第2話 このゲームには重大な欠陥があった
「大丈夫? 頭はもう平気かい?」
「はい、大丈夫です」
医務室に連れて行かれた俺は、そこでしこたま頭の検査を受けた。
と言っても、この世界は別にレントゲンで脳の中身を見れるわけじゃない。
厳密には、そういう『技術』もなくはないが、この学校にはない。
訓練中に魔術を暴発させ頭を強く打った、と判断された俺は、しばらく医務室のベッドに寝転がされた。
そして大学の講義二つ分くらいの時間が経ったあと、医務室の先生に色々と口頭で検査をされた。
「まず、自分が誰かはわかるね。名前と生年月日は?」
「ロクスです。帝歴243年3月9日生まれです」
「この国の名前は?」
「サウズライト帝国」
「この場所は?」
「帝立軍学校の医務室です」
「あんたの所属は?」
「一般科の一年です」
「この指、何本に見える?」
「二本です」
「とりあえずヨシとしますか」
受け答えがマトモになったと判断されたところで、俺はひとまず医務室を出ていく許可をもらう。
だが、それで『ありがとうございました』と出て行く前に、少し年のいったおばちゃんである医務室の先生が、面白そうに目を細める。
「で、同じクラスのライティとはどんな関係?」
「結婚し……いえなんでもないです」
「いやー、この時期にいきなりプロポーズとはたまげたねこりゃ」
「いやその、違うんです」
と、俺が弁明を試みるが、保険医の先生はおばちゃんらしい訳知り顔で俺を見てくる。
「頭を打って錯乱していたのかと思ったが、その様子じゃ、うっかり本音が漏れちまったって感じかい?」
「違うんですよ。ええ」
「じゃあ結婚したくない?」
「それは結婚したい。いやそうじゃなくて」
「あたしゃ良いと思うけどねぇ。将来は国のためにってのは立派な考えだと思うけど、その国ってのは人の集まりだよ。人を好きになるのは悪いことじゃあない」
と、俺の心情を置いておばちゃん保険医は、一人ウンウンと頷いていた。
だめだ。どうにも心が落ち着いていないせいで、うまく言葉を選べない。
だが、それも仕方ないじゃないか。
俺があのゲームを──『フォーリンライト3』を買った原因こそ、まさに女主人公である『ライティ』に一目惚れしたからなのだから。
「……はぁ」
その後、野次馬の化身となったおばちゃんからの追撃をなんとか躱して、俺はようやく医務室から脱出することができた。
近くの窓から外を見る。
驚くほど青かった空は、ほんの少し赤黒い気配を滲ませはじめている。
視界を下にずらせば、帝立軍学校の校庭は真面目な生徒たちに占拠され、野球やサッカーではなく、戦闘訓練の場として使われていた。
まぁ、この学校にスポーツの部活がないわけじゃなくて、メジャーな部活がそういう己を鍛える系のやつってこと、らしい。
「状況を整理しよう」
時間経過とともに、俺は少しずつ色々なことを思い出していた。
まずこの世界は、俺が生前遊んでいた『フォーリンライト』シリーズの世界、らしい。
らしいというのは、時間とともに馴染んできた『ロクス』の記憶と、俗に言う前世の記憶を照合した結果、多分そう、という結論になったから。
ただ、前世が本当に前世なのかは曖昧だ。
そもそも俺は、自分が死んだ記憶がない。
俺の自認として、俺はつい昨日まで、特に何の変哲もないサラリーマン生活を送っていた。
やや黒寄りのグレーくらいの会社勤めの息抜きに、ゲームしたり動画見たりアニメ見たりという、普通の独身趣味を持った普通の人間だった。
それで明日も仕事だと思って就寝して、目覚めたらこの状況という感じだ。
だからこう、死んで転生したというよりは、何かの間違いでロクスの体に俺の意識と記憶が追加ダウンロードされたような、そんな感じ。
今も自分がロクスなのか、ただの日本人なのか分からないし、記憶は混濁し所々混ざり合っている。一昨日の晩御飯は怪しいな。
そんな右も左も曖昧な夢見心地の中で、いきなり大好きだったキャラが目の前に現れたらうっかり『結婚しよう』と言ってしまうのは仕方ないことだ。
そう思うだろう? そうだと言え。
「まさか現実だとは思わないじゃん……」
自分がやらかした事実から逃避したい気持ちになるが、一旦置いておく。
今は自分がいる『フォーリンライト』シリーズの設定を思い出すところからだ。
この『フォーリンライト』シリーズは、前世でそこそこ人気があった、シミュレーションRPGのシリーズだった。
アニメ調のグラフィックに、多数のキャラユニット、そしてハクスラ要素あり、意外と硬派な難易度設定あり、ギャルゲー風のイベントありという、要素のごった煮みたいなゲームである。
シリーズの一作目から一貫して、主人公は男と女の選択が可能。
ほぼ全ての味方キャラと、いくらかの敵キャラに個別エンドが用意されているという、ギャルゲー的なマルチエンディングシステムが売りだった(と俺は勝手に思っている)。
まぁ、あくまでジャンルはSRPGなので、メインストーリーの進め方でルートがある程度分岐し、その分岐の中のサブ要素でキャラとの交流ができるくらいの感じではある。
だがそれでも主人公の性別に関係なく、男だろうが女だろうが、ロリだろうが爺さんだろうが、動物だろうがロボだろうが幽霊だろうが未亡人だろうが個別エンドが迎えられたのは、なかなかぶっ飛んだゲームである。
ただし、このゲームには重大な欠陥があった。
その欠陥は、特にシリーズでも大量の新規(俺を含む)を呼び込むことになった『フォーリンライト3』で話題となり、3が据え置き機から携帯機にリメイクされることになっても、解決することのなかった重大な欠陥である。
ほぼ全ての味方キャラが攻略可能とは言ったが、実は堂々とパッケージに載っているにも関わらず、攻略できないキャラがいるのだ。
そう。主人公だ。
このゲームは、男主人公を選べば、女主人公が消える。逆もまた然り。
主人公だけは二律背反となっており、どう頑張っても二人のストーリーが交わることはなかった。
つまり、フォーリンライト3の人気投票で、あまりの完成度の高さから『ぶっちぎりの一位』を記録した女主人公『ライティ』を。
男主人公『ロクス』では絶対に攻略できなかったということ。
この重大な欠陥は、パッケージの『ライティ』にホイホイされた青少年の心と財布に深いダメージを与えたのだった。
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ゲームの設定はフィクションでありオマージュでありインスパイアでありリスペクトです。
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