬を掻き、ディアスも口を引き結んで同意を示した。


「え? アンネも?」


 驚く私に、ディアスは右手を奮って光盤ホロウィンドウを開き、私の方に放ってくる。


 そこに映し出されているのは、騎士達と訓練中のアンネだった。


 ちょうど掛り稽古の真っ最中のようで、アンネは長剣を構えている。


 相手をしているのは、我がフェルノード家擁する<黒熊の爪>の団長スカーフェイスアールバのようだ。


 髪を剃り上げた副長が開始の合図をして。


「――む?」


 違和感に私は首を傾げた。


 動きが速いのは、以前、身体強化が使えるようになったのだと喜んでいたから、それを使っているのだろうと推測ができる。


 五メートルを瞬く間に詰めたアンネは、左足を軸にして身を回し、全身をひねるようにして長剣を振り上げた。


『――むぉっ!?』


 アールバにとっても以外な攻撃だったのか、光盤ホロウィンドウの中で彼は傷痕のある顔に驚きを浮かべながら後ろに退く。


 刹那に銀弧が閃いて、長剣を振るった勢いそのままにクルリと身を回したアンネは、流れるように下段に構え直してアールバを見据え――


『――退きましたね? 団長』


 それまでの真剣な表情から、花が綻ぶように笑みを浮かべた。


「――ちょっと待て、これって!」


「――わかるか?」


 ディアスに尋ねられて、私は驚きの表情のままうなずく。


「ウチの――ディアスが騎士団に教えてる闘士剣術じゃないよね?」


 ウチの騎士達が修めているのは、王都や他国ではゾル流剣術として広まっているもので、いわゆる剛剣に属する流派だ。


 魔法や魔術、時にはその場にある石さえも利用する詐術めいた技もあるものの、だからこそその剣筋そのものは直線的で、力任せなものが多い。


 一方、今、アンネが見せた剣は、足運びそのものから意識して行っていて、全身を用いて刃を振るう――それ故にこの短時間でも、まるで演舞の一節でも見せられたかのような印象を受けた。


「あ~、なるほどねぇ。だからワシにあんなモン造れって頼んで来たのかい……」


 いつの間にか私のすぐ隣――執務机の上にしゃがみ込んで、同じく光盤ホロウィンドウを覗き込んでいたマツリが、ひどく納得したように漏らす。


「あんなモン?」


 そういえばさっき、なにかアンネに魔道器を頼まれたと言ってたな。


「――カタナだよ。刀! それも刻印ソーサリー・シールまで指定された特殊仕様さ!

 戦闘動作を見てわかった。バート坊や、アンタの娘はカタナ使いだったのさ」


 執務机にしゃがみ込み、丈の短いスカートの中身を恥ずかしげもなく晒しながら、マツリは私の頭をグリグリと撫で回してケタケタと笑う。


 ディアスがため息を吐いて立ち上がり、マツリの襟首を掴んで床へと降ろし。


「……マツリ。目覚めたと見るべきか?」


「たぶんねぃ。それがいつだったのかはともかく、ワシに刀を頼んだ時にはもうそうだったんだろうさ」


 両手を広げて身体を左右に揺らし、マツリは再びソファに腰を下ろす。


「――ああ、その可能性がありましたか。となると、先程のアレもそういう事に……」


 と、ローザまでもが納得したように手を打ち合わせた。


「おい、娘に関わる事だぞ? 三人で納得してないで、私にもわかるように説明してくれないか?」


 私を置いて納得顔の超越者三人に、置いてけぼりの私は執務机を叩いてそう尋ねた。


 三人は顔を見合わせて。


「……オレでは、うまく説明できん」


 と、ディアスはマツリに視線を向ける。


「私も事象としては認識しておりますが、感覚的な部分はそれを持ち合わせていない為に説明には向かないかと……」


 ローザもまた、そう言って右手をマツリに差し向けた。


「あ~もうっ! おまえらってすぐそうだよな! 面倒な説明はいつもいつもワシに押し付けおって!」


 マツリは紫髪を掻きむしってふたりを睨みつけ、それから私に向かって人差し指を立てて見せた。


「――良いかい、バート坊や。

 アンタとエルザの娘にはね……前世の記憶があるのさ」

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