第25話 ハイルース山の寺院へ



 早馬で八時間走り詰めを覚悟していたのを思えば、ロケットだと楽すぎるくらいだ。

 このロケットは反重力船で、重力を遮断するだけでじわりと浮き始める。

 後は軽いジェット噴射でハイルース山に向けて進み出す。


 さっきまで僕らが居たリフランの街の灯りが、左の窓の下でゆっくり後ろに過ぎ去った。

「うわあすごいぞ。音もなく浮き上がったな」

 後ろでリリーがはしゃいだ声を上げる。

「この宇宙船相当進んでいるな。我々より100年は……」

 ユン少佐も感心の声を上げる。


 自分が褒められたわけではないが、そんな船を操縦している身としてはなんとなく誇らしくなった。

 じわじわスピードを上げていく。夜の空からは地表の様子も見えないが、船のマップに情報は内蔵されていて、30分後にはハイルース山に着けるようだ。


 時刻は夜の7時半になる。このソラリムは地球とほぼ同じ一日の長さだ。

 星の直径が似ていると自転速度も似るのかな?

 このソラリムの星の直径ははっきりとは知らないけど、重力が似ているということはたぶん大きさも似ているんだと思った。


「ところで、ユン少佐、ソラリムに来た感想は?」

 後ろでリリーがユン少佐に話しかけた。

 そういえば僕も気になる。科学系軍人としてリアルに生きてきたユン少佐にとって、まるで小説のような異世界転移はどんな気分だろう。


「そうだな。ここに来て最初に思ったのは、空気がきれいだということ。それと寒いことだな」

 ユン少佐は微笑みながら言った。

 最初に彼女に会ったときから、ずっと性格のキツイ女性将校だと感じていたけど、ソラリムに来たからなのか少し雰囲気が変わったようだ。


「ソラリムにようこそ。味方してくれるなら、歓迎するぞ」

 リリーが言った。

「歓迎する? お前の世界みたいな言い方だな」

 ユン少佐が不審がるのも当然だ。凛々子はソラリムプロジェクトと関わりのある男の娘ではあるが、だからといってソラリムに深い関係があるとは思えないだろう。


「そろそろ近くですよ。どこに降りたらいいかな。いきなり寺院の中庭に降りるわけにもいかないでしょうし」

 3Dマップと赤外線カメラの映像を見ながら、僕は言った。

「協力を仰ぎに行くのに驚かすのは良くないな。少し下の方にでも平地はないのか?」

 とユン少佐。

「春の妖精の池はどうだ? あそこ割と広かったぞ」

 リリーの言う春の妖精の池は、この山の中腹から少し上のあたりになる。

「あそこからなら、一時間くらい歩いて登ることになりますけど、リリーさん大丈夫ですか」

「大丈夫だろ」

 リリーは簡単に答えた。身体は凛々子だと忘れてるみたいだ。


 まあいいか。一時間以上かかったとしても、まだ時間はたっぷりある。

 僕はロケットのAIに着陸地を指示した。


「うーん。ちょっと休もうぜ。この身体、軽いけど持久力ないわ」

 春の妖精の池から歩き出して20分後にはリリーが弱音を吐き出した。

 ユン少佐は流石に軍人だけあって、まだ余裕の表情だ。

「じゃあ、少し休みましょう。リリーさん、紅茶どうぞ」

 メッセンジャーバッグから水筒を出して、リリーに渡すと彼女はごくごくと音を立てて飲み始めた。

「後どのくらいだ?」

 ユン少佐が訊いてくる。

「もう少し登れば寺院の光が見えてきますよ。それが見えれば元気も出るでしょう」

 人間。目標が目の前に現れればやる気もでるものだ。


 暗い雪山を登るのは困難だったが、その後30分後には寺院の明かりが見え始めた。

 寒いのは仕方ないけど、風が止んでいるのが幸いだった。

 そしてその二十分後に僕らは寺院の門扉の前に立っていたのだ。


「はあ、やっと着いた。こんなにキツイとは思わなかったぞ。おい、ジュン、凛々子にもう少し身体鍛えるように言っておけよ」

 リリーがぼやく。

「さっきから、この子は何を言っているのだ?」

 流石にユン少佐も疑問を口に出した。

「実は凛々子さんは二重人格なんですよ。今はリリーというスポーツ少女が表に出ているんです」

 僕はカークの時で馴染んだ言い訳を口にする。

 その方が普通の人間には理解しやすいからだ。


 そうしている間に、門扉がゆっくり開き始めた。

 僕らが登ってくるのは、中の人たちにはお見通しだったのだ。


 開いた門扉の奥から、若い僧侶が顔を出した。

「ハイルース山の寺院に、なにか御用ですか」

 細面で長髪の若い彼は、僕らに向かってそう問いかけた。

 

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