第14話 僕は何となく理不尽に遭遇する

『コウ様、もうすぐ国境線のリバーの街が見えてきますわ。実はわたくし、この辺りまでは来たことなくて、とても楽しみですのよ』


『コウ様、リバーの街では海の幸が素晴らしいです!前回来たときも堪能しました。干物も新鮮な魚も絶品で、特に貝料理は逸品でした。とても期待出来ますよ!』


――漫遊記か。

旅の目的を完全に忘れて、観光雑誌の紹介みたいな二人の言葉に思わず目を瞬く。


『ハチさん、おギンさん、自由すぎます……』


ここに来るまでに偽名を決めておいた。

万が一、二人の素性を知っている者がいれば面倒だと考え、エドワードからも「国境付近はスパイが多い」と忠告されていたからだ。


アベル君はハチさん。

メアリーさんはおギンさん。

――そう決まったのだが。


『今回の旅が、志の高い旅であることは分かっておりますわ。だからこそ、力まずにゆとりを持って取り組むことで、より良い結果を導けますのよ』


『おギンさんに同じです。旅は肩肘張らず、優雅に楽しむものです』


偽名をつけただけで、自由度が二割増しになった気がする……。


『はいはい、大義名分は分かりました。本当にちゃんと分かっているなら、自由にして良いですよ』


『『は~い♪』』


――この二人、やっぱり分かってない。確実に。



街の入り口が見えてきた。

リバーの街は国境線に位置するため、周囲の空気は緊張感に包まれている。石造りの高い城壁には槍を構えた兵士が立ち並び、門前には列を成す人と荷馬車。商人や旅人がそれぞれ順番を待ち、厳しい目つきの兵士が一人一人を確認していた。


『市街に入る前に身体検査があります。エドワードさんの話では、この国境の街ではスパイが暗躍している可能性が高いそうです。なので、この街ではなるべく大人しく過ごし、準備を整えたらランス王国に向けて出発したいと思っています』


二人、分かってくれただろうか……。


しかし、すぐにおギンが鼻で笑った。

『多分、トラブルに巻き込まれて無事には済まないでしょうね』


ハチさんも真顔で頷き、

『きっと目を離した隙に、困っている人に出会って助けようとして、更に大きな騒ぎになるんです。間違いありません』


――お前が言うな、ミスタートラブル。


『そ、そんなことないからねぇ』

声が裏返った。……無いよね?多分?



正門へ近づくと、やはり国境都市だけあって兵士は武装を固め、数も多い。

門の両脇には弓兵が待機し、さらに屋根の上からも監視の目が光る。

威圧感のある空気に思わず背筋を伸ばした。


列の最後尾に並ぼうと歩を進めたその時――


〈〈〈カーン、カーン、カーン〉〉〉


耳をつんざく警鐘が鳴り響いた。


次の瞬間、門内から兵士達が一斉に駆け出してきた。

砂煙を上げながら素早く包囲の陣形を取り、刃が抜かれ、盾が構えられる。

場の空気は一気に臨戦態勢へと変わった。


明らかに只事ではない。

こちらに向けられる視線は鋭く、ちょっとした動きでも即座に攻撃が飛んできそうな緊張感が漂う。


立派な鎧をまとった隊長らしき人物が一歩前に出て、低く問いかけてきた。

『身分の分かる物はお持ちですか?』


周囲の兵士の硬い表情に比べ、この隊長は幾らか冷静さを保っているように見えた。

すかさず、懐から羊皮紙を取り出す。


『こちらをどうぞ』


それはエドワードから渡された家紋入りの公文書だった。

文面にはこう記されている。


【コウ殿の身分を絶対権とする。些細な事も赦さぬ。何人たりとも絶対に仇なすこと無かれ。王の盾として命ずる。仇なす者の身分を剥奪し全て拘束せよ。――エドワード侯爵】


隊長の目が見開かれる。羊皮紙を丁寧に読み終えると、急いで片膝をつき深く頭を下げた。

『大変失礼致しました。書状を確認いたしました。どうぞお通り下さい』


『はい。ありがとう』


羊皮紙を受け取り直し、無事に市街へ足を踏み入れる。



舗装された石畳を歩きながら、ふとおギンに尋ねた。

『エドワードさんって、そんなに有名な人なの?』


最初は驚いた顔をしていたが、やがて呆れ顔に切り替わる。

『あ、相変わらずの理解力ですわ……。本当に知らずに屋敷へ宿泊されたなんて。エドワード様は宰相を支える内政の柱であり、“王の盾”と呼ばれるほどの存在なのですよ』


ハチさんも横で何度も頷く。

『そうだ、そうだ。エドワード様の名を知らないなんて、あり得ません!』


『知らなかったんだから仕方ないよね? それにしても、さっき兵士たちはなんであんなに慌てて飛び出してきたんだろう?』


二人同時に、半眼とため息。


『それは――カクさん〈ドラゴン〉を連れているからですわ』


『…………』


当たり前だろ、という目でハチさんに見られる。

『はぁ~』と揃った溜め息までいただいてしまった。

やっぱりドラゴンは珍しいのか。いや、そりゃそうだ。



市街地に入って大通りを進み、宿を探していたところだった。

賑わう露店の間を抜け、荷馬車の往来に気を取られていたその時――


一台の大型馬車とすれ違った。

立派な紋章入りの黒塗り馬車。

通り過ぎる……と思いきや、ギィと音を立てて停車した。


扉が開き、中から一人の男性が降りてくる。

背筋を伸ばし、無駄のない足取りでこちらに歩み寄ると、朗々と名乗った。


『私はキーン伯爵の家臣、ケインと申す。伯爵様の命により――その〈ドラゴン〉を徴発する』


『『『は??』』』


耳を疑う言葉に、一同が固まった。


『言ってる意味が良く分からないのですが』


そう答えると、ケインと名乗った男は涼しい顔のまま続ける。

『伯爵様の命により、そのドラゴンを差し出せと言っておる。我が国家のため有用に使ってくれようぞ』


――うぉおおおお……。


ついに来た。

来てしまった。


世界初の“理不尽イベント”。

しかも相手は貴族。――理不尽貴族。


胸の奥がざわつき、妙な高揚感が湧いてくる。


オラ、ワクワクすっゾーー!!

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