BLゲームのモブに転生〜主人公が攻略相手を決めたので、別の攻略対象を揶揄ってみました〜

陽七 葵

第1章

第1話 BLゲームの世界に転生しました。

 桜が舞い散る新学期。

 一つ歳下の弟も入学式を終え、既に二週間の時が経ったある日のこと——。


 いつものように弟と共に徒歩で学園に向かう。


「兄上、今日は話しかけて来ないで下さいね」

「顔が似てないからって恥ずかしいのか?」

「そういう訳じゃありませんが、恥ずかしいのは事実です。マクシミリアン殿下のような方が兄上なら、自慢のしがいもあるってものですけどね」


 うっとりとする弟のシリル・セルトン(十六歳)は、我がエアリー王国の第二王子であるマクシミリアン・エアリー(十七歳)を崇拝している。将来は、マクシミリアン殿下の下で働きたいと思っているようだ。


 そんなシリルと俺は顔が全く似ていない。同じセルトン男爵とその妻から生まれたにも関わらず、顔の造りから瞳の色、髪の色までまるで違う。


 シリルは紫の髪にエメラルドグリーンの瞳を持っており、その大きな瞳はキリッと気の強さを感じさせる。そして、誰もが羨むイケメンだ。


 対して俺カイル・セルトン(十七歳)は、黒髪黒目のどこにでもいるような顔をしている。唯一の長所は、童顔ということくらいか。何かと大人には可愛がってもらえる。


「何なら、マクシミリアン殿下の側室でも狙ったら良いんじゃないか?」


 冗談まじりに言ったその言葉に、シリルが真剣な面持ちで返してきた。


「兄上にしては妙案ですね」

「は?」

「僕は、マクシミリアン殿下の側室……いえ、正室になれるよう頑張りたいと思います」

「シリル、今のは冗談で……」


 シリルは、自分の世界に入ったようだ。何やらブツブツと攻略方法を練っている。


(シリルとマクシミリアン殿下が結婚かぁ)


 目を瞑って、二人のタキシード姿を想像してみる。


(意外にありかも……ん?)


 何故か、その光景に見覚えがある。

 そして、次々にフラッシュバックされる映像の断片。

 シリルとマクシミリアン殿下が二人で幸せそうに笑う顔。喧嘩をしている二人。サプライズをしてマクシミリアン殿下が驚く様。様々な描写が、よりはっきりとしたものに変わっていく。


 そして、一人の女の子の声——。


『お兄ちゃん。ちょっとこれ、代わりにやっててくんない?』

『何で俺が』

『私、一週間近く修学旅行でいないから。毎日七時と十九時にイベントあって、アイテム貰えるんだよね』

『はぁ……何で俺がBLゲームなんて』


 この記憶は……何だ?

 もしかして前世の記憶?

 そうなると、俺は死んだのか?

 分からないが、確かなことがある。


 カイルはシリルの顔を見る。


「マジか……」

「兄上?」


 シリルは主人公だ。

 この顔は、間違いない。


『さすが主人公。俺もこんな顔に生まれてぇ』


 と嘆いた記憶がある。


 でも、シリルが主人公なら俺は……?

 攻略対象は、マクシミリアン殿下とその他三人。しかし、俺はマクシミリアン殿下しか攻略していないので、他は名前すら知らない。


(まぁ、兄を攻略なんてないだろうから、サポートキャラ若しくは、ただのモブだろうな)


「兄上、どうかしましたか?」

「いやぁ、イケメンに生まれなくてよかったなぁって」


 イケメンなら攻略対象の可能性が高い。

 俺は、男同士の恋愛なんて御免だ。自由気ままにそれなりの令嬢と結婚して、三人の子の父親になる。

 危うく俺の未来設計図を壊されるところだった。


◇◇◇◇


 そうこうしている内に学園に着いた。

 シリルと共に門の前に立つと、俺は呆気に取られた。


「何で気付かなかったんだ。俺……」


 目の前には、日本の高等学校を思わせる学園が建っている。屋敷や街並みは中世ヨーロッパを思わせるのに、ここだけ見れば『ザ・日本』だ。中途半端すぎる。


 確かに、古風なものは沢山ありながらも、トイレは水洗だし衛生面や生活インフレは十分すぎるほどに整っている。

 そして、一番おかしいのは、この世界には魔法があるということ。この学園もそれを習うべくして建てられている。

 そんなファンタジー要素満載の世界、何故普通に受け入れていたのか不思議でならない。


 そこへ、シリルの友人であるクロード・ウィルビーが現れた。銀髪に澄んだ水色の瞳の彼は、線が細く中世的な顔立ちをしている。毎度目を奪われてしまう程に綺麗で美しい。

 ただ一つ、彼には欠点が……。


「ふんッ、相変わらずの間抜け面だよね。こんなのがシリルのお兄さんだなんて、シリルが可哀想」

「なッ」


 非常に口が悪い。

 公爵令息だからか、上から目線でクソ生意気だ。何故、男爵令息のシリルと仲良くなったのかは不明だが、俺に対する態度は先輩後輩のそれではない。

 シリルが少々生意気になってしまったのも、クロードが原因と言っても過言ではない。


 ちなみに、爵位など学園では無いに等しい。皆平等。強いて言うなら先に産まれた方が偉い。日本のそれと一緒だ。


「ほら、突っ立ってないで、荷物持ちでもしたらどう?」


 クロードが俺に鞄を投げて来た。

 反射的にそれを受け取る。

 

「さぁ、シリル。行こう」


 生意気なのは俺に対してだけ。クロードは、シリルには優しいのだ。


 そこで俺はハッと気付く。


(コイツがもう一人の攻略対象か!)


 見るからに他よりズバ抜けて良い容姿。身分の差があるにも関わらず主人公であるシリルと仲が良い。決定だ。


 そして、シリルの大好きなマクシミリアン殿下が乗る王族の馬車が到着した。

 どの馬車よりも煌びやかな装飾が施されている馬車からは、金髪碧眼の美青年が現れた。切れ長な瞳に、スッと通った鼻筋、形の良い唇。日焼けを知らないような陶器のような白い肌。正に白馬に乗った王子様だ。


 マクシミリアン殿下が、シリルに微笑みかける。


「おはよう」

「お、おはようございます! 朝からお目にかかれて光栄です!」

「ふふ、今日の昼、ランチを一緒にどうかな?」

「え、宜しいのですか?」


(あ、このシーン……)


 YESと応えれば、マクシミリアンルートに突入だ。


 もちろんここにいるシリルの回答は決まっている。


「喜んで!」


 マクシミリアンルートに決定だ。


(幸せになれよ。我が弟)


 心の中で祝福する。


 シリルとマクシミリアン殿下は、桜並木の下を二人仲良く校舎の方へと歩き出す。


 取り残された俺とクロード。

 俺は、俺よりも背の高いクロードを見下すように悪戯な笑みを浮かべた。


「はっはーん」

「なに? 気色悪い」

「残念だったな。ヒーローになれなくて」


 なんせ、シリルは今まさにマクシミリアンルートに入ったのだ。他の攻略対象はお役御免なのだ。


 クロードの冷たい手を掬うように取った。


「なッ、何を……」


 驚くクロードを誘うように、指の腹でクロードの手を撫でる。

 

「何なら、俺が相手してやっても良いんだぜ」


 なんて、粋がってみる。

 今まで馬鹿にされ続けたお返しだ。


 馬鹿にしていた相手に馬鹿にされ、さぞ悔しいことだろう。屈辱的だろう。

 しかも、クロードからしたら、俺が何を言っているのか分からないから、それがまた面白い。


「せいぜい、可愛い令嬢でも見つけ」

「そこまで言うなら、相手をしてもらおうかな」

「え」


 クロードに手を引っ張られた。そのまま学園の外まで連れて行かれる。

 門を出たところで突然壁ドンされ、冷たい瞳に見下ろされる。冷や汗が出て来た。


(うわぁ、やりすぎたかな。めっちゃ怒ってる……)

 

 あいにく、既に生徒らは門の中に入っているようで、人はいない。助けを求めたところで相手はあのウィルビー公爵の嫡男。誰も反論はしないだろう。


 謝罪するなら早い方が良い。そう思って頭を下げようとすれば、顎をクイッと持ち上げられた。頭が下がらない。


 クロードは悪戯な笑みを浮かべて見下ろしてくる。


「男に二言はないね」

「いえ、やっぱさっきのは無……んッ!?」


 クロードにキスされた。

 驚きのあまり目を見開いていると、唇が離れる。そして、今まで見たことのないような優しい笑顔を向けられた。


「ふッ、相変わらず間抜け面だよね」

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