提案があります!

kei

第1話 宇野さんの宇は宇宙のウ

「提案があります!」


平野和彦は、その言葉が自分の代名詞になるとは、その日が来るまで夢にも思っていなかった。




和彦の座右の銘は、かねてより「平和」であった。平和より尊いものはない。


事なかれ主義ではない。小学生のころより、いじめの気配があれば間に入り、怪我をした者や熱が出た者があれば保健室に背負ってでも連れて行く。禍根が残らず、後遺症なく、みんなそこそこ元気で無事に過ごす。そういう世を目指していた。


警察でも救急隊でも裁判官でもいい。世を平穏に保つ仕事がしたい。そう願ううちに高校生となった。




『臨時ニュースです。』


朝食のトーストを齧りかけたとき、ニュースの画面が騒然となった。


『中厚市が宇宙人の受け入れを正式に発表しました。』




「母さん、これってここのことかな。」


「そうよ。それより早く食べないと遅刻するわよ!」


宇宙人が実在したということも、よりによってこの街に来るということも、それなりに大ごとのような気もするが、遅刻はいけない。


母の友美は仕事の準備を万端に整えている。あわてて飲み込み、手早く食器を洗って、一緒に玄関を出た。家の前で手を振り左右に分かれる。


振り返ると、友美は普段より少し元気よく見えた。


和彦は、友美の仕事を知らない。宇宙人に関わりがあるのだろうか。


和彦が考えながら早足で歩いていると、幼なじみの宇野宙が早歩きしている。いつものことながら規定通りきっちり着込む制服と、崩れない三つ編みが似合っていた。


「おはよう宇野さん。」


「おはよう平野くん。今日は遅いね。」


「ニュースがあったからね。」


「わたしもそれ。とにかく急ごう!」


競歩のように歩き、ふたりとも遅刻は免れた。




昼休みの話題は宇宙人で持ちきりだ。本物の宇宙人を見たことがあるひとはいない。肌の色が違うのか、目や脚の数が違ったり、浮いていたりするのでは。みんな好き勝手に話している。


「平野くんは宇宙人に興味ないの?」


宇野がいちごみるくを飲みながら聞いてくる。


「隣人になるかもしれないのに好き勝手に言うと後で気まずくなったりするだろ。」


「平野くんのそういうところ、すごくいいと思う。」


手招きするので、和彦は少し顔を寄せた。


宇野が耳打ちしてくる。


「話があるから、放課後にちょっといいかな?」




宇野に連れられて、高台の公園に向かう。雲に夕陽が反射して輝き、振り返る宇野の顔が逆光になってよく見えない。


「ねえ、平野くん。」




わたし、宇宙人なんだ。




「え、ずっと一緒だったのに?」


「これを見て。」


宇野が三つ編みをほどく。髪を下ろした宇野を見るのは初めてで、胸が騒いだ。


ほどけた髪が風になびき、中から、先端が淡く光る触手が出てきた。それはよく似合っていた。


「すごい!触っても構わない?」


二回ほど瞬きし、頷いたので、宇野の触手に指先で触れた。少しひんやりとして、すべすべとした手触り。少し湿っていて、いつまでも触っていたくなる。


そうしているうち、宇野が赤くなっていることに気づいた。


「ごめん。触りすぎた?」


「いいの。それでね、聞きたいことがあるんだ。」


「なに?」


「わたしと子を作ることに興味はある?」


5秒ほど固まる。聞き間違いかと思った。宇野は息を吸い、もう一度大きな声で言い始める。


「わたしと、」


「言わないで!」


彼女は素直に黙った。助かった。


「何を急に言いだすんだ!」


「わたしはね、地球に移住するための先遣隊の家族に連れられてきたの。」


曰く。彼女の星では十五になると成人となり、そのほとんどがその歳のうちに親となるという。地球で育った彼女は、和彦の振る舞いを見るにつけ、相手は和彦しかいないと考えていたのだとか。


「ねえ、興味あるでしょう?」


「そん、な、」


無いといったら嘘になる。だって昨日の晩だって。


「昨日もわたしのこと、」


「なんで知ってるんだよ!」


「あ、やっぱり!」


失言である。


「待て、待ってくれ!僕はまだ学生だ!責任が取れない!」


「養育のことなら、こちらには体制があるので心配はいらない。」


「そういうことじゃない!」


どうする、どうする、どうする!




「提案があります!」




「僕は宇野さん好きだよ。正直興味ある。」


「それなら何の問題もないでしょう。」


「でも一時のことじゃないんだ!幸せで平和な家庭を作っていきたいんだ!」


「それは私もそう。幸せになろうね!」


手を取ってくる。負けそうになる。だめだ。


「それにはまだ経験が足りない。地球では僕はまだ子どもで、収入も無ければ人間としても経験が足りない。」


「いつになったら充分だと思えるの?」


「少なくとも大学を出て、職を得たら。」


「そこまで待たなきゃだめ?また何々が足りないとか言い出さない?」


小首を傾げてくる。髪を下ろした宇野は破壊力がある。唇に、目を奪われる。


「家族になってくれるなら、一生は長いよ。ずっと一緒にいてくれるんだろう?」


「なら年限を決めて。」


「どんな状態でも二十五になったらそうするよ。」


「そうする意思はあるのね?」


「あるよ。」


それは、ためらいなく言えた。


彼女はそのまま暫く目を閉じて、三度ほど深呼吸した。


「その時に必ずそうしてくれるなら、先送りにしてもいい。」


「ありがとう。」


でも、と続ける。


「これは婚約になるからね。約束を違えたら、」


宇野の髪が広がり、日が沈んで暗くなってきたなか、彼女の見開かれた両眼が緑色に輝いた。


「どうなるかは覚悟してね。」


その時ようやく、ああ、ヒトではないのだ、と実感がわいてきたが、後の祭りである。


「わかった。」


「よろしい。」


落ち着いた宇野はいそいそと三つ編みを編みなおす。


「ねえ、とりあえず彼女ってことでいいのよね?」


そういえばそうだ。和彦は頷く。


「なら、」


触れた唇はすぐに離れてしまった。


「これは良いよね!」


また明日、といって、手を振った彼女はあっという間に帰ってしまった。ひとり残された和彦は、暫く立ち上がることができなかった。膝の震えがなにによるものかわからなかった。




和彦の受難は、まだ始まったばかりだ。














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