私のなかの、黒いもの
蓮村 遼
それが答え
「○○ちゃんも亡くなったし…」
朝食の支度をしている母がぼそっと言いました。それは私の中学の同級生の名前。
は?死んだ?いつ?どこで?何で知ってるの?
急な告白に思考が追いつきませんでした。
あまり仲が良いとは言えなかった同級生。どちらかというと、かなり変わった性格や見た目から他の同級生には距離を置かれ、教師からも厄介に扱われていた人でした。
自分でいうのもなんですが、私は優等生の部類だったので、教師は自然とそういう人を私に引き合わせてきました。押し付け、と言えば押し付けですし、今となっては、大人として同学年のしっかりした奴に任せればいいかと考えるものわかりますが…。
漏れなく、その人も私の元に来ました。
前髪は完全に両目を覆い、見た目は日本人形のそれ。まるで幼稚園生のように教師にも駄々をこね、クラスメイトとも口を利かず、辛うじて気を許した数人だけと会話する。周囲は好奇の眼差しを向けますが、それは本人の望んだことではなく。
今の時代であれば、『多様性』が深く受け入れられる世の中であれば、ふさわしい登校スタイルや授業形態、必要であればカウンセリング、そんなものが彼女に用意されたのでしょうか。
しかし、当時あったのは不登校者を集めた一つの教室と、そこと普通教室とをつなぐ優等生という名の都合のよい連絡係。
特に教師を攻める気持ちもありません。それが当時のやり方でしたから。
私も、実をいうとまんざらではなかった。当時から承認欲求が強く、『大勢から認められる私こそが、存在を許される私である』と強く感じていました。そのような役割をまあ、仕方がないかと受け入れていました。
正直、そんなに悪くはなかった。他にも私に良くしてくれる友人もいましたし、彼女も私と一緒に何とか授業も受けてくれていましたし。教師が何かと私に彼女を一緒に行動させたため不自由はありましたが。
中学を卒業してからは、風の噂で聞く程度で、詳細な様子はわかりませんでした。
もう、この世に彼女はいない。
そう聞かされた時、涙が溢れてきました。しかし、悲しくはなかった。
湧いてきた感情は『怒り』。
そう、怒りでした。
腹が立った。私の青春のひと時を、少なくとも一部は彼女に捧げた。
詳しく覚えていないから、私の人生の中ではとるに足らない数ページ。自分の中でもたぶんそういう認識。
でも、確実に私はその2年間、彼女のために尽力したのです。
定期的に教室に顔を出し、美術の時間は彼女に合わせて場所を変え、彼女が腹を立てれば宥め、教師からの連絡を伝え、自宅に行ってプリントを入れ…。
他の同級生は見向きもしません。
いない?ああそう、くらいのもんです。
これは私が一人でやった、『優等生とはかくあるべき』いう名の架空のマニュアルに支配された私の成果。
彼女が、学校生活という忌むべき集団生活を、少しでも心穏やかに過ごせるように手を尽くした、私の成果。
彼女には、彼女の人生があり、それは決して誰にも干渉されるべきではないし、それの良い悪いを決めるのも彼女です。
しかし、短期間であれ、私の人生を注いだその2年間は私の人生でもある。
私がその知らせを聞いたとき、その共有した2年間をドブの中に捨てられた気持ちがしました。
実に自分本位な考え方です。大変自己中心的な考え方です。
当時は座右の銘を『滅私奉公』とするほど、人助けが好きでした。
自己犠牲をしても、他人の評価が大事でした。
その人のため、というより、そうして評価される自分でいる。褒められる自分でい続けるための行為でしたが。
当時はそこまで自分の想いを言語化できていませんでしたが、今はこうして綴ることができます。
私は今も、他人のために注力する仕事に就いています。『
結局、私は今も、自分のために他人を使っているのです。
そして、怒るのです。
『私がこれだけ苦労してやってあげたのに、どうして?』と。
大人になり、いろんなことを学ぶたび、自分が如何に器が小さく、つまらない人間であるかを自覚します。
滅私奉公で、見返りを求めず、ただ人のために。
聖人君主のように、清く正しく生きようと心掛けても、なかなか難しいもので。
しかし、そのような自分本位な怒りに対し、私の心は嘆いています。
そして囁くのです。
お前はこういう人間だ。自覚して、それでもなるのだ。なろうとするのだ。
清く正しい人間に。
生がある限り、このような葛藤は生まれ、ぶつかり、時には自分に失望し。
楽しいことは一瞬ですが、辛いことはいつまでも心に根を張り、抜いても抜いても根っこは残りまた息吹く。
生きる、ということは地獄の中で藻掻くことなのでしょうね。
自らの心のままを、ただ聴いていただき、ありがとうございました。
私のなかの、黒いもの 蓮村 遼 @hasutera
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
終わったはなし/小西ちひろ
★10 エッセイ・ノンフィクション 連載中 31話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます