最終章 未来(みらい)

病院の白い天井を見上げながら、誠一は目を覚ました。

 全身に鈍い痛みが残っている。事件の夜に受けた傷が、まだ癒えていなかった。


 病室のテレビでは、警察の記者会見が流れていた。

 副町長の防災無線の内容、逮捕された副知事の安否、拳銃の使用が適正であったかどうか――。

 だが娘のことを問う声は、どこにもなかった。


 あれほどはっきり「未来刑事だ!」と無線に流れたはずなのに、まるで最初から存在していなかったかのように処理されている。

 娘が消えた瞬間、未来という女は、最初から存在していなかった。


 誠一だけが、娘の存在を知っている。


 未来という女は、確かにいた。


(夢だったのか? ……でも、俺の手には、まだあの温もりが残ってる)


 そういえば、あいつは勝手に俺の名前でホテルに泊まりやがった……。

 あのホテルに行けば、何か分かるかもしれない。


 “渋沢栄一”


 脳裏に、虹色のホログラムが焼き付く。

 一気に胸が高鳴り、痛みを押し殺しながら財布を引き寄せた。


 そこには、渋沢栄一が微笑むように、娘がこの時代に存在していた証が刻まれていた。


 夢じゃない。

 確かにいた。

 俺の娘だ。


 涙が頬を伝うその時――病室のドアが勢いよく開いた。


 誠一の彼女、由奈が立っていた。

 くしゃくしゃに歪んだ顔、溢れる涙。


「……もう、こんな危ないことはやめて」


 由奈は、誠一に駆け寄って訴える。


「すまん……心配かけた」


 由奈は首を横に振り、声を詰まらせながら告げた。


「ウウン……もう私だけじゃないの。だって……黙ってたけど、もう私のお腹には、あなたの子どもがいるの」


 誠一の胸に衝撃が走る。

 由奈の震える手が、そっと腹部に触れた。


「まだ男の子か女の子かはわからないけど……」


 誠一は静かに目を閉じ、あの夜の光景を思い出した。

 抱きしめた娘の温もり、父を想う声。

 あんな娘は他にはいない。


「……もし女の子だったら、名前の候補があるんだ」


 誠一は由奈を見つめ、慎重に言葉を紡いだ。


「“未来”って名前はどうかな。君と一緒に、考えたいんだ」


 由奈は涙で濡れた瞳を見開き、それから小さく頷いた。


 誠一は心の奥で、そっと語りかける。


(……おかえり、未来)


 そして、力強く微笑んだ。

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