第1話 2
――リリィのお姉ちゃんは、いつだってすごい!
「――さて、仲良しなのはよろしいですが、これどうするんです?」
ぎゅーってしてるリリィ達のすぐそばで、ローザがため息しながらわんこを示したよ。
お母さんと昔からのお友達だっていうローザは、今はお母さんの代わりにリリィにいろんな事を教えてくれる人なんだ。
リリィも知らないリリィの使い方を教えてくれる不思議な人。
「……まあ連れて来ちゃったものは仕方ないわよねぇ」
アンネお姉ちゃんは肩にかかった赤毛を払いながら立ち上がって、ローザみたくわんこに視線を向けたよ。
「赤眼の上位魔狼を解き放つわけにも行かないし、かといってこんな風に従順なのを討伐しちゃうのも……」
「ひゃんッ! くぅんくぅん!」
お姉ちゃんがそう言うと、わんこは慌ててごろんと転がってお腹を見せた。
必死だね、うん。
<淵森>で会った時は、騎士のみんなにあんなにイキり散らかしてたのにさ。
リリィ、こないだ護身術の訓練の時にローザに教わったんだ。
生意気な子には、まず上下関係を叩き込まないとダメって。
あの時は使用人見習いだっていう、リリィと同じくらいの歳の男の子――ジャックくんと一緒に訓練する事になって、リリィが女だからってバカにされたんだよね。
それでローザにしつけ方を教わって、ちょっと撫でてあげたんだ。
で、ジャックくんはすっかり良い子になって、リリィの事もちゃんとお嬢様って呼ぶようになったんだよ。
はじめは「おい」とか「おまえ」って言ってたのにね。
よくわかんないけど、ローザは大銀河帝国近衛式教練法――おはなしだって言ってたっけ。
大昔にいた女帝さまも、この方法で騎士を従えたとかなんとか。
それを覚えてたから、リリィはこのわんこにもおはなししたんだ。
お鼻をぎゅーって握ったら、ひゃんひゃん鳴いてすっかり良い子!
リリィがそんな事を思い出してる間にも、お姉ちゃんは寝そべったわんこの前にしゃがみ込んでた。
「――でも、悪いけどなんの対処もせずに、おまえをここに置くわけにはいかないの」
そう言いながら、お姉ちゃんは持ってた剣を鞘からちょっとだけ引き抜いて――覗いた刃で親指を傷つけた。
「お姉ちゃんっ!?」
「お嬢様っ!?」
慌てるリリィ達に微笑みながら、お姉ちゃんは真っ赤な血が流れ出る親指をわんこに差し出す。
「……盟約によって、おまえの魔道器官を縛るわ。
異存がなければ、この血を受け入れなさい」
「わ、わうん!」
わんこは素直に一声鳴いて、お姉ちゃんの親指を舐めた。
途端、その赤い眼が大きく見開かれて――同時にわんこの胸の辺りから虹色の線が身体中に駆け巡った。
「ぐぅ……ひううぅぅ……」
苦しそうに呻くわんこのおでこを、お姉ちゃんが優しく撫でたよ。
「良い子ね。あと少しだから頑張りなさい」
リリィを寝かしつける時みたいな、穏やかな声でそう言って。
お姉ちゃんはわんこの頭から胸へと右手を滑らせた。
――お姉ちゃんを中心に、球状魔芒陣が広がる。
「――ここに結ぶは血の約定。
我が魔道を以て、此れを血族と成し、我が名を以て、此れを守り人と成す……」
まるで歌ってるみたいな――ううん、これは本当に唄なんだ。
魔芒陣が澄んだ鈴の音と笛みたいな音色を出してて、お姉ちゃんの
「……な、なに? これは……なんなの?」
物知りなローザも驚き顔。
その間にもお姉ちゃんの唄は続いて。
「アンネローゼ・フェルノードの名において<世界>に刻む。
今この時より此れの銘はシロ――」
お姉ちゃんが触れてた、わんこの胸が強く光って、リリィは眩しくて目をぎゅってしちゃったよ。
「――我の新たなる牙と、重ねて<世界>に刻むものなり……」
お姉ちゃんの唄に合わせたみたいに、一際大きな鈴の音が響いて、笛が長い余韻を残した。
眩しいのがなくなって目を開くと、お姉ちゃんとわんこを覆っていた魔芒陣は消えていた。
「――ハッハッハッ」
息を切らしてお姉ちゃんの周りを駆け回ってるわんこは、さっきまでと違ってリリィが両手で抱えられるくらいにちっちゃくなっちゃってる。
その胸には魔道器の刻印みたいな虹色の紋章――フェルノードの家紋の竜頭流星が光ってて。
「はいはい、ちょっと落ち着きなさい」
お姉ちゃんはわんこに優しく声をかけて、両手で抱き上げたよ。
「リリィ、この子はシロと名付けたわ。これからは家族として、リリィも仲良くしてあげてね」
そう言ってお姉ちゃんはシロをリリィに抱かせてくれた。
「フンフンフン」
「わわわ、ちょっと!」
ペロペロとリリィの顔を舐めてくるシロを手で抑えて、リリィはお姉ちゃんを見る。
「せっかく強そうなのを連れてきたのに、こんなちっちゃくなっちゃって良いの?」
お姉ちゃんがなにをしたのかよくわかんないけど、きっとリリィが知らない魔法を使ったんだよね?
でも、あんなにおっきかったのに、今のシロはリリィよりちっちゃくて、すごく弱そうで、だからリリィはちょっとだけ、むーって思う。
「大丈夫よ。シロ」
お姉ちゃんの言葉に反応して、シロはリリィの腕の中から地面に飛び降りた。
「――顕せ。其の本性」
パチンとお姉ちゃんは指を鳴らした。
いいなぁ、アレ。
ローザやお父さん、ディアス先生もああやって魔法を使う時があるんだよね。
リリィもずっと練習してるんだけど、ぜんぜん鳴らないんだぁ……
今もお姉ちゃんをマネてみたけど、ダメだった。
あ、そうじゃなく。
「わ、わわわぁ~」
リリィの目の前で、シロがどんどん膨らんでいって、元の大きさになった。
「――なぁッ!? 攻性生物を魔道的に形態変化!?」
いつもおしとやかなローザが、らしくなく驚きの声をあげたよ。
「必要な時は元の姿に戻せるのよ。
せっかくペットを飼うなら、なるべく一緒にいたいでしょ? けど、この大きさだと厩舎で馬達と一緒にしか飼えないから……」
と、お姉ちゃんはもう一度パチンと指を鳴らした。
リリィも釣られてマネをしたけど、まるで鳴らなかったよ。むぅ……
「鎮まれ。化生せよ」
お姉ちゃんの
「ね? これならいつでも一緒にいられるわ」
「ふえぇぇ……」
リリィはシロを抱えあげてぎゅーってしたよ。
「いつも一緒だって。良かったね、シロ!」
「ひゃんひゃん」
甲高くなった声で鳴いて、シロはまたリリィのほっぺを舐めた。
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