無能追放? 隠し持った最強特典と生産スキルで、辺境から国家を造ります

かしおり

第1部:勇者召喚と追放 ― 無能扱いから始まる辺境再出発

第1話:ブラック企業と白い部屋

 ピピピピ、ピピピピ……。


 けたたましく鳴り響くアラームに、俺――佐藤海斗さとうかいとは重たい瞼をこじ開けた。

 体は鉛のように重く、思考は霧がかかったようにぼんやりとしている。


(今、何時だ……?)


 霞む目でスマホの画面を見ると、表示は午前3時。

 会社に泊まり込んで、仮眠室の固いベッドで2時間ほど意識を失っていたらしい。


「……起きるか」


 誰に言うでもなく呟き、軋む体を無理やり起こす。

 シャワーを浴びる時間などない。カフェインと栄養ドリンクを胃に流し込み、再びデスクへと向かう。


 俺が勤めているのは、IT業界では名の知れたシステム開発会社。

 聞こえはいいが、その実態は典型的なブラック企業だった。


 月間の残業時間はゆうに200時間を超え、休日出勤は当たり前。

 家に帰れるのは月に数回あれば良い方だ。


「佐藤! このバグ、どうなってんだ! 今日が納期だって分かってんのか!」


 フロアに響き渡る部長の怒声。

 原因は、無茶な仕様変更を繰り返したクライアントと、それを安請け合いした部長自身にある。

 だが、その矛先は常に末端のプログラマーである俺たちに向けられた。


(あんたが受けた仕事だろうが……)


 口に出せるはずもなく、ただ「申し訳ありません! すぐに修正します!」と頭を下げる。

 理不尽な叱責と、終わりの見えない作業。

 仲間たちは次々と心を病んで辞めていくか、過労で倒れていった。


 俺も、もう限界が近いことを自覚していた。

 視界の端がチカチカと点滅し、時折、心臓が鷲掴みにされたように痛む。


(休みたい……)


 ただ、それだけを願っていた。

 温かい布団で、誰にも邪魔されず、時間を気にせず、ただ眠りたい。


 そんなことを考えながらキーボードを叩いていた、その時だった。


 ズキンッ!


 胸に、今までにない激痛が走った。


「ぐっ……ぁ……」


 息ができない。

 視界が急速に暗転していく。

 薄れていく意識の中で、俺は遠のくキーボードの光をぼんやりと見つめていた。


(あぁ……やっと、休めるのか……)


 それが、俺の28年の人生における、最後の記憶だった。


◇ ◇ ◇ 


 次に俺が意識を取り戻した時、そこは見慣れたオフィスではなかった。


 どこまでも広がる、純白の空間。

 床も壁も天井もなく、ただただ白い光に満たされている。


「……ここは?」


 自分の声がやけにクリアに響いた。

 不思議なことに、あれほど体を蝕んでいた疲労感は完全に消え去っている。

 それどころか、人生で最も体調が良いとさえ思えるほど、体が軽かった。


「やあ、目覚めたかい。佐藤海斗君」


 ふいに、穏やかな声がかけられた。

 振り返ると、そこに一人の青年が立っていた。

 白を基調としたシンプルなローブを纏い、柔らかな金色の髪と、慈愛に満ちた蒼い瞳を持つ、神話の絵画から抜け出してきたかのような美青年だ。


「あなたは……?」


「僕は、君がいた世界……地球を管理する神の一人だよ」


 神と名乗った青年は、にこやかに微笑んだ。

 あまりに非現実的な状況だが、俺は妙に冷静にそれを受け入れていた。

 何しろ、一度死んでいるのだ。今さら何が起きても驚きはしない。


「単刀直入に言うと、君は死んだ。過労死という、あまりにも痛ましい形でね」


 神様は悲しそうに眉を寄せた。


「君の魂は、長年の過酷な労働によってひどく摩耗している。本来であれば、記憶をリセットして輪廻の輪に戻すところなんだけど……」


 彼はパン、と手を叩いた。


「あまりにも不憫でね! 僕からのプレゼントとして、君を別の世界に転生させてあげることにしたんだ!」


「……転生、ですか」


「そう! 剣と魔法のファンタジー世界、『アースガルド』だ。今の君なら、記憶も経験も保ったまま、新しい体で第二の人生をスタートできる」


 なんともまあ、最近流行りのライトノベルのような展開だ。

 だが、俺にとっては願ってもない話だった。

 あの地獄のような日々に戻るくらいなら、どんな世界でも構わない。


「そして、もちろん特典も付けよう! 異世界で生きていくための、特別な力だ」


 神様が指を鳴らすと、俺の目の前に半透明のスクリーンが現れた。

 そこには、膨大な数のスキル名がリストアップされている。


『聖剣召喚』

『大魔導』

『竜王の加護』

『勇者の紋章』

『暗殺術【極】』


 どれもこれも、いかにも強そうな名前ばかりだ。


(こういうので、主人公は最強の力を手に入れて無双するんだろうな……)


 だが、俺の心は少しも踊らなかった。

 聖剣を手に戦う? 魔法で敵を薙ぎ払う?

 そんな英雄的な生き方は、もうごめんだ。


 競争も、責任も、プレッシャーも、もうたくさんだ。


 俺は、静かに生きたい。

 誰にも急かされず、自分のペースで、穏やかに。


「あの……」


 俺は恐る恐る口を開いた。


「もっと、地味なスキルはありませんか?」


「え?」


 神様はきょとんとした顔で俺を見た。


「例えば、モノづくりができるような……生産系のスキルとか」


「生産系? うーん、あるにはあるけど……。戦闘には全く役に立たないよ? もっとこう、派手で強力な方が良くないかい?」


 神様は不思議そうに首を傾げた。

 だが、俺の決意は固い。


「いえ、それがいいです。もう戦ったり、誰かと競い合ったりするのは疲れたんです。できれば、人里離れた場所で、自給自足でのんびり暮らしたい」


 それが、過労死した俺がたどり着いた、偽らざる本心だった。


 俺の言葉を聞いて、神様はしばらく黙り込んでいたが、やがてふっと微笑んだ。


「……そうか。君は、本当に疲れていたんだね」


 その表情には、同情と、そして少しばかりの敬意が混じっているように見えた。


「分かった。君の願いを叶えよう。君に与えるスキルはこれだ」


 リストの中から、一つのスキルが光を放つ。


万物創生クリエイト・エニシング


「このスキルは、物質の構造を理解し、再構築する力だ。最初は簡単な道具を作るくらいしかできないだろうけど、熟練度を上げれば、理論上はどんなものでも生み出せるようになる。君の望むスローライフには、うってつけのはずさ」


「ありがとうございます……!」


 俺は心から頭を下げた。

 これなら、俺の望む人生が送れるかもしれない。


「いやいや、礼には及ばないよ。……むしろ、君みたいな欲のない子には、もっと何かしてあげたくなっちゃうな」


 神様は悪戯っぽく笑うと、俺の胸にそっと指を触れた。

 温かい光が、体の中に流れ込んでくる。


「これは、僕からの特別なおまけ。君の穏やかな生活を、理不尽な暴力から守るための保険だよ」


絶対不可侵領域サンクチュアリ


「その力は、あらゆる物理的・魔法的な干渉を無効化し、反射することさえできる。おまけに、君の身体能力も人間を超えたレベルまで引き上げてくれるパッシブ効果付きだ」


「え……? そんな強力なものを……?」


「ただし」と神様は人差し指を立てた。


「この力はあまりにも強力すぎる。下手に使えば、君は否応なく争いの中心に引きずり込まれるだろう。だから、この力は普段は隠しておくこと。君が本当に『守りたい』と思った時だけ、使うといい」


 神様がそう言うと、俺のステータスから『絶対不可侵領域』の文字がすっと消えた。

 鑑定などを受けても、決して見破られることはないらしい。


 表向きは、ただの生産スキル持ち。

 しかしその内には、誰にも侵されない絶対的な守りの力が秘められている。

 まさに、俺の望む生き方にぴったりの特典だった。


「本当に、何から何まで……ありがとうございます」


「いいんだよ。君は、それだけのものを受け取る資格がある」


 神様は満足そうに頷くと、俺の背中を優しく押した。


「さあ、行くといい。新しい世界で、今度こそ君らしい人生を謳歌してくれ」


「はい!」


 力強く頷いた俺の体を、眩い光が包み込んでいく。

 意識が遠のく中、神様の最後の言葉が聞こえた。


「あ、そうだ。名前はどうする? 新しい名前でもいいし、そのままでもいいけど」


(名前……)


 俺は、前世で両親がつけてくれた「海斗」という名前を思い出した。

 広く、自由な海のように。

 そんな願いが込められた名前。


(今度こそ、その名に相応しい生き方をしよう)


「カイト、のままでお願いします」


「了解! それじゃあ、いってらっしゃい、カイト君!」


 その声を最後に、俺の意識は完全に光の中へと溶けていった。


 そして――。


 次に目を開けた時、俺はひんやりとした石の床の上に立っていた。

 周囲には、松明の炎が揺らめき、壁には奇妙な紋様が描かれている。

 同じように、困惑した表情を浮かべた若者たちが、俺の他に四人。


 目の前には、豪華な衣装を纏った王様らしき人物と、その家臣たちがずらりと並んでいた。


 やがて、一番偉そうにしている初老の男が、厳かに口を開いた。


「――よくぞ参られた、異世界の勇者たちよ!」


 その言葉に、俺は天を仰ぎたくなった。


(のんびりスローライフを送りたいって言ったばかりなんだが!?)


 どうやら俺の異世界生活は、とんでもない波乱の幕開けとなりそうだ。




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【あとがき】


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