⑤ 自分だけが知る優しさ
月曜日がやってきました。
教室で、のどかが先生の机に提出した宿題の日記帳は、何人かの男の子の手にとられ、回されています。くすくすとこちらを見て笑いながら。
「おばあちゃんと温泉に行って楽しかっただって。まだうちの人と一緒に風呂に入ってるのか?」
中でも速水くんはいつも決まって、わざときこえるように言うのです。
もう、ホームルーム開始のチャイムが鳴るまであとわずか。
教室にはほとんどのクラスメートがそろっています。
――チャンス。
のどかは音もなくすくっと席を立ちあがりました。
思いがけないことに、みんなが注目します。これなら、大声を出さなくてもすみそうです。
なんでもないように、言いました。
昨日から決めてきた、一言を。
「あんただって、お母さんと手をつないでたじゃない」
そして、決定打。
「昨日スーパーの駐車場で、写真とったんだから。これ以上いじめるとみんなに見せてやるんだから」
教室中が、しーんと静まり返りました。
さっと、速水君の顔が、ゆがみます。
「……そう言うの、脅しっていうんですけど」
さすが、いじめっ子。ただでは黙ってくれません。
でものどかも、負ける気はありませんでした。
推理小説にはまりだしたつい昨日、インターネットで調べた知識を披露します。
「巾着を破いたのは器物破損。嘘のうわさのよる偽証罪と名誉棄損は何回も」
がたんと、音をたてて、椅子に座りました。
「いじめっ子だって立派な犯罪者なんだから」
そのあとは、かっこよく、本を読んでいるふりをしつづけました。
内容はさっぱり頭に入ってこなかったけれど。
速水君も、ほかの男の子もそれきり、黙っていました。
「おばあちゃん。ごめんね。巾着袋、転んで破いちゃったの」
その日学校から帰ると、台所で、のどかは正直に、おばあちゃんに告げました。
でも、どうして破れたかはないしょです。
いじめられたと言うとおばあちゃんはきっと悲しむから。
「まったく、のどかたったら。どうやったらこんなに破けるの? またぼうっとしてたのね」
お買い物から帰ってきたお母さんにも、運悪く見つかってしまいましたが。
「まぁ、のどかも元気がでてきたってことでしょう。だめになったらまた作ればいいよ」
おばあちゃんはいつもながら、やんわりお母さんをなだめてくれました。
ぺこりと下げた頭を上げると、のどかは言いました。
「おばあちゃん。わたしアイリーン・アドラーになったの」
つぶらなその目はきらきらと輝いていました。
「男の子に負けなかったんだよ、わたし」
「そうかい」
おばあちゃんは笑いながら、頭をなでてくれます。
いつものように、なにもきかずに。
「のどかなら、いつかはやると思ってたよ。なんたっておばあちゃんの孫だものね」
笑いじわのある目で、おばあちゃんは美しくウインクしました。
本を読んで描いたアイリーンのイメージとちょっとだけ似ていました。
まんまとホームズに写真のありかを知られてしまったアイリーン。
でも、勝負はまだ終わりませんでした。
頭のいい彼女は、自分にいっぱいくわせたのがホームズであることをたしかめるために、男装してあとをつけたのです。大胆にも、彼にあいさつまでしますが、ホームズは、彼女だとは気が付きません。
翌朝、写真を取り返しにホームズがアイリーンの家を訪れると、すでにそこは空。
アイリーンからホームズにあてた手紙だけが残されていました。
私自身の身を守るため、王様と二人の写真は持っていきますと、アイリーンはホームズに勝利宣言するのです。
のどかは一人、笑いました。
お母さんに手を伸ばした速水くんを写真にとった、なんて嘘だったのです。
アイリーンのように自分を守る武器を形に残さなかったのは、のどかだけが知る、のどかの優しさでした。
昨日の夕暮れ時、お母さんのあとをついていく彼を見ていたら、いつしか震えは消えていました。それどころか、彼がちょっぴりかわいそうに思えたのでした。
のどかには、思いきり甘えられるおばあちゃんがいるけれど、速水くんにはそういう人がいないのかもしれません。彼がお母さんと手をつなげる日がくるといいとさえ、思ってしまうのは、やはりお人よしでしょうか。
また繕いなおしてあげるよというおばあちゃんに巾着袋をわたしながら、のどかは思います。
でも、真剣な勝負は勝負。
この嘘は護身用に、もう少し、明かさないことにしましょう。
~名作ドレス工房 報告書~
星崎幾夜様
・お客様……三枝のどか様 小学四年生
・どの作品の誰のドレスか……シャーロック・ホームズ短編集『ボヘミアの醜聞』より、アイリーン・アドラーのドレス。
・デザイン……夜空色のキュロットワンピースとケープ。ケープの裏には紫とピンクに染めた星屑を散らして。
・効用……闇夜に乗じてホームズをつけたアイリーンのように、周りの注目を自分からそらす。
・訪れるチャンス……ちょっとだけ策士になっていじめっ子の弱みを握る。(アイリーンがかつての恋人の写真を武器に、ホームズとたいとうにわたりあった力を借りる)
・よかったと思うところ
ドレスを返しにきてくれたのどか様は、自信にあふれた笑顔でした。
自分の中の美しいところは自分だけが知っていればいいと気づけたようです。
・反省点
お客様に味方しすぎて、その場でいじめっ子をこらしめるチャンスを与えるドレスをリメイクしたのはやりすぎてしまったと思います。のどか様が優しい方だったから大事にはならなかったけど、今後こういうチャンスを生み出すドレスをご提供するときは、よく考えたいと思いました。
・備考欄
誰かを傷つけることもできるから、ドレスの使い方は注意しなくてはいけないと言われていたのに、いじめっ子をこらしめるなんてだいたんなことをしてしまいました。星崎さん、ごめんなさい。のどか様の苦しみがどうしても止まってほしかったんです。
星崎さんもわたしがいじめられたら、きっと守ってくれると思います。
だから、許してください。心からおじぎ。
店主 本野夢未
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