第3話 初めての経験。抱く思い
ベッドに倒れこむと、きしむ音が鳴る。
「今日はありがとう。君のおかげで色々と経験することができた」
「私にとって大切で忘れがたい、君と過ごす初めての”思い出”だな」
「しかし、与えられてばかりではアイロイドの名が廃る」
「だからだな……」
ベッドに乗り上げ、控えめにきしむ音が近づいてくる。
「私からも少しばかりの気持ちを捧げたい……もらってくれるか?」
甘く囁くアルカ。
「そうか、それはよかった!」
パッと離れる。
「ならこっちに来てくれ」
パンパンと腿を叩く音に、起き上がる。
「耳かきをしてやろう」
「……なにをそんな呆けた顔をしている?」
「ふっ、安心してくれ。ちゃんとオイルマッサージも行う」
「ほらこっちに来るんだ」
引きずるように近づき、頭を乗せる。
「ふむ……」
両耳の輪郭をたどるように指がなぞる。
「よし、まずはマッサージだ。オイルを使って伸ばしていく」
ボトルを振り、キャップを開ける。
「……では始める」
両耳のマッサージが開始される。
「グニグニ……グニグニ……」
オノマトペを交えながら、優しく押し込んだり、揉んだりされる両耳。
「どうだ……気持ちいいか……」
「低気圧による頭痛には内耳の血流を促進させることで痛みを和らげる効果がある……」
「耳介マッサージ……今日みたいな雨に日にはぴったりだろう……?」
「グニグニ……ムニムニ……」
「体が温まると副交感神経が活性化して眠気もやってくる……」
「欲求に身を任せて、どうか安らぐといい……」
「グニグニ……ムニムニ……」
囁きながら続けることしばらく。
「ふむ……まだ眠くならないか?」
「まぁ慌てることはない。まだメインの耳かきが残っているからな」
「では、その前にオイルをふき取っていく」
アルカはタオルを取り出し、両耳を優しく包んでいき、指で耳の中まで丁寧に拭っていく。
「さて、準備は完了した。ここからがメイン……今日の仕上げだ」
「耳かきだ」
「最初は煤竹の耳かきで、軽く掃除していく」
「左耳を上に向けたまえ」
腿の上に右耳を乗せる。
「では始める……」
「カキカキ……ガリガリ……」
ゆっくりと耳かきが耳道内が掻いていく。
「知っているか? いまこうしてやっている耳かきだが、必ずしも耳掃除の必要性がないことを……」
「自浄作用と言うのだが、何もしなくても耳垢は体外に放出されるようになっているんだ……」
「いうなれば皮膚の新陳代謝であるターンオーバーと同様に耳垢は耳道内を保護しているわけだ……」
「カキカキ……ガリガリ……」
十数秒後に繰り出され、囁く知識に疑問を抱く。
「……その顔、”じゃあなんで耳掃除をしているのか?”とでも言いたげだな……」
「ところで君はラーメンが好きか? ラーメンを栄養学の観点から見た時、麺の糖質とスープの脂質で主に構成されている。ビタミンや食物繊維が不足しがちな料理だ。加えて塩分濃度も高い……」
「研究結果によれば週三回以上の摂食は健康に多大なる悪影響を及ぼすそうだ……」
「だが、そんなことを気にして食べる人間は僅かだ。”栄養が偏るから食べない”ではなく”美味しいから食べる”……」
「耳かきも同様に”気持ちが良いから行う”んだ……」
「カキカキ……ガリガリ……」
「それに、君はこれから私の作った料理が食事の殆どを占めることになる。健康リスクは考慮せず、存分に堪能するといい……」
「ふー……」
アルカは耳に息を吹きかける。
「よし、次は右耳だ。反対こにしてくれ」
「どうした……? なにかおかしいか?」
「”反対こ”とは言わない……?」
「………右耳を始めるぞ」
アルカは小さく唸ると、有無を言わさず耳道内を掻き始める。
「カキカキ……ガリガリ……」
「そう言えば、知っているだろうか……? 鼓膜が破れることを正式に”鼓膜穿孔”というそうだ……」
「鼓膜穿孔には気圧の変化や慢性的な中耳炎、外傷性による要因があり中でも耳掃除なんかでも穴が空いてしまうらしい……」
アルカは吐息を感じるほど近づき、
「───試してみるか?」
低く、囁く。
「ふっ、冗談だ。人間の治癒力は驚くほど高い。そんなことをしても、小さな穴なら一ヶ月もあれば塞がる」
「これはちょっとしたお返しだからな。ふふっ」
「それに私が君を傷つけることはない。安心して身を委ねてくれ……」
再開する耳かき。
「言い忘れていたが、中耳炎のリスクも考慮して必要以上に耳垢は取ることはない……」
「この耳かきはマッサージで耳垢を除去することを目的としていない、いわばリラクゼーションだ……」
「………気持ちがいいものだろう?」
「それが私なんだ……」
「……知識もあり、心遣いもできる君だけの存在なんだぞ……」
「ふー……」
アルカは耳に息を吹きかけ、顔を上に向かせる。
「どうやら、目を開けるのもやっとのようだな……」
「なら次で終わりにしよう」
手元に綿棒のケースを手繰り寄せる。
「両耳での同時耳かきだ」
耳の周囲を巡る、振られる綿棒のケース。
「独特な音だな……面白い」
蓋を開け、両耳の添えられる綿棒。
「では、行くぞ……」
耳かき棒とは違った、ゴワゴワとした音が耳道をくすぐる。
「撫でるように……添えるように……」
「しょりしょり……ぞくぞく……」
「気持ちよさそうな君を見ていると私も嬉しい……」
「なら、まわしながらの耳かきもどうだ……?」
耳道内で回転する綿棒。
「また違った音がするだろう……」
「くるくる……ぐるぐる……」
「ふふっ……いい顔をしている」
「次は高速耳かきなんてのもどうだ……?」
高速で小刻みに動く綿棒。
「ぞりぞり……ぞりぞり……」
回転と小刻みを交互に繰り返していくことしばらく。
「ふぅ……これにて終わりだ……ん、眠っていたか」
ベッドの定位置に運ばれ、髪を撫でながらアルカは呟く。
「マスター……私の、私だけのマスター……」
「君と会えて、よかった……」
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