第16話 データセンター偵察
「C国兵がいるみたいですよ」
見通しの悪い獣道を進みながら、奥からの風を嗅いだ僕は、カークに告げた。鉄と火薬の匂いがしたのだ。
「そうか。犬の能力、大したもんだな。まあ、想定通りだがな」
カークが足を止めた。メッセンジャーバッグから双眼鏡を取り出す。
しゃがんで木陰からデータセンターの裏口を観察しはじめた。
遠目に見るデータセンターは、窓のない真っ白な四角い建物で、無機質な怪物みたいに見えた。
見てみろと言われて双眼鏡を受け取り、遠くにたたずむ建物の入口をレンズ越しに覗く。
施設の裏門に立つ男二人が見えてきた。C国軍の兵士のようだった。
よく見ると、一人は男、もう一人は女のようだった。
嗅覚でも、微かに甘い女の体臭がした。
「僕のこと警戒しているのかな。一人は女ですね」
言ったあとで、それも変かと思った。
ユン少佐には僕の正体がバレたとはいえ、僕がデータセンターを狙う理由があるとは思わないだろう。
だいたい、僕にはカークの手伝いをする理由もないのだ。
自国も含むとはいえ、国家間の抗争に、政治的な立場もないただの民間人が関わる理由はない。
とはいえ、凛々子の言った言葉が気になっている。
多元宇宙に風穴という、彼女の父親の言葉。
それはもしかしたら、異世界神ダイナロスの身にサタノスを生み出す力になったのではと想像してしまうから。
「でも、C国軍はここの鍵、持っていないんでしょ」
小声でカークに聞いてみた。
「このメモリーキーはデータにアクセスするためのものだ。電気も止まっている今、無理やり押し入るのには爆薬一つで十分だ」
カークの言葉が終わらないうちに、ずんと地響きを伴った鈍い破裂音が響いた。
正面の扉を爆破した音だろうか。
そちらを見に行きたかったが、回り込むには下の道路に降りないといけない。
降りてしまえば、裏口を守る兵士に丸見えだ。
しばらく様子を見ているしかないか、と思っていたら、二人の見張り兵が慌てた動きで施設の表側に走り去った。無線の声で、すぐに来いという声もチラリと聞こえていた。
「何かあったのかな?」
しゃがんだ状態でカークを振り向くと、彼は、お前は此処に居ろ、と言って立ち上がった。
そのまま、草木につかまりながら斜面を降りて裏門に走っていく。
一瞬迷ったけど僕も彼を追った。犬の運動能力を持っている今は、格闘になったとしても逃げ足も早いし、魅了の術もあるからそれほど危険とは思えなかったのだ。
ひとつ目の角を曲がると、奥の方で正面を伺うカークが身を潜めているのが見えた。
カタカタっという乾いた発射音が聞こえた。機関銃の音のようだ。
誰と誰が戦っているんだ? 研究員が残っていたのだろうか。
C国語の叫び声が渦巻いていた。逃げろ、退散、そんな言葉が聞こえる。
カークの傍に行き、角から僕も覗き込む。
データセンター正面の壊れた大きな扉から、大勢のC国兵士がよろけながら出てきた。
足元もおぼつかず、ひどく慌てているのが見て取れる。
ジュバっと音が聞こえて、一人の兵士が蒸発するように霧散した。
ユン少佐の姿も見えた。彼女は周囲に退散するように叫んでいた。
そして、彼らを追うようにして現れたのは、でっかい蜘蛛のような怪物だった。
その蜘蛛の触覚から眩しい赤い光が閃くと、また一人の兵士が蒸発した。
一瞬、ソラリムの怪物かと思ったが、その怪物は生物ではなかった。
金属の光沢がそれを物語っている。あれは、明らかに機械だ。
「気づかれた。こっちも逃げるぞ」
カークが、しゃがんだ僕を引き上げ、先に逃げるように押し出した。
ガチャガチャいうロボットの足音が近づいてくる。
振り向くと建物の角からギラリと光る蜘蛛の足が見えてきた。
次の瞬間、全体が現れた。カークの銃が銃声を放ち、左の触覚を撃ち抜いた。
バチバチッと火花が散ってその触覚がしおれるようにだらんとたれた。
しかし右の触覚がカークの方に向けられる。
危ない。カークが蒸発してしまう。
僕は踵を返すと、犬の運動神経でジャンプしてその触覚にキックを当ててやった。
ジャケットの裾が翻って下半身に涼しい風が当たった。
着地した後、カークと共に立木の影に身を隠す。
「馬鹿野郎、さっさと逃げればいいじゃないか」
カークが怒鳴った。
でも、と返事している暇もない。
金属の蜘蛛の化け物は、立木の向こうに、こっちを向いて今にも襲いかからんとしているのだ。
走り出る隙はない。そんな事をすればレーザー光線であっという間に蒸発させられるだろう。
どうしたらいいんだ。
考えを巡らす中、蜘蛛の胴体が開いた。
見ていると、開いたキャノピーの中から、真っ白い光沢のあるパイロットスーツに身を包んだ一人の人間がふらりと立ち上がり降りてきた。
あのロボットは有人操作型だったのか。
その人間は地上に降り立つと、ヘルメットを外して捨てた。
長い金髪が風にそよぐ。色白の美少女のようだった。
身長も僕と同じくらいだし、見た感じまだ幼く見えた。
その娘は僕の方にふらふら歩いてくる。その目を見て確信した。
この娘は僕の魅了の術にかかっているのだ。さっき触覚を蹴ったときにめくれたローブの隙間から僕のお尻を見てしまったのだろう。
でも、女には効かないはずなのに?
その娘が下半身のチャックを下げると、驚いたことに立派なペニスがそそり立っていた。
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