第3話 一人目の被害者

 ちょっと涙目でこっちを睨む、膝が笑っちゃってる女兵士さん。


 ええと、そ、そんなに警戒しないで。確かに見た目は魔人かもだけど、僕敵じゃないから!


 そんな思いを伝えたくて、つい。


「あの、実は僕――」


(――正体言っちゃダメでしょ。フーガだってバレたら、軍での居場所なくなるよ)


「うっ。そうだった……」


 危ない危ない。そもそもさっきカレンさんたちの前でこの力を使わなかったのもそういう事情からなんだ。人前でこの姿になるの初めてだから……。


「ッ……?」


 ああ、女兵士さんも戸惑ってる……。でもごめん、誤解を解く時間もないんだ。戦場ではいまもカレンさんたちが魔人と戦ってるはず。すぐに向かわなきゃ……!


 ――でも。その前に。


「ひっ。や、やるの!? っ望むところ――」


「――だいじょうぶ。僕は、敵じゃないよ」


「……えっ。この声、お、男? かっこい……」


(ふん。あんたら人間と違って、わたしたちは男でも魔力持ってるから。そりゃ平均すれば女の方が強いけど、だからこそ魔族の男の負けん気の強さたるや……)


 あ、そうなんだ。なんかすごいうんざりしてる気持ちが伝わってくる。魔族は魔族で大変なんだね。


 と。今はそんな話してる場合じゃなくって、早く戦場に戻らなきゃなんだけど。


 その前に――。




「――兵士さん、腕に傷が。じっとして」




「なっ。触っ、ひ……っ!?」


(ふん、意気地のない。殺すならもうやってるって)


「――【水】、治癒」


「え……あ? ――傷が……」


「見たところ輜重兵? っていうやつみたいだけど。戦場に物を届けるんだから、どこかで怪我くらいしちゃうよね。でもこれでもう……――痛くない、ね?」


 外殻で見えないだろうけど。震える女兵士さんを安心させようと、にっこり笑ってあげる。


 うん? なんか女兵士さん、絶句してるっていうか、ポカンと口を開けてる。


(そういうの、あんまり普段の姿ではやらない方がいいよ。……そっか、この姿だと体もちょっと成長するから、こんな感じになっちゃうんだ……)


 ええ、なんでダメ? こんな感じってどんな感じ? 怪我させちゃったら治してあげなきゃだし、怖がられてたら安心させなきゃ。


 田舎の妹たちにもそうやってきたし、僕すごく慕われてるからね!


(身内ならいいけど、こんな荒んだ戦場でそれやったらさあ。……はぁ、もういいよ)


 ええ。なに、もしかして僕が勇敢な女軍人さんたちから……みたいなこと? まさかそんな、僕みたいな田舎の芋男が。


(とにかく、フーガが以後わたしの言うことをよく聞くこと。危ない女たちから守ったげるから)


 ええ、大丈夫だと思うけどなあ。まあレヴィの言うことだし聞いておこう。


 というか、それよりも。


「みんなを早く、助けに行かなくっちゃ!」


(あ、覚えてたんだ。べつにほっといていいと思うけど)


「いいわけ、ないよ! みんな僕のために体を張ってくれたんだから、絶対にたすけないと……!」


「――た……助けるって、」


「ん?」


 女兵士さんが恐る恐ると声を掛けてくる。


「助けるって、ここで戦ってる魔族たちを……ですか?」


 ご、ごめん、ちょっと時間ないんだ。カレンさんたちが生きるか死ぬかの瀬戸際だから……! あの人たちやたら強いから、魔人相手といえどすぐに死んだりはしないと思うけど、でも。


 問答はもう、これっきりで!




「――助けるのは、人間! 決まってるでしょっ!」




「え。――……えっ!?」


 よしもう行くぞ。……ん、でもこの体、なにができるんだろ? あっちに早く行くには!


(うーん、このスペックだと……飛行魔法はまだ使えないっぽいし。ジャンプしてから上空で【水】ぶっ放して吹っ飛んだら?)


 ええ、そんなの出来るの? コントロールとか。


(まあどうにかなるでしょ。最悪、わたしがアドバイスしたげるから)


 ほんと? うーん、じゃあ……やろうか。ありがとうね、レヴィ。


(ん……)


 じゃあ、レヴィの言う通りまずはジャンプ……っと!? ええ! めちゃくちゃ高いんですけど! ちょっと怖い!


(ほら怖がってないで、高度落ちる前に後ろに水流ぶっ放して。虚空に水生成するんじゃなくて、手か足から出す感じね)


 えええ、良く分からない。実はこの姿で魔術使ったの、練習で一回だけなんだよね……。


 でもこうしてる間にもみんな戦ってるし、高度落ちてきてるし。ええい、【水】の発動方法自体はなんとなく思い浮かぶし、もう一か八か!


「とにかく水ぶっぱ――」


「――あ、あの! 魔人……さん! 貴方のお名前は!」


「ええ、名前?」


 なんか地上から声掛けられたんだけど。さすがに本名言うのはまずいよね? ああ、でももう考えてる時間がもったいない!


(はぁ。こんなの真面目に取り合わなくていいってば、このお人好し。……しょうがないな、わたしが考えてあげる)


 あ、ほんと? じゃあお願い! 僕だってバレないやつね。


(わかってるから。じゃあ、ええと……フーレヴァーグ、なんてどう?)


 フーレヴァーグ。うん、いいね。意味は分からないけどなんとなく馴染みある名前! じゃあそれで――


「――僕の名前は、フーレヴァーグ。覚えなくてもいいけどね!」


 そう言って、今度こそ。


「――【水】! えーっと、たくさんの水を!」


 ドバァアアア! と。


 後ろ向いて手を突き出し、凄まじい勢いで水流を放った。そして、とんでもない勢いで加速する体。


「おおおお!? はっや、い!」


 カレンさんに投げ飛ばされたときよりよっぽど速い。これならすぐだ。待っててみんな!


 ……と。そう意気込む僕の耳に。


 さっきまでいた戦場の端から、微かに声が聞えた気がした。




「――フーレヴァーグ、さん。ありがとう……! どうか、私たちの仲間を……ッ!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る