第19話 判定

 そこからちょっと揉めた。


 準備があるからと部屋を出て行こうとするカーソンに、イアンが待ったをかけたのだ。


 イアンとしては、俺の身の安全を守ることを最優先に考えているらしい。カーソンが上手いこと言って部屋から出たあと、応援を呼んで戻ってくる可能性を視野に入れているらしい。こちらの戦力は、イアンひとりである。おまけに俺という足枷もある。俺がこの場において、何の戦力にもならないことは一目瞭然であった。


 イアンが慎重になるのも無理はない。現状、彼に頼るしかない俺は、口を挟むこともできずに、ただただイアンの背中に守られるようにして立ち尽くすことしかできなかった。


 ジトッと疑いの目を向ける俺たちに、カーソンは「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!?」とちょっとキレ気味で問いかけてくる。俺に訊かれてもな。交渉ならイアンとお願いします。


 このままでは、進展がない。けれどもイアンの懸念もその通りだ。じっと睨み合いのようになる俺らであったが、それを遮るかのように扉からひとりの男が顔を出した。


「おい! 何をしている!」


 イアンに剣を突き付けられているカーソンに目を剥いた男は、格好からして神官だと察せられた。


 すかさず、イアンの目付きが鋭くなるが、それを制止したのはカーソンであった。


「あ、いや。何も心配はない。すこぶる順調だ」


 ひらひらと手を振るカーソンは、どう見ても心配なくはなかった。完全にイアンによって制圧されている。びっくりするくらい無抵抗であった。


 神官さんも同様に考えたらしく、「どこが大丈夫なんだ?」と若干引いておられる。しかし、これをチャンスだと捉えたのだろう。神官さんを振り返るカーソンは、緩く笑っていた。


「計画は変更なし。むしろ協力してくれるってよ。よかったな」

「どう見ても協力者の態度ではないだろ」


 眼光鋭いイアンを一瞥して、神官さんが顔を引き攣らせる。確かに、イアンは不満をあらわにしていた。どう頑張って好意的に見ても、協力の姿勢は見られない。


 だが、神官さんも俺たちを今すぐにどうこうするつもりはないらしい。剣を向けられているカーソンを前にしても、特に焦ることなく会話している。見たところ、手ぶらの神官さんは、一歩離れたところで俺たちを見守り始める。


 思えば、俺たちを多少手荒にとはいえ、ほとんど無傷で連れ去っている。カーソンの言う通り、俺が本物の神様か否かを確認するのが目的であって、俺を殺したりといった物騒な手段をとるつもりはないのかもしれない。ここに至るまで、俺を手にかけるチャンスはいくらでもあったはずだ。


 迷った末に、イアンへと縋るような目を向ける。


 ぶっちゃけ、俺の判断はあてにならないと思うのだ。なんせこの世界の住民ではないから、この国の常識なんかがわかっていない。それにカーソンが果たして危険な人物なのかも皆目見当つかないからだ。俺よりも、カーソンの後輩であり、マルセルから俺のお世話を任されているイアンの判断の方が、断然あてになる。


「どうする?」


 率直に判断を仰げば、イアンが思案するように眉間に皺を寄せてしまう。


「……ミナト様に危害を加えないと誓うのであれば」

「それは約束する。もとより、んなつもりはねぇよ。殺すつもりならとっくに殺してる。それこそおまえが気を失っている時にでもな」


 軽く約束したカーソンを、果たしてどこまで信頼して良いのか。黙って成り行きを見守っていれば、イアンが決意するかのように息を吐いた。彼としても、このまま膠着状態ではこちらが不利だと判断したのだろう。


 ここは神殿である。カーソンの計画に賛同する神官たちが何人いるかわからない。このまま剣を構えていても、形勢的にはこちらが圧倒的に不利だった。


「ミナト様に何かあれば。生きて帰れると思うなよ」

「だから怖いって。あとそのセリフ、どっちかっていうと俺らがいうべきセリフだろ」


 低く唸ったイアンは、雑にカーソンから剣を逸らすと、俺の前に立つ。「さっさと案内しろ」と顎で先輩をこき使うイアンは、とても頼もしかった。


「……彼を連れてきたのは、失敗だったのでは?」


 ぼそっと呟いた神官さんに、カーソンが「俺もそう思っていたところだ」と軽く肩をすくめてみせた。


 案内されたのは、なんか怪しげな儀式とかやっていそうな地下室であった。帰りたい。


 四方を囲む石壁には、変な壁画みたいなもんが描かれており、壁際では蝋燭の灯りがゆらゆらと不安定に揺れている。薄暗い空間は不自然なくらいに静まり返り、怪しい儀式をやっていても違和感のない仕上がりとなっている。

 中央にはどかりと台座が鎮座しており、その中央には、水晶のような物が据えてある。何度見ても怪しさマックスの空間である。


「えっと、なんか儀式でもやる感じですか?」


 思わずイアンに縋れば、彼は「は?」みたいな顔をした。その反応を見るに、別に怪しくもなんでもない部屋らしい。本当かよ。


 同行しているのは、イアンとカーソン。そして先程の神官さんのみである。


 ひんやりと冷たい空気漂う地下空間は、どこか荘厳な雰囲気であった。間違っても大声ではしゃいでいい空間ではない。自然と小声になる俺に、イアンが不思議そうな目を向けてくる。


 そのイアンにぴたりと張り付いて、身を硬くする。お化けとかゾンビとか。なんかそんな感じの得体の知れないものが飛び出してきても違和感ないくらいの暗い部屋で、めっちゃ心細いのだ。幸いイアンは優しいので、俺を振り払うようなことはしない。


 ひとり警戒に徹していると、水晶へと近寄ったカーソンが手招きしてくる。イアンの服の裾をガッチリ掴んだまま、おそるおそる踏み出した。


「ここに血を垂らせばいい。簡単だろ?」

「なんて?」


 思わず聞き返した俺は、悪くはない。なにそのファンタジー設定。漫画とかでよく見るやつや。


 けれども、俺のテンションはだだ下がりである。


「え、それは俺に死ねとおっしゃっていますか?」

「んなこと言ってねぇだろ」


 すぐさま否定するカーソンは、けれども俺に血を流せと言ってくる。なんちゅう物騒な要求だ。きれいなお姉さんからのお願いであれば一瞬考えてやらないこともないが、悲しいことに要求してきたのは誘拐犯である。素直にわかりましたとは頷けない。


「そんなに量はいらない。一滴でいい。指の腹を針でちょいと刺せばいいだけだ」

「つまりは俺に死ねと?」

「いや、だから」


 言葉に詰まるカーソンは、助けを求めるようにイアンを見遣る。それを受けた彼は、じっと俺を見下ろしてから口を開いた。


「ミナト様。なにも危険なことはございません。魔力判定に使用するごくごく普通の装置でございます」

「そうか。でも無理」


 きっぱりお断りすれば、イアンとカーソンが顔を見合わせる。神官さんは、相変わらず一歩離れたところから黙って様子を窺っている。


「無理ってどういうことだ。まさか神の体には血が流れていないのか」

「なぜそんな斜め上の考えに至るのか」


 心底わからないと首を捻るが、カーソンはどうやら大真面目に言ったらしい。てか、おまえは俺を神様とは認めないとかなんとか言っていなかったか。どっちなんだよ。


 とりあえず無理だと主張し続ければ、イアンが怪訝な顔になる。神様扱いはごめんだと散々主張していたくせに、今になって尻込みするとはどういうことかと考えているのだろう。別に俺は神様ではない。判定すれば、間違いなく人間だという答えが出るだろう。だから判定結果を恐れているわけではない。


「俺さ、痛いの苦手なんだよね」


 ぼそっと呟けば、カーソンが絶句する。


 昔から痛いのは苦手である。注射とか絶対に無理。静電気も無理。そんな俺が、自らの体を刺して血を出すことをよしとすると思うか。絶対に嫌である。


 だから無理だと説明するのだが、みんなは納得してくれない。


「おま、ふざけ! はぁ?」


 口をはくはくさせるカーソンは、何やら言葉に詰まっている。予想外の申し出に、どう対処すればいいのか分からないといった感じだ。


「こんなの! ちっこいガキでも普通にやってるぞ!」

「そんなこと言われても」


 怖いものは怖い。どうにか別の手段でお願いしますと頭を下げるが、他に方法なんてないと突っぱねられてしまう。なんてこった。


「じゃあさ、とりあえず後にしよう。一旦さっきの部屋に戻ろう。それからまた改めて考えるということで」

「話聞いてるか? ほんのちょっと血が必要なだけだ」

「それが無理だって言ってるだろ」


 俺が我儘言ってるみたいな雰囲気出してくるカーソンは、もはや敵である。そそくさとイアンの背中に隠れるが、彼も彼でなんだか困ったような顔をしていた。


「じゃあほら! 俺がやってみせるから!」


 苦肉の策といった感じで吐き捨てたカーソンは、あらかじめ用意していたらしい小さな針を、なんの躊躇いもなく自身の親指に刺してみせた。


「ほら! こんだけでいいから!」


 確かに、血はほんのちょっとである。放っておけばすぐに止まる。というより、垂れるほど流れていない。傷口付近を圧迫して、ようやく浮き出てくる程度である。


 これならいけるだろ! と勢いよくこちらを振り返るカーソンには悪いが、何度言われようと無理である。


 そもそも加減を間違えてグッサリいったらどうする。自分で刺すのも怖すぎる。なにより自分の血を見たくはない。だからやめようと踵を返すが、なぜかイアンが俺の肩を掴んでくる。


「イアン?」

「正直、ここではっきりさせておいた方がよろしいかと」

「そりゃそうだけど」


 でもこの方法は受け入れられない。また今度にしようと微笑むが、イアンは手を離してくれない。それどころか、俺の左腕をガッチリ掴んでくる始末である。非常に嫌な予感がする。


「ちょっと待った! イアン!?」

「すぐに終わるので大丈夫ですよ」


 何も大丈夫ではない。俺の意思をまるっと無視したイアンは、あろうことかその手に針を握っていた。ぎゃあと叫んでみるが、誰も助けに来てくれない。それどころか「いいぞイアン! やったれ!」と嫌なヤジが飛んでくる。


 そういえばここに俺の味方はいなかった。


 悲しいかな。俺がイアンに勝てるはずもなく。必死の抵抗も虚しく、俺はマジでほんのちょびっとだけ血を流す羽目になった。酷すぎる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る