第3話 監禁生活

 それから俺はなんだかよくわからんうちに監禁されていた。自分でもびっくり。


 え? マジでいつの間に?


 案内された豪華な部屋は広々としており、なんと風呂もトイレも備え付けというホテル顔負けの部屋だった。おまけにイアンとかいう護衛なのか従者なのかよくわからん男付きである。正直言って快適だった。


 だが問題はあった。


 俺が外に出ようとするとイアンが邪魔をするのだ。「外は危険でございます」とか「美味しい茶菓子がございますよ」とか「あ、ミナト様! こっちの窓の外見てください! 綺麗なお姉さんが通っていますよ」とか色々理由をつけては俺の外出を邪魔してきた。


 ちなみに茶菓子は普通に美味かったし、庭を歩くお姉さんはめっちゃお綺麗だった。


 そんなこんなで俺は軟禁? 監禁? 状態にあった。


 何度か力技で扉を突破しようと思ったこともあるが全部失敗した。イアンは素早かった。おまけに力も強い。俺もアイドル活動である程度鍛えてはいたが、流石に本職には敵わない。


 一日一度は顔を出してくるマルセルも厄介だ。こいつは俺の話し相手という名目で訪れては、今日は聖女が街の浄化をしてくれただの、庭に綺麗な花が咲いているだの、外に出られない俺に対して当てつけのようにあれこれ吹き込んでくる嫌な奴だった。ちょっと嫌いになりそうである。


 てか聖女は外に出てるのかよ。俺も出たいと騒いでやれば、「そんな。ミナト様を危険に晒すわけにはまいりません。聖女からもくれぐれも丁重に扱えと念を押されておりますので」と困ったような顔をされてしまう。クソ聖女め。俺を監禁して楽しいか? なに自分だけ異世界ライフを楽しんでんだ。


 どうやら話を聞く限り、こいつらは俺のことを「荒神 ミナト様」と認識しているらしい。荒神というのはその名の通り荒ぶる神だ。誰が荒ぶっているって?


 そのため俺のご機嫌取りに必死らしい。そして万が一、俺に何かあればこの世界に災いがもたらされると思っているらしい。単なるアイドルにどんな力を期待してんの。てか聖女も止めろよ。なんでこいつらの勘違いをそのまま放置してんの? そこが一番の謎である。


 この日も俺は、暇で暇で仕方がなかった。暇すぎてどうにかなりそう。


 だらりとソファーに沈み込んでいた俺に、イアンがそっと毛布をかけてくる。なんかもう至れり尽くせり過ぎてさ。自立できなくなりそう。


「カミ様! お元気ですか」


 うんうん唸っているところに突入してきた聖女雪音ちゃんは、呑気にそんなことを訊いてくる。


「暇すぎて」

「あらまぁ」


 大袈裟に口元に手をあてた雪音ちゃんは、他人事みたいに「可哀想に」と呟いている。いや君のせいだからな? 何その顔。びっくりなんだけど。


「外に出してあげればいいのに」


 しかし、壁際に佇むイアンを振り返った雪音ちゃんは、思いもよらぬことを口にした。え? 君が俺の外出を邪魔してたんじゃないの?


「そんなわけ。私はただカミ様は大事にしてくださいねってお願いしただけです」


 大事にしてくださいっていうお願いもよくわからんけど。とにかくこれは朗報だ。雪音ちゃんが味方になってくれれば、俺の外出という夢が叶うかもしれない。


「俺も外行きたい! 雪音ちゃんがいいって言ってるからいいでしょ!」

「雪音ちゃん!? まさかの名前呼び! え、死にそう」


 突然雪音ちゃんが発狂するのは、いつものことだ。放っておこう。


 軽く片眉を持ち上げたイアンは「ですが」と迷わずに否定の言葉を口にする。


「ミナト様を危険に晒すわけには」

「この国ってそんなに危険なの?」


 異世界だしな。治安悪いのかもしれない。だが雪音ちゃんは首を左右に振る。


「いえそんなに。むしろ治安良い方かと」


 なんだと。だったらますます外出したい。


 外に行きたいと全力主張すれば「さすがカミ様! 遠慮なくて良いですね!」と雪音ちゃんからお褒めの言葉を頂いた。


「申し訳ありませんが、私では判断致しかねます」


 眉尻を下げるイアンは困った様子であった。まぁ、そうだよな。ここに来てからずっと彼と共にいるが、どうやら単なる下っ端っぽいし。彼の判断ではどうにもならないというのは事実だろう。


 では一体誰に頼めばいいのやら。

 うんうん頭を悩ませていれば、雪音ちゃんが「マルセル殿下に頼めばいいのでは?」と非常によろしい提案をしてくれる。


 マルセルはこの国の第一王子らしい。要するに次期国王ってわけだ。間違いなくお偉いさんだ。


「じゃあマルセルに頼もう!」


 頑張るぞー! と拳を上げれば、雪音ちゃんも一緒になって「おぉー!」と乗ってきてくれた。頼もしい限りである。



※※※



 マルセルはその日の夕方にやって来た。


 本当は雪音ちゃんとふたりで交渉に立ち向かいたかったのだが、忙しいとお断りされてしまった。というわけで俺は単騎でマルセルと対面している。一応イアンも同席してはいるが、彼はただのお世話係的な人である。手助けはあまり期待できない。


「マルセル殿下!」

「なんでしょうか。ミナト様」


 俺に対して敬語プラス様付けで対応するマルセルは、どうも心の底から俺のことを神様だと信じているらしい。悪い冗談だ。一体俺のどこを見てそんな神聖な存在と勘違いしているのか。


「外に出たいです!」

「ご冗談を」


 冗談ではないが?

 え? どういうタイプの冗談ですか?


 再度「外出したい! お出かけしたい!」と主張すれば、マルセルは「ミナト様を危険に晒すわけには」と渋ってしまう。だから危険ってなんだよ。ただの成人男子相手にどんな危険があるっていうのだ。このままでは息が詰まって限界がきそうである。大袈裟に頭を抱えて唸ってみる。


「暇すぎてもう耐えられない。こんな扱いはあんまりだ」

「……少し、考えさせてはくれませんか?」


 お? なんだか少し折れてくれそうな雰囲気だぞ?


 こくこく頷けば、マルセルは「護衛や外出先など、色々考えなければならないので」と言い添える。


「やったぁ!」


 これはもうOKをいただいたも同然だ。両手を上げて喜べば、マルセルが顔を綻ばせる。


「ミナト様の幸せはこの国の幸せにもつながりますからね」

「つながらねえよ?」


 なにはともあれ、お出かけである。俺の心は久しぶりに浮き足立った。

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