第47話 王家の墓

第47話 王家の墓


 その後、落ち着いた頃、私たちは王家の墓所へと向かうことになった。


 帝都の奥、静寂に包まれた王家の墓所。

 重厚な石扉を押し開けると、石棺が並ぶ荘厳な広間に澄んだ光が差し込んでいた。

 まるで時が止まった聖域のような場所だった。


 アナスタシアはアルヴィンを胸に抱きしめながら、一歩、また一歩と進み出る。

 その声は震えながらも、確かに夫の名を呼んだ。


「……アルベルト……」


 石の間に漂う空気は、どこか温かい。風が木々を渡り、光が揺らぎ……やがて、その場に淡い輝きが満ち始めた。


 王家の墓の静寂を切り裂くように、淡い光が舞い上がった。

 祈りの空気が満ちる中、墓前に人の形が浮かびあがっていく。


 透けるような姿、黄金の髪に整った顔立ち。

 その佇まいは――誰もが知っていた。

 帝国の誇り、勇者にして皇太子――アルベルト・フォン・リヒトベルク。



---


「……っ!? アルベルト……殿下……!」

 レオンハルトが目を見開き、声を震わせた。


「ば、馬鹿な……二十年前に……確かに……!」

 シュトラール公爵もまた、膝が折れそうになりながら目を凝らす。


 フェンリルは低く唸り、頭を垂れた。

 ソルもばさばさと羽を震わせ、「すご……神様みたい……!」と小声でつぶやいた。


 誰もが言葉を失う中――。


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「……アルベルト……!」

 最初に声をあげたのはアナスタシアだった。


 瞳から涙が溢れ、震える足取りで光の姿に駆け寄る。

「あなた……! 夢じゃ……夢じゃないのね……!」


 彼女の必死の声に、淡い光の男は微笑んだ。

「……アナスタシア。ようやく……もう一度会えたね。」


 その優しい声に、アナスタシアは崩れるように膝をつき、泣きながら名を呼んだ。


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 私は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 涙がこみ上げ、声が詰まる。


「……っ」

 私の胸が強く鳴る。


 ―光の中に、透けるような姿だ。

 気高く、優しい面差しの男。

 深い金の瞳。勇者であり皇太子であったアルベルトだ。昔別れたときよし少し大人になった姿の私のこの世界のお兄ちゃん。初恋の人だ。


「……久しいね、サヤ。十年ぶり……いや、この地では二十五年になるか。戻ってきてくれてありがとう」


「アルベルト……!」

 息が詰まった。こらえてきた涙が、頬を伝う。

「本当に……?まさか会えるなんて……!」


 彼はかすかに微笑み、少しだけからかうように首を傾げた。

「ふふ……こうして再会しても、まず泣かせてしまうとは。私は、やはり“泣き虫の聖女”を卒業させてやれなかったらしい」


「な、泣き虫じゃない!」

 慌てて涙をぬぐい、むっとして言い返す。

「……ちゃんと大人になったんだから!」


「ああ。見違えるほど凛々しく、美しくなったね」

 柔らかい声で告げながら、目を細める。

「けれど、こうして真っ直ぐに言い返すところは……昔のままだね」少しからかうように言う。


 胸が熱くなった。

 彼の言葉は優しくて、懐かしくて――胸を抉るほどに切なかった。


そのとき、アルヴィンがかすかに泣き声を上げた。

 小さな声に導かれるように、アルベルトの光の手が赤子の頬に触れる。


『……私の……息子』


 淡い光が赤子を包み、まるで抱き締めるかのように優しく揺らめいた。

 アルヴィンはその存在を感じ取ったのか、不思議そうに目を開き、かすかに笑みを浮かべる。


『ありがとう、アナスタシア。君がこの子を産んでくれた……。

 君とアルヴィンが生きている――それだけで、私は救われる』


 アナスタシアは嗚咽を堪えきれず、子を抱き締めながら涙に濡れた。


---

 次の瞬間、アナスタシアが震える声で名を呼んだ。

「……アルベルト!」


 金色の瞳が必死に彼を追い、涙があふれる。

「どうして……私だけ……! なぜ……あなたまで……!」


 彼女の叫びは、悲しみと愛に満ちていた。


 アルベルトは静かに微笑んだ。

「君だけでも助かってよかった……。私には、それで十分だ。君と、子を残せたのだから」


 アナスタシアは首を振り、嗚咽した。

「私ひとりじゃ……耐えられなかった……! ずっと……あなたを探して……!」


「すまない……」

 アルベルトの声が震える。

「君を一人にしてしまった悔いは、死んだ今も消えない。だからこそ私は、この地に留まった。君が天に召されるその時、一緒に行くために……」


 その告白に、誰もが息を呑んだ。



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 アルベルトは皆を見やり、ゆるやかに言葉を紡いだ。

「……愛し子である私自身の想いが強すぎて、セレスティア様の慈しみもあり、私をこの地につなぎ止めている」


「……セレスティア様が」

 小さく呟くと、彼は頷いた。


「私はアナスタシアを愛し、この国も愛した。その悔いが鎖となり、私を留めた。だが、本来ならばとうに消え去っていた魂だ。……女神が、その在り方を許し、慈愛をもって支えてくださった」


 私は胸が震えるのを覚えた。

「……アルベルト……あなたの想いは、無駄にしない。アナ姉も、この子も、必ず守る。あなたの願いを、私が継ぐ」


 アルベルトは穏やかに目を細めた。

「……頼もしい。君がいてくれるのなら、私は安心して待てる」



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 やがて光が強まり、彼の姿は少しずつ淡くなっていく。


「アルベルト!」

 アナスタシアが伸ばした手は、空を切った。


 それでも、彼は最後まで柔らかい笑みを浮かべていた。

「泣かないで。君は一人ではない。……私は、ここにいる。そして、この子の中に、私の未来が生きている」


 そう告げて、アルベルトの姿は光の粒子となって消えていった。



---


 しばしの沈黙。


 けれどその空気は絶望ではなく、むしろ新たな希望に満ちていた。


 アナスタシアの腕の中で眠る赤子――アルヴィン。

 その小さな手が母の指を握り返す。


 フェンリルが厳かに頭を垂れ、低く咆哮して祝福を送る。

 その横で、ソルが慌てて翼をばたばたさせながら叫んだ。

『ぼ、僕も! アルヴィン、すっごく元気に育てよ! あと僕とも遊んでね!』


 場の空気が一瞬やわらぎ、涙に笑みが混ざった。



---


 アルベルトの魂はこの地に留まり、アナスタシアと共に歩む未来を待っている。

 そして――残された私たちは、この命と、この国を守るために進む。


(アルベルト……見ててね。絶対に後悔させないから)


 私は静かに誓いを胸に刻んだ。

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