第13話 データセンターの鍵
うとうとしたと思ったら、次の瞬間明るい光を感じた。
敵襲かと、はっと目を覚ます。
周囲は窓からの朝日に照らされたボロい小屋の内部の風景だった。
僕の横にくっつくようにして凛々子が寝ていた。しかしカークの姿はない。
時計は持っていなから時刻はわからないが、今の季節でこの明るさなら午前五時は過ぎているだろう。凛々子を起こさないように立ち上がり周囲を観察する。
そんなしているうちに小屋の扉が開いてカークが入ってきた。
「起きたか、朝飯にするぞ」
そう言ってどっかりと座る。
そんな様子を感じてか、凛々子も起き出してきた。
この状況を凛々子に説明するのは面倒だと思うが仕方がない。彼女は昨日の脱出劇のときに意識はなかったのだから。
「凛々子さん、この状況わかりませんよね」
恐る恐る聞くと、凛々子は、大丈夫と答えてくれた。
「あたし、寝てる間夢で見てたんだ。なんだかすごく強くなって、敵をやっつけてたよ」
ということは、凛々子の中にリリーがいるときは、凛々子はそれを夢で見て体験しているということか。それを聞くと、うんと元気よく答えてくれた。
「リリーのことは以前僕が話しましたよね」
「覚えてるよ。あたしがこの世界で死んだあと、ソラリムでリリーとして転生するんだったよね。なんだか変な感じ。来生の自分が今の自分に乗り移るなんて。どっちも自分なのに違うんだよね」
凛々子の言葉に、カークが反応した。
「いま、ソラリムと言ったか?」
身を乗り出して聞いてくる。
「ソラリムって、オンラインゲームのことですよ。僕もこの娘もそのゲームが好きで、時々一緒に遊んでたんですよ」
なんのこともないよと僕は言うが、カークの眉間の
「偶然かもしれないが、データセンター関連で、ソラリム・プロジェクトというのを掴んでいるんだ。量子力学の多世界解釈に関する実証的研究の一つとして、この都市で最先端の研究をしてるとね」
カークは解って言っているんだろうか。
量子力学の多世界解釈なんて、意味不明も甚だしい。
僕が黙っていると、凛々子が反応した。
「多元宇宙論のことでしょ。お父さんから聞いたことあるよ。もう少ししたら日本がその宇宙に風穴開けるかもって、なんだか楽しそうに言ってた」
凛々子はそう言ってパック牛乳のストローを吸った。
「君の父親が関係していたのか? だとしたらデータセンターの関係者かもしれないな」
カークが言うのを僕が引き継ぐ。
「凛々子さん、昨日自宅に案内させられたんですよね。その時なにかありましたか?」
今これを聞くのはカークに言い訳しなきゃいけないことになるが、そんな事考えているときじゃないと思った。
「あたしの青山って名前で、しつこく色々聞いて父の書斎もひっくり返してたよ。でもなにも関心のあるようなものは出てこなかったみたい」
凛々子が首をすくめる。
ここでカークが一つ咳をして凛々子の顔をじっくり見た。
今朝からの違和感の決着をつけるつもりだろう。
「君、昨日の事夢で見てたって、どういうことだ?」
カークの疑問が出るのは解っていた。そのことは僕が説明しますと、僕が始める。
「凛々子さんは二重人格なんです。昨日脱出したときは、ソラリムの勇者リリーという人格が宿った状態で、今現在はもともとの凛々子さんの性格に戻った状態です。リリーのときは凛々子の記憶がない状態なんです。でも、リリーのときのことは夢で見て今の凛々子さんも覚えてるというわけで……」
我ながら下手な説明だと思ったが、異世界転移のことを言うより、こう説明したほうが少しは理解しやすいだろう。
「二重人格がリアルに存在することは知っているが、実際に会うのは初めてだな。普通なら信じられない話だが、確かに昨日の娘とはまるで目つきが違うから、ここは納得するしかないか」
ちょこんと座る凛々子を見て一回頷いたあと、カークは再度凛々子に質問した。
「ところで、何か、父親から預かってるようなもの、ないか?」
カークが凛々子に詰め寄る。
「ちょっと待ってくださいよ。もしあってもなんですか? 凛々子さんのものを奪うのは無しですよ」
カークの剣幕に僕は危険なものを感じてしまったのだ。
日本の政府が崩壊したからと言って、C国にはもちろん、同盟国のアメリカといえども、日本の国民を自由にすることはできないはずだ。
「いや、怖がらせるつもりはないんだ。悪かったな。さっき、宇宙に風穴って言っただろ。こっちの科学者の理論では、その一撃が異世界解釈の整理された内容を混乱させる恐れがあるとなっているんだ」
やはりカークの言葉は意味がわからないな。そう思って、周囲の匂いを嗅ごうとした時、僕は気づいた。
犬の臭覚と聴覚が消えてしまった。
ソラリムで生きていた時も、狼の能力は走り続ければ数時間で消えてしまっていたけど、温存すれば一週間はもたせることもできたのだ。
筋力ではなく知覚の場合は、常に働かせているから一日で消耗して消えてしまうということか。
その時、これまでの人間の知覚がどれほど貧弱で、野生の中では劣る、赤ん坊のような存在なのかを知ることになった。
またすぐにでも犬の能力を仕込まないと、など考えていたら、凛々子が言った。
「お父さんから預かったものって、これかな。自分にもしものことがあったら、役場の人にこれのこと言えって言われたよ」
凛々子は首のペンダントに着いているレンガ型の黒い石をつまみ上げた。
ちょっと見せてくれと言うカークに、瑠璃子は両手を後ろに回してペンダントを外す。
「これはメモリーキーだ。C国の部隊が探し求めていたものだ」
「じゃあそれ上げるよ。役場の人も日本政府も、預けるのに適当な人いないし。アメリカさんなら日本人の味方なんでしょ」
凛々子があっさりそう言った。
「いや、でもそんな重要なものを……」
僕は言いかけて、言葉を止めた。
凛々子が持っていると狙われる恐れがあるのだった。カークに渡したほうが安全なのだ、凛々子自身が。
「ところで、アメリカの支援軍はまだ日本に来ないんですか? それとも東京には来てるのかな」
僕らの住むこの街は九州の外れなのだ。直ぐ側のC国軍が来たのが遅すぎるくらいに思えるが、多分C国内でも地震と津波の被害がそれなりにあったのだろう。
「いや。議会の承認がまだ通らないようなのだ。だから韓国にいた俺に内密に探るように指令が来た。じゃあこれ、預かるよ」
カークが凛々子からペンダントを受け取った。
これで凛々子はC国やアメリカのデータセンター争奪戦の枠外になり、安全が確保されるのなら、僕も異論はない。
「それじゃここを出るぞ。昨日女性たちを連れて行った集落がある。そこまで行こう」
カークが立ち上がる。
「え……と。途中でいいので犬がいたら、ちょっと足を止めてもいいですか?」
僕も立ちながら言う。
カークは、犬になんの用事があるんだと首を傾げるが、凛々子は笑いながら、
「またあれやるの? まったく、変態なんだから」
と、僕のお尻をつついた。
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