冬の刹那

波止関✖️

第1話 死んだだけ。

街はうるさくて、でも良く聞いてみると案外人の声は少ない。強い風と共にくる電車の音が、髪を崩しつつ頭に響く。

黄色い点字ブロックの内側に立つ私。

冬の匂いがしていた。

うるさくて明るい街に、静けさと緊張を注ぐ白い匂い。雪の降らない銀世界。

そんな、二月頭の冬の匂い。






I 赦せれば


どうやらこないだ祖母が死んだらしい。

朝、電話がかかってきた。

「いやだから、今からはむりだって!」

「おばあちゃんのお葬式だろうがなんだろうが、今は無理!私これから面接なんだけど第一志望の!」

なんど言い訳しても、“でも”を多用されて水掛け論争になる。

仕方なく、スケジュールギリギリで火葬だけ行くことにして、電話を切った。

上京してから長いこと連絡もとっていなかったし、伝えられたのも最近。その時にはすでに面接の予定があった。

祖母は最近具合が悪いことは知っていたが、思ってたよりもあっけなく死んだ。

なんの前触れもなかったそうだ。

さすがに私にも人の心はあるためお葬式も向かいたいが、死んだ人のために私のこれからの人生まで終わらせられない。

特に大きな思い出もないし、変な後悔も後ろめたさもなかった。

他人を背負うと耐えられなくなる。

前に進めるものしか背負わない方がいい。

気づけば先ほどの電話で多く時間をとっており、家をでるまであと十数分しかなくなっていた。

急いで支度をして、その後は特に何もなかった。


      ◆◇◆◇◆◇◆


あの子が上京してからお母さんが死んで、伝えるのが遅くなったからか面接がどうだとか言ってお母さんの葬式を参列できないと言っていた。

「本当にそれで平気なのね?って…切れちゃった」

火葬だけはくるらしいが、随分と薄情だな、と思う。深いことは考えないようにしているのかもしれないと思うと申し訳ないが、それでもいい加減すぎる気がする。

不満と同時に、最近の子は就活が早いなと驚いていた。

「せっちゃん、なんだって?」

夫の一が聞いてきた。今の会話を聞いていれば分かるだろと思いつつ、

「これがら面接だがら、火葬だげぐるってさ」

そう答える。

「就活か、大変だな」

そう言って再び新聞に目を落とした。

納得しているのが何となく悔しい。

「上京してがら大して連絡ねえし、挙句に自分のおばあちゃんの葬式まできねえなんてさー」

連絡してないのは私だってそう。あの子への怒りよりかは、今の話を聞いて怒っていない夫への怒りだった。

「男でもいるんじゃねえのが?」

そういう話じゃないのだが。

「そういうタイプじゃねえべ、あの子。結婚しなさそうだし。」

結婚しないのが悪いとは思っていない。ただ、世間が思っているだけだ。

「そーたもんか」

大した中身のない会話をしているうちに、時間が迫っていた。

「さ、私たちもそろそろ行ぎましょ」

服は随分と黒く、私たちがお母さんを殺した犯人のようだった。


      ◆◇◆◇◆◇◆


面接を終えたあと、電車に乗って急いで火葬場に向かった。

田舎で街灯が少ないこともあり、着いたころにはすっかり暗くなっていた。

お坊さんがよく分からない言葉を唱えている。

意味がよく分かっていないまま焼香をする。

棺の中のおばあちゃんは、うすらピンクの口紅をしていた。

火葬場までの車に乗る。

星のまたたきが激しい日だった。

火葬場について棺が燃やされると、その炎は明るく燃え上がり、私の正面のみを照らし、私の後ろに大きな影を作った。

副葬品も投げ入れ、周りが手を合わせてお祈りしていた。それに合わせるようにして私も手を合わせたが、目は開けていた。

美しかった。星と炎が映えていた。

そして、体の片方だけが暖かく、その感覚が好きだった。

パチパチと音を立てて散る火花を見ながら、ずっとここにいたと思った。

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冬の刹那 波止関✖️ @kaguranima

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