奇しきラッパの響き
飛鳥弥生
第一話~神和彌子と速河久作
各地の墓から
すべての者を玉座の前に集めるでしょう。
つくられた者が
裁く者に弁明するためによみがえる時
死も自然も驚くでしょう。
繁華街と住宅街の中間、夜。人通りはなく街灯だけが等間隔にならぶそこに甲高い奇声と爆発音がこだましていた。
「素早い! ダリル! 反応が鈍い!」
ちっ、と舌打ちした
「左前、電柱の影」
神和は声に従い左のリボルバーを向け、躊躇なく全弾叩き出した。マズルブラストで視界が真っ白になる。
「ベッセル?」
「着弾三発。致命傷は二。この状況下ではまずまずの精度と言えるでしょう」
「俺なら全弾命中させただろうけどな」
神和の左手のリボルバー・ベッセルと右のダリルが戦果をあれこれ言い合っているが、ともかく目標は沈黙させた。両手ともにリロードしてから慎重に電柱に近寄ると、毎度ながらだが、異形が地面に倒れて四肢をじたばたとさせていた。血液と思しき黒いものも吹き出ており、かなりスプラッタな惨状だった。
「少しだけ慈悲の心って奴が出そうだけど、あなたたちハイブは殲滅、これがあたしたち人間側のルールで、ここはそういう場所なのよ。言わなくても分かってるでしょうけどね」
言いつつダリル・リボルバーをハイブと呼ばれた異形の頭部に向ける。と、キキキと目一杯耳障りな奇声を発し、ハイブがこちらを睨み、そして……。
「飛んだ! 致命傷の筈でしょうに!」
神和のトリガーよりも素早く頭上に達したハイブ、それを両リボルバーのマズルで追うが、視界の悪さもあって照準が合わず、着地させてしまった。やせこけた老人のような肉体には似つかわしくないその跳躍に神和は慌ててきびすを返す。
人型で人とほぼ同じサイズながら異常なまでの筋力を持った、人ならざる異形、ハイブ。完全に駆逐するには神和の持つ両手の五十口径を最低でも四発は入れないと、残った部分で襲ってくる。二発命中しているからといって侮れない。視野が悪いので近寄ってくるのを待つか、とも考えたが、それを見こされてかハイブが変化する。ガリガリに痩せた老人のような体躯から霧のようなものがゆっくりと吹き出てきた。
「バイロケーション! やばっ! ここでタロンになられたら、さすがにそろそろ誰か住人が出てくるかも。ダリル! ベッセル!」
「オーケー」
「了解です」
両銃が返事をするのと同時に神和はハイブに向けて駆け出し、ぐいと両手を突き出す。一方のハイブはその異形を羽根付きの別の形に変化させつつ背中を向け、神和とは逆に向けて羽ばたいた。
「ここまで追い込んでおいて、逃げられると思わないことね。すぐに灰に戻してあげる――うっ?」
神和の誤算は三つ。
一つは初手でハイブを動けなく出来なかったこと。
もう一つは場所が住宅街近くだったこと。
そして最後に、ハイブが狙ったのが逃走ではなく「憑依」だったこと。
深夜といっても無人とは限らない。ハイブ、今はバイロケーション能力により位相をこちら側に変えた「タロン」は神和から逃げつつ、憑依する人間に向かって駆けていたのだ。タロンの奥に人影が一つ見えた。
神和のリボルバーでタロンを撃った場合、口径から貫通し、射線にいる人影にも当たりかねないので文字通り手も足も出ない。逃げろ、と言ったところでもうそんな間合いでもない。街灯の灯りで人影が男性だと分かった。ブレザー姿の高校生だった。と確認できた数秒でタロンは高校生に達した……。
あからさまにモテることはないがそこそこの二枚目で、トップクラスではないが優秀と呼べる成績、かつ、スポーツ全般をそつなくこなす男子、と聞いて一体どれだけの人が
更に基本無口で人と関わることをやや毛嫌いしており、学校での接点は限られた友人がメインとくれば、これはもうごくごく平凡で平均的な高校生その一と思われるだろうし、実際、久作は自分のことをそうだと盲信していた……つい数分前までは。
放課後、友人仲間のうちの女子グループに買い物だ何だとあちこち連れまわされ――お礼は晩御飯だった――想定外に遅く最寄り駅に辿り着き、すっかり暮れた夜道をとぼとぼといった風情で歩いていると、遠くで花火か何かの音が聞こえた。もっと言うと爆竹か、そんな音がまさかガンファイヤだとはさすがに気付かず、が、繁華街を抜けて馴染みの文具店を通り過ぎた辺りで「それ」と遭遇した久作は、さすがに目を丸くして固まった。
鬼とゾンビを足して日干しにした、そんな何者かが突然脇道から現れたのだから、それも明らかにこちら目掛けて、冷静がウリの久作でなくとも固まるか飛び上がるかするだろう。襲われていると脳が反応するまでにタイムラグが生じ、故に驚いたりたじろいだりするよりも固まってしまったのだ。
「えー、これから先、君たちは幾つもの困難に立ち向かわなければならないでしょう。ですが、一つの選択がそれを大きく乗り越える一手となり得ますからして――」
これは確か入学式で教頭だか校長だかが言っていた挨拶の抜粋。ゾンビもどきが襲ってきた場合に、おそらくこれは困難であろうから、ここを乗り越える一手とは何だろう、と久作は一瞬考え、どさりと鞄を路面に落とし、ついでに腰も落とした。
向かってくる形相とはもう数歩もない。
大きく開いた口には鋭利な歯がびっしりならんでおり、頬はこけ、窪んだ目は濁っている。唯一ゾンビらしからぬは、やたらと元気で素早いことと背中に翼らしきだが、数秒ながらじっくりと観察したお陰かそういった些細なことには驚かなかった。
それから秒を置かず、奇声を発していた口がぐにゃりとへしゃげ、ゾンビまがいの首が真横に振られ、続けて体ごと走ってきた方向へと吹き飛んだ。
びしっ、と出した拳をそのまま、久作はふうと溜息を一つ、我ながら綺麗なカウンターパンチが決まったな、と口元を緩めた。
「……はあ?」
と何やら場違いな、溜息なのか何なのかが聞こえ、久作は我に返る。闇夜の中に人が、女性がいた。吹き飛んだゾンビまがいの更に数歩先だ。
「タロンを素手で殴って致命傷与えるとか、あんた、あたしのプライドとモチベーションをどうしてくれんのよ?」
「タロン?」
それが路面で泡を吹いているゾンビもどきの名称だとはすぐに分かった。が、プライドとモチベーション、こちらが分からない。
「ハイブからバイロケイトしたタロンには、同じくバイロケイト処置をした武器しか通用しない、ほれ、これ」
言いつつ女性は二挺の大型リボルバーをずいと突き出した。モデルガンにはない質感と大袈裟すぎる大口径。
「……あんた、ひょっとしてバイロケイター?」
「言っていることの半分は理解できませんけど、多分違うと思いますよ。僕はほら、ごく普通の高校生――」
「学生がタロンにクロスカウンター当てて! タロン、泡ふいて気絶してんじゃねーか! あたしのダリルとベッセルの活躍はどうしてくれんだよ!」
この女性はきっとカルシウム不足でヒステリックな、虚言癖を持ったミリタリマニアの誇大妄想家なのだろう、当然聞こえないように頭の中で言ってみた。
「もういいや、なんか疲れた、色んな意味で」
両手二挺をくるくるとガンスピンさせ腰のホルスターに収めると、女性はタロンと呼ばれた怪物をブーツでつつき何やら確認をし、次いで久作を手招きした。
「あんたがバイロケイターかどうかはともかく、民間人の未成年でしょ? 時間も時間だしとりあえずご飯おごるから話に付き合って。こっちにも事情があるから。ああ、そっちの事情は知らないんで聞かないよ、オーライ?」
オーライな筈はないのだが、タロンとやらに空いた五十口径の銃創を見ればオーライになってしまうから怖いものだ。早速歩き出した女性に付き従い繁華街方面に戻ろうとしたが、気になって足を止める。
「タロン、でしたっけ? あれはどうするんですか?」
「どうもこうも。ほら」
指した方向にはタロン、ではなくタロンの形をした灰塊が路面に散らばっていた……。
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