執筆初心者さんのための公募向けラノベ道場9/20

川原水葉

肉じゃが

 秋の深まる夕暮れ時の台所で、私は娘のピンク色の真新しいエプロンの紐を結んで整えてやった。まだ小学五年生の娘は家庭科の授業も始まったばかり。料理に興味を持ってくれたのは良いことだ。

「雫ちゃん、ママのお料理で一番好きなメニューってなぁに?」

 娘は振り返ると、少し思案するように首を傾げる。

「そうだなぁ、ママの煮込みハンバーグは大好き! それからグラタンと……、後、運動会と遠足のお弁当にいつも入ってたポテトサラダ!」

 そうだねぇ、と頷きながら他には? と促す。

「あまーい卵焼きも好きだよ!」

「ママもあまーい卵焼きは大好き。だけど、それじゃお弁当になっちゃうね」

 そっか、と少ししょんぼりさせてしまった。

「お料理のお勉強はね、雫ちゃん。一緒にやって見ることからだよ。ママもお母さんにそうやって教わったの」

 今日は娘の発案で料理の勉強に二人で夕食のおかずを作ることになっているのだ。

「だから、今日はママのお母さんの大好きなお料理『肉じゃが』やってみよう。お母さんから受け継いだ味だから、雫ちゃんも覚えてくれると嬉しいな」

 娘の顔がぱっと華やいだかと思うと、早速用意してきたのだろうメモ用紙と鉛筆を取り出した。

「地方によって作り方は違うのだけれど、今日はママのお母さんから習ったやり方をやるよ?」

 そう言って材料を冷蔵庫から取り出す。

「まずは牛肉、大きい玉ねぎ二個とじゃがいもはこのくらいの大きさなら五個かな。煮崩れないようにメークインを使ってね。次に人参は一本使うよ」

 娘がメモに材料を書き終わるのを見計らって、手を洗うように言う。私はその隣で材料をしっかりと洗う。

 そして、包丁を二本取り出した。

「ママぁ、私包丁で皮剥きしたことないよ」

 不安そうな娘を前にふふと笑う。

「最初はゆっくりでいいよ? ママと同じように持ってみて?」

 そうそう。私も最初は芋の皮剥きおっかなびっくりだったんだよね。よくお母さんに食べる芋がなくなるって怒られたっけ。

 皮を剥いて、芋は一回水にさらして、切り分けたらお鍋に油を引いて調理開始だ。肉を炒めて野菜に油が回ったらひたひたになるくらいに水を入れる。

「ママ! ひたひたって分量わかんないよ! それに砂糖もお出汁もお醤油もそんなにささっと入れられたらメモ取れないじゃん!」

 ははは、とつい笑ってしまう。三十年前に全く同じセリフをお母さんに言ったっけ。

『お料理は見て覚えるものよ』

 お母さんの笑い声が聞こえた気がした。

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