学園系ラブコメの”ショートショート作品”集(SS作品)Season4

譲羽唯月

彼女のいない俺に初めて出来た恋人

 高校二年生の佐藤莉久さとう/りくは、好きな子に告白する勇気を出せず、心の片隅で、いつかあの子の心に届けばいいなと淡い願いを抱くだけの日々を送っていた。


 そんな莉久が想いを寄せる相手は、クラスメイトの保科美悠ほしな/みゆ――誰もが認める可憐な美少女だ。輝く笑顔と優しい性格で、クラス中の視線を集める存在だった。


 ある朝、HRが終わった後の喧騒の中、莉久はいつものように教室の片隅でぼんやりと時間を潰していた。

 すると、突然、軽やかな声が彼の耳に飛び込んできた。


「ねえ、佐藤くん、今ちょっと時間ある?」


 美悠の声だった。莉久が座っている席の前に立つ彼女の大きな瞳がまっすぐ莉久を見つめている。驚きのあまり、莉久は思わず声を裏返らせた。


「え、う、うん、別に予定はない、けど……」


 教室の空気が一瞬にして変わった。

 周囲のクラスメイトたちがざわめき、好奇心に満ちた視線が二人に集中する。


「え、待って、保科さんが佐藤に話しかけてる」

「何⁉ まさかあいつに気があるとか?」

「いやいや、そんな展開あり得るのか⁉」


 囁き声が飛び交う中、美悠は少し微笑んで続けた。


「じゃあ、ちょっと外で話さない?」


 莉久はゴクリと唾を飲み込み、こくんと小さく頷いた。心臓がドクドクと暴れ出し、頭の中は真っ白。


 美悠の後を追って教室を出ると、クラスメイトたちの視線が背中に突き刺さる。


 二人は廊下を並んで歩き、校舎の屋上へと向かった。そこは、柔らかな風が吹き抜け、空がどこまでも青く広がる場所。

 屋上に立つ美悠は、風に揺れる髪を軽く押さえ、莉久をまっすぐに見つめた。

 そして、突然、衝撃的な言葉を口にしたのだ。


「ね、佐藤くん。私と付き合ってみない?」


 その瞬間、莉久の頭は完全にフリーズした。

 目の前の美悠の瞳は真剣そのもの。頬にはうっすらと赤みが差し、冗談などではないことが一目でわかった。


「え……お、俺なんかで……本当にいいのか?」


 声が震え、心臓は破裂しそうなほど高鳴っていた。恋愛経験ゼロな自分に、こんな夢のような展開が訪れるなんて信じられなかったからだ。

 美悠は小さく笑い、優しく頷く。


「うん、佐藤くんがいいの。実はね、ちょっと前から気になってたんだ。毎朝早く来て、教室を綺麗にしてるの佐藤くんでしょ? 誰も見てないと思ってやってると思うんだけど、私、気づいてたんだから。そういう真面目で優しいとこ、すごく好きなんだよね」


 その言葉に、莉久の胸の奥で熱いものが込み上げた。

 誰にも気づかれていないと思っていた自分の小さな努力を彼女が見ていてくれたのだ。

 それだけで、心が震えるほど嬉しかった。


「お……俺も、美悠のことが好きだったんだ。前々から……だから、付き合いたいと思って、その……」


 チャンスだと思い、莉久も返答した。

 短い言葉だったが、そこには莉久の全ての想いが詰まっていた。勇気を振り絞ったその瞬間、美悠の顔にキラキラと輝く笑顔が広がった。


「よかった! じゃあ、これからよろしくね、莉久くん!」


 美悠は無邪気に手を差し出した。

 莉久も少し照れながらその手を握り返す。


 二人の手が繋がった瞬間、屋上の風が優しく二人を包み込んだ。

 青い空の下、二人の新たな学校生活が始まったのである。

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