第11話 命の順番ーー父との誓い
防災無線室の鍵は、父が事前に借り受けていた。
――ボヤ騒ぎの再検証、というもっともらしい理由をつけて。
怪文書も一日がかりで書き上げ、副町長をあの部屋へと誘い込む布石は整った。
残るはタイムテーブル通りに掲示し、計画を動かすだけ。
決戦を翌日に控えた夜。
家の薄暗い居間で、未来は資料の束を抱えたまま、父と向かい合っていた。
父はしばらく黙っていたが、不意にぽつりと問う。
「……お前の未来は、どうなるんだ」
未来は、言葉を選ぶようにして答えた。
「副町長は逮捕される。町長になることもない。冤罪の逮捕も防げる。
汚職議員が国会でのさばることもない」
だが父は首を横に振り、鋭い眼差しで娘を見つめた。
「そうじゃない。俺が聞いてるのは――お前自身の未来だ。
そんなに過去を変えてしまって、元の時代に戻った時、お前はどうなってるんだ?」
未来は一瞬言葉を失い、それから小さく笑った。
「……命の順番、だよ」
その言葉に、父ははっと顔を上げた。
――かつて、自分が未来に語った言葉。中学生の娘が病院でお見舞いに来てくれたあの日。
犯人を逮捕する際に怪我を負った自分のベッド脇で、未来は真剣な眼差しで聞いていた。
『命の順番。まず一番は被害者。次に被疑者。そして最後が刑事だ』
それは、父の憧れの先輩刑事の信念だった。
その先輩の真似をして、父はいまもロレックスを腕にはめている。
未来は静かに続けた。
「私も、同じ刑事だよ。自分の命を一番にしてたら、真実には辿り着けない。
それに――私がこの時代に来たのは使命があるから。
それを果たせば、きっと元に帰れるって、そう感じるの」
未来の瞳は強く、それでいてどこか不安げだった。
「でも……もし私が生まれてこない未来になったら、そのときは消えちゃうのかな。
誰も私のことを覚えてなくて……。そうなったら、さすがに悲しいなぁ」
父は未来を見据え、低く、しかし揺るぎない声で言った。
「忘れやしないさ。世界中のみんながお前を忘れたとしても――俺だけは、必ず」
その誓いは、夜の静けさの中に深く刻まれた。
明日を待つ前夜、父と娘は互いの未来を抱きしめるように、ただそこに座っていた。
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