第8話 お金がない
「どうしよう…」
未来は財布を開き、肩を落とす。
警察署を出る際、受付の女性に近くのホテルを尋ねた。
古びたホテルに辿り着いた未来は、チェックインしようとして重大な事実に直面する。
財布の札には、憮然とした顔の渋沢栄一と津田梅子。
「そうだよぉ…これ全部使えないじゃん」
旧札は夏目漱石が1枚。他は見当たらず、未来は愕然。
素泊まり3480円が遠く感じる……。
「でも硬貨は!硬貨はいけるよね!」
未来は小銭入れをガサガサ。
この時代でも使える古い硬貨は、平成12年より前……
令和元年、「ダメ!」
平成25年、「ダメ!」
平成14年、「……惜しい」
財布に残った硬貨は昭和のもの数枚。夏目さんを合わせても1350円。
素泊まり3480円には、まだ届かない。
「あのぅ…今日泊まるのやっぱり無しで……私、帰りま……」
そう言いかけた瞬間、父から渡された名刺を思い出す。
連絡先が書かれていれば事情も説明できる――。
だが名刺には警察署の電話番号と内線番号しかなかった。
未来はじっと見つめ立ち尽くす。
「あなた、君島刑事さんの知り合いなの?」
女性は少し気を許した様子で尋ねる。
「ええ!もちろん!娘……じゃなくて、カレシ!そう、彼ピッピですからねぇ〜」
未来は戸惑いながらも、とっさに嘘をつく。
意外にも女性は頷く。未来は矢継ぎ早に言葉を重ねる。
「誠一ったら火事があったらしく、これ持ってホテル行け!金は後で俺が払うって飛び出しちゃったの」
「だから、これで泊まらせてくれます〜?」
野宿は避けたい。
こちらに来て何も食べていない。
娘の私が父からお金を借りるのに遠慮はない。
吹っ切れた未来は名刺を差し出す。
「君島さんには、このホテルのお客さんのトラブルで色々お世話になってますから、分かりました」
女性は名刺を受け取り、ルームキーを渡す。
「そうでしょー、あの人なかなか仕事熱心でね〜、まぁ困るんですけどね〜アハハハ」
ルームキーを受け取り、部屋に向かう未来。
今日野宿せずに済んだことに、ほっと安堵する。
部屋に着き、思いついた作戦を整理する。
今日の火事場が役場の防災無線室なら、チャンスがある。
無線室に忍び込み、副町長を呼び出して無線のスイッチを密かに入れる。
そこで未来で得た事実を突きつけるつもりだ。
おそらく、あいつは私を消そうとするだろう。
しかし無線で大勢の人に放送されれば、下手な言い訳は通じない。
冤罪の被疑者にも捜査が及ぶことはない。
ただ、私がやられたら――身元不明の遺体として処理されるのだろうか。
案外……未来に戻れたりして……。
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